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江戸に立つ、龍の麺  作者: 八島唯
第7章 令和への挑戦

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沈む船

 大きく揺れる甲板。そこらかしこに、『極喰無尽』の手下やフランス水兵が倒れている。

 黒い煙の間に二人の人影。瞬と敬忠の二人である。最初の爆発で大きく吹き飛ばされ、対馬守たちともはぐれてしまった。そしてそれ以上に――

「大丈夫か?瞬どの」

 無言でそれに答える瞬。うなづきながらも苦しそうな息づかいを繰り返す。

 右手で腹のあたりを押さえる瞬。その指の間から、赤い鮮血が滴り落ちている。

「令和のときと同じ結果になりそうですね」

 令和の時代。瞬は『シュン』としてゲリラの襲撃で致命傷を負い、そして死ぬ。腹部に銃弾を受けたことにより――

「何かの破片が突き刺さったようです」

「すぐに――手当を!」

 瞬を抱き寄せながら敬忠がそう声を上げる。それに無言で首を振る瞬。

「ちょっと......これは深そうです。正直、令和の外科手術でも処置は難しいと思います」

 震える指で船の舳先を指す瞬。

「あちらの方には多分、船倉はないはずです。先程の爆発は船倉の火薬か何かを自爆させたのでしょう。お逃げください。海に飛び込めばまだ、生き残れる可能性はあります」

 ごうごうと音を上げ燃え上がる炎。あたりのものをどんどん飲み込んでいく。時間はもう少しも残っていないように思われた。

 しかし――

 敬忠はその場を動こうとしない。本来ならば瞬を背負ってでも逃げるべきなのだろうが、瞬の傷の状態を見るとそれも自殺行為のように見えたからだ。

「ならば、一緒にいさせてくれ」

 敬忠の一言。瞬が驚いたような顔をする。

「何を言われますか!お一人でお逃げください!まだいまなら......」

 首を振る敬忠。そして薄っすらと優しい笑みを浮かべる。

「家族ではないか。そしてこの世界に生まれ変わり出会えた令和の同志ではないか。なぜに見捨てることができよう。助けることもできなさそうだが、せめて――」

 大きな振動。帆が焼け落ち倒れたらしい。甲板が波打つ。瞬がそのまま敬忠にギュッと抱きついた。

「ありがとうございます。令和では最後の瞬間は一人でした。夜の暗闇の中、痛みだけが唯一の生きている証であったような――」

 甲板の上に光るものが一つ。それは、瞬の包丁、『さゔぁいばる』であった。それに視線を落としながら敬忠が静かにつぶやく。

「『令和』では『ラーメン』以外なにも満足することのできなかった身であったが、この世では十分すぎるくらい生を全うすることができた。そして、瞬どののおかげで『龍麺』を食べることできた。いい頃合いであろう。また――」

 その瞬間、大きな音とともに甲板が弾け飛ぶ。二人の姿はその中へと消えて――


「いま、水夫を総動員して探らさせております」

 上半身裸の高田屋。小舟の上には他に水浸しになった着物を羽織り胡座をかいている対馬守の姿があった。

 すでに『極喰無尽』の船は没してかなりの時間が立っていた。ムルソー准将のフランス軍船はいつの間にか、姿を消していた。もう、日本の近海に現れることもないだろう。対馬守は当然知らないことであるが、フランス本国ではナポレオンのイギリス上陸艦隊がネルソンの艦隊に全滅した年でもあった。もしムルソー准将が生きていたのならば、どのような感慨をもっただろうか。

 対馬守がすっと立ち上がる。いくつもの船の破片が打ち寄せる。その中に一つ、キラリと光る破片――それを波間からつまみ上げる。

 刃物――奇妙な形をしたそれに対馬守は見覚えがあった。それは瞬が『さゔぁいばる』とよんでいた包丁である。

「恭之信――」

 そう一言つぶやくと、その包丁をそっと着物でくるむ。

 風が吹いてきたようだった。

 それは遥か彼方から、何かを伝えるように――

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