エピローグ~令和の世に再び
その街は今日も賑わっていた。かつては江戸と呼ばれ、世界第一位の人口を誇っていた都。その後も大震災や戦災に見舞われながらも、この国の首都として『東京』は存在し続けた。
何度かの繁栄の時代を過ぎても、この都はさして衰えることなく人々の集うすみかとして機能し続けていた。
そんな街角――オープンカフェで男女が麺をすする。国民食としての『龍麺』を。
江戸後期の成立とされるその麺類は、朝昼晩を問わず人気のメニューである。その種類も多岐にわたり、醤油から味噌、塩そして豚骨などバリエーションにも富んでいた。
それを眺める一人の若い女性。目の前のコーヒーをそっと口につける。
かつて、それは江戸の『彼』と瞬が生み出した料理であった。あの最後の船の中で見た『龍麺』が今やこのくらいにまで普及している――そして、自分がまたこの『令和』の世界に戻ってきている――信じられないことばかりであった。
保坂恭子としての自分。
『令和』の最後の記憶、なにか大きなものに衝突して記憶をなくし――気がつけば江戸の世に生まれ変わっていた。しかし、彼女がいたのは病院のICUであった。交通事故。かなりの重症だったらしい。自分の体を確認する。それは懐かしい、『女性』のものであった。
程なくして、保坂恭子は退院する。後遺症の名目で仕事も退職し、パソコンに向かう日々。小説を書き始めたのだ――最初はwebに連載した程度であったが、それがある出版社から声がかかり商業化する。数冊の出版を経て、彼女の『江戸』の物語シリーズは好評をはくすることとなった。出版社は『蔦屋』江戸時代より続く有名な出版社であった。
スマホで時間を確認する保坂恭子。待ち人あり、らしい。何度か画面を確かめた後に、後ろの方から声がする。
「恭子さま。お久しぶりです」
振り返るとそこには、長身の若い男性が立っていた。保坂恭子は穏やかに笑みを返す。
「シュンさん、こちらこそ」
シュンと呼ばれた男性は嬉しそうに保坂恭子の前の席に座る。
「ようやく、手続きが済みました」
オーダーをした後にシュンがそう告げる。シュンはそれまで外国で民間軍事会社の仕事をしていた。経営者、でもある彼はその会社を整理してこの東京に店を構えることにしたらしい。『龍麺』のレストランを――
そっと瞬はテーブルの上に革の包みを置く。ナイフ――いや包丁らしい。かなりの年代物のようだが、手入れはきちんとしているようだった。
「手に入れました。ある旧家の蔵の奥にしまわれていました。お返ししたほうがよろしいでしょうか」
首を振る保坂恭子。
「それは『柳橋敬忠』が『瞬』に差し上げたものです。あなたがお持ちになるのがよろしいでしょう」
「私は『瞬』ではありませんよ」
そう言いながら、運ばれてきたコーヒーに口をつけるシュン。
「まさか、再び『令和』の世に戻れるとは思いませんでした。そして『敬忠』さまと再びお会いに――」
保坂恭子は首を振る。敬忠はあの『江戸』の存在。この令和の世にいるべき存在ではないのだから。
「すべてが夢のようですね。あの江戸のことも。その前の『令和』での死のことも」
『令和』の世、瞬はゲリラの襲撃によってその生命を失ったはずであった。しかしこの令和の世では生きてかつての『敬忠』に相まみえていた。
「平和な時間を過ごしたいと思います。それなりの財産はできました。『龍麺』の店がうまくいかなくても大丈夫なくらいには」
「瞬......どのの腕なら、繁盛するでしょうに」
思わず昔の呼び方をしてしまう保坂恭子。
「あの」
シュンが口を開く。
「恭子さま、一つ相談があります」
「......?」
「あの江戸と同じように、この令和の世でも家族として――そばに――」
その言葉が途中で切られる。シュンの頭をすっと払いのける男性の姿。
背はシュンより高く、胸元まで開くシャツにジャラジャラをした装飾品。カタギ、とは見えない風体の若い男性であった。
「シュンの字、そりゃぁいけねえな」
昔ながらの江戸なまり。口に電子タバコをくわえながらその男性はそう吐き捨てる。
「対馬守さま――」
それに指をたてて否定する男性。
「令和には官名はありゃしねぇよ。そうさな。社長とでもよんでもらおうか。なあ、恭之信ちゃんよ」
馴れ馴れしい男性の言動に保坂恭子はげっそりとする。社長――それは間違いではない。新通信規格の6Gに準拠した新たなインフラを整備する『ツシマリミテッド』の創業者。それは水野対馬守清忠の『令和』の姿であった。
「......なんで貴方様がこの『令和』に......おかしいでしょう。江戸の人なのに」
シュンが体勢を立て直しそう不機嫌そうに言い放つ。
「まあ、恭之信にまた会いたくなってな。なかなかどうして。うかうかしてると、俺に惚れちまうぞ、なあ恭之信」
『対馬守』の軽口に保坂恭子は乾いた微笑みを返す。
「あのあと、皆さんはどうなったのですか?」
ふん、と『対馬守』は鼻を鳴らして答える。
「色々あったさ。俺も、高田屋もな。激動の時代だ。まあ、そのあたりの話はゆっくりと」
そう言いながらスマホを掲げる『対馬守』
「いいとこを予約しておいた、たまにはフランス料理もよかろう。もちろん三人でな」
画面には都内でも指折りのレストランの画像が表示されていた。
「有名な店ですね。新しいフランス料理を食べさせるとか。フランスで修行した若いシェフがいるらしいですね。テレビで見ました名前は――なんと言ったかな?」
シュンがそう合いの手を入れる。
「高そうですね――」
「大丈夫、俺がおごってやるよ。任しとけ」
すまなそうな顔をして、保坂恭子は二人の顔を見つめる。
時は経ち、再び始まる令和の世。
人は働き、そして食べ、そして寝る。
『ラーメン』から『龍麺』に歴史はつながり、また人もつながっていく――




