決着
『甘味、酸味、塩味、苦味......それぞれの味は時代と文化によってどの食材でどのように表現するか、それは千差万別様々な方法があると思います。とりわけ旨味は特殊な味覚です。基本はグルタミン酸とイノシン酸そしてグアニル酸。それらの配合で無限の旨味のパターンを作り出すことができる。その旨味の表現の最たるものが『ラーメン』であり、その旨味で炭水化物とタンパク質を摂取する。字面的には無味乾燥な感じですが。実際にはその味たるや......なればこそメインディシュに『龍麺』を持ってきた所存です』
瞬の説明。フランス語でなされたそれは、ムルソー准将にも伝わるところとなる。
「私は敬忠さまにひろっていただいたこの数ヶ月、この旨味の真髄にたどり着かせていただくことができました。完全食としての『ラーメン』作りの過程で」
「しかし!」
恵美押延が大声を上げる。
「確かに、『龍麺』は旨味の完成形かもしれん。しかし、なぜそれをフランス人であるムルソーが理解しうるのか?!ヨーロッパに旨味などという味覚はないはずではないか!!まったく理解できん!!」
瞬はゆっくりと食材を掲げる。チーズ、そしてコンソメ。
「ヨーロッパに旨味を感じさせる味がないわけではないですよ。動植物タンパク質が発酵すれれば何かしらの旨味は生じる。硬水が主なヨーロッパでは出汁文化があまり普及しなかっただけのことで、彼らも旨味に関する味覚は十分持っています」
ずらりとテーブルの上に並べられる瞬の料理。
『最初は牛肉の煮こごり、牛肉のわさび巻......いずれも日本風の旨味を十分に含ませています。僅かなこの料理を食べた経験を通じてムルソー准将の味覚は『旨味』に対して十分すぎるくらい研ぎ澄まされたことでしょう。その舌が確かであればなおのこと、この『龍麺』の旨味を十分以上に――』
わずか数時間に過ぎない試食の機会を通じて瞬はムルソー准将の味覚を開発していた。
すでにムルソー准将の目の前にある椀はすっかり空である。瞬の説明にうなきずきながらそっとスプーンをおく。
『腑に落ちた。今までにない、いや今まであまりに漠然とした味覚が啓かれた感覚だ。『旨味』覚えておこう――』
口をナプキンで拭き、右手をそっと上げる。
『勝負は終了。結果は――私の世界を広げてくれたシェフ瞬、の勝利!!』
ムルソー准将の宣言。思わず対馬守が立ち上がる。敬忠も。
いま、『極喰無尽』との戦いがついに終わりを迎えた瞬間であった――




