お互いの献立
「牛肉の部位は、一〇以上に分けることができる」
恵美押延はそう言いながら肉をさばいていく。
「それぞれに特徴があり、それにあった料理法そして味付けが存在するのだ」
手下に指でサインを送る恵美押延。違えることなく、その指示が伝達されていく。沸騰したお湯に放り込まれる野菜。フライパンにまんべんなくひかれる油。
「牛ヒレ肉にくっついているバラ肉をバヴェットと呼ぶ。丁寧に下ごしらえをしてエシャロットソースをかけるととても上品な味となる。これがまあ、オードブルだな」
ソースの味を確認しながら恵美押延はそうつぶやく。
「そうすると、その前の小前菜......は」
ひとかけらの肉を取り上げる恵美押延。それはすね肉である。
「この部位のゼラチンを煮こごり(アスピック)にして、スパイスとレモンで味付けする。見た目も味の清冽さも小前菜としては申し分ない」
次に手下の煮た鍋のスープを一口、味見する。
「うん。ばら肉、もも肉そしてすね肉をいろいろな野菜と煮ていい味のスープができた。通常であれば野菜と一緒にポトフとして出すのだが、あえてスープの液体のみをガーゼで裏ごしして出すことにしよう。あまりに贅沢なスープであるが」
そして、顎に手をやる。
「さて、ここで問題となってくるのは口直し用氷菓であるな。”牛肉”を生かした氷菓となると...」
手下に命じて地下の倉庫から氷をもってこさせる。この船には氷室も設置されていた。
「牛乳からアイスクリームを作る。その際にくさみの抜いた牛脂を隠し味に添加する。ソースは赤ワインを中心に」
どんどん料理が作り上げられていく。
しかし瞬たちはそれを相手にもしない。彼女らの注意はただただ自分たちの料理にのみ向けられていた。
「会席料理形式で行こうと思います。まずは先付け、前菜、椀物そして向付。煮物、焼き物、ご飯、香の物そして甘みという感じに」
うむと敬忠が頷く。
「先付はーー煮こごりで行きましょう。牛肉の臭さを消して、華やかな雰囲気をもたせた盛り付けで。前菜は日本酒を添えて、牛肉をたたきにしてみます。ローストビーフの日本版として考えてもらえれば。問題なのが椀物と向付ですね」
「確かに。和食で牛肉の椀物と刺し身というのはなかなかに思いつかない」
にこっと瞬が敬忠に微笑みかける。
「難しく考える必要はないのかもしれませんね。敬忠さまがラーメンがお好きだったおかげで私は今ここにいることができます。敬忠さま、食べたいものはございませんか?」
そう問いかける瞬。すこし考えた後に、敬忠は返事をする。
二時間の制限時間はあっという間に過ぎようとしていたーー




