ムルソーの食べたことのない『フランス料理』
瞬と敬忠の目の間に並ぶ野菜。それはこの世界の江戸ではまずもって手に入れられない種類の素材ばかりである。セロリや玉ねぎ、そしてバジルやブーケガルニ、タイム、ローリエなどが生鮮野菜として居並ぶ。
「『フランス料理』。それを一皿で表現するとなると......」
ちらりと恵美押延のほうを敬忠は見やる。どこから取り出したのか、有象無象の食材が所狭しと並び手下に指示をして下ごしらえを始めた。
「瞬どの、私にも指示を」
はい!、と元気よく瞬が答える。
「私の料理は手数がそんなに多くはありません。ただ、敬忠さまに探してほしいものがあります。それは......」
耳打ちする瞬。それを聞いてちょっと驚いた風の敬忠であったが、うなずき魚が収められているいけすの方に足をすすめる。
(何を企んでいるかは知らないが......)
ちらっと二人の様子を恵美押延は伺う。
(私の作る”本物の”フランス料理には絶対勝てるはずがない)
オリーブオイルを引いた鍋に、野菜を放り込む。別のフライパンには同じくオリーブオイルをよく引き、魚のあらを炒め始める。
手下が数種類の魚を器用に切り分けサフランにつける。
(フランス料理で魚料理......?)
敬忠は令和の記憶を呼び戻そうとするが、うまくいかない。そもそも安月給だったあの時代、まともなフランス料理など食べたこともなかったのだ。
一方瞬も同じく魚を並べる。先程敬忠が持ってきた魚である。青魚。江戸の時代でもよく見られる魚で種類はそれこそ雑多である。
『あのいけすには生きた魚が入っているようです。江戸人でも知っている――いやむしろ江戸人にとって馴染み深い青魚をとってきてもらえますか?大きさは問いません』
その指示に従い、いろいろな魚を網ですくい瞬のもとに運ぶ。手慣れた包丁さばきでそれをおろしていく。
時間は刻々と過ぎていく。そしてそのときはやってくる。船員の一人が大きな掛け声を上げる。調理終了の宣言であった。
盛り付けを終えた皿から湯気が立ち上る。どちらも煮込み料理らしい。
「最初に宣言しましょう。一皿で表現できてこれにまさるフランス料理はないと思います。特に”令和”の友人たちもわかるように――メジャーな料理にしました。それは『ブイヤベース』です!」
恵美押延はそう大きな声で宣言する。
ブイヤベース、それならば敬忠も馴染み深い。というかあれはそもそもフランス料理だったのかと疑問を巡らす。
「大航海時代にトマトがヨーロッパに伝わり、その結果スープの文化に大きな革命を起こす。実はフランス革命時――ムルソー准将の時代にはまだ一般的でなかった料理とはいえ、これこそまさにフランス料理の皇帝だ。食べたことがなくてもフランス人の心に触れる料理であることは間違いない!」
勝ち誇る恵美押延。そんな恵美押延を見て瞬は一言こう告げる。
「奇遇ですね。私もブイヤベースを作りました」
一瞬の静寂。そして恵美押延の笑い声。
それをムルソー准将が不思議そうに見つめる。
戦いは二回戦目のクライマックスを迎えようとしていた――




