『フランス料理(キュイジーヌ・フランシーゼ)』
「リ・オ・レ――日本語で言えば『米粥』、英語で言えば『ライスプディング』だな。ミルクに砂糖と米を入れて煮るだけのそれだけの料理だ」
恵美押延が朗々と説明する。会得がいかない敬忠。そのくらいのことはわかっている。
「ではなぜ、そのようなものにムルソー提督は感動されたのか?答えは簡単だ。この料理が『フランス』だからだ」
厨房の棚から黒い色の瓶を取り出す恵美押延。コルクを開けると瓶を逆さにする。サラサラと白い粒が舞い落ちる。
「『米』だ。そちらは慣れから普段の『米』を使ったようだが、私は違う。『米』は『米』でもインディカ米を使った」
瞬が無言でその言葉を聞く。
「日本の米はジャポニカ米。当然この時代のヨーロッパ人はジャポニカ米を口にしたことはない。食べたことない食材――それがどれほどの違和感を生むか説明するまでもない」
得意そうな恵美押延。瞬はただ言葉を噛みしめる。
「牛乳もそうだ。実はこの船では数頭の牛を飼っている。私の使った牛乳は北フランス産、ブルターニュのものだ。流石に完全種ではなく、交配種だがな。ブルターニュが生まれのムルソー提督はその微妙な風味を感じ取ることができたわけだ」
敬忠は思わず唸る。これも勝負のうちなのか。あまりに不利な戦いでは。
「なるほど。合点がいきました」
瞬の一言。
「そうすると、他の食材もいわずもがな、ですね」
瞬の言葉に恵美押延は大きくうなづく。
「いかにも。バターはその牛乳から作っているし、加えた香辛料――それらはフランスの植民地のものだ。多分、ムルソー提督はその風味に記憶があるはず――」
全てにおいて完璧な恵美押延の調理。
すべてが『フランス』である。ここは故郷を離れた異国の地。かつてフェドセーエフがロシアのパルセラに感動したように、祖国の味はいかばかりにムルソー准将の心を揺るがしたであろうか。
ムルソー准将は大きくうなずく。対馬守は――腕を組んで微動だにしない。
その空気を読んだ、船員が大きく白い旗を揚げる。恵美押延の方に差し出されたその旗。
『ヴィクトワール(勝利)!』
の大きな掛け声とともに。
敬忠は瞬を見る。瞬はそんな敬忠を見上げる。
「大丈夫です。後二回は――必ず勝ちますから」
瞬を全面的に信頼する敬忠。ぐっと拳を握る。
『次の試合のテーマを抽選しようではないか』
ムルソー准将がそうつぶやく。この勝負、すでにあったという雰囲気である。船員の一人が板を選びそれを高々と掲げる。
『次の料理のテーマは『フランス料理』』
おい!と対馬守が立ち上がる。当然である。あまりに分が悪いテーマだからだ。
「なにやら、仕込んだのではねぇだろうな?」
対馬守が睨みを効かせるも恵美押延はどこ吹く風、といった調子である。
「よろしいですよ。ただし、この船の中にある食材を使わせていただけるのなら」
恵美押延は了解する。とはいえどのような食材があるのか、完全に把握していない以上、瞬の不利は覆りようもない。
『なお......私も少し疲れてきた。フルコースではなく一皿、一皿だ。一皿料理で我が祖国の料理を完結させてみよ』
ムルソー准将が人指指で一を示しそう宣告する。瞬はそれをゆっくりと翻訳する。
戦いは二回戦、『フランス料理』に移ろうとしていた――




