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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
四章 花舞 はなまい

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137 花舞ノ章 四十

「元康ぅーっ!無事じゃったかぁ!」

惟正が泣きながら元康に駆け寄る。

「殿!何故戻っていらしたのですか!?」

「何を言う、お主がわしを助けるために囮となったことはとうにわかっておる!」

「・・・殿っ!!」

元康も、張りつめていた糸が切れたように、ぽろぽろと涙をこぼした。

「それに、たった一人の家臣を犠牲にしてまでおめおめと生き延びる武士に何の価値もない。命を懸けて人を守る!――それこそが武士の役目じゃ!」

「殿・・・ご立派になられて・・・・」


・・・・・・それ、わたしが言ったやつ。


瑞奈(はな)はそう思ったが、何も言わないことにした。



ごそごそ・・・。


大蛇の下から、狐白丸(こはくまる)が這い出てくる。

「狐白丸!そんなところに!」

瑞奈は狐白丸を両手で抱き上げる。狐白丸のふさふさした白い毛並みは、(ぬえ)の血でべっとりと赤く染まっていた。

「うわぁ・・・・・。川へ行って洗いましょうね・・・・」

ぺろ、ぺろ。

「いやぁ!血まみれで舐めないでぇ!」



「とりあえず皆無事でよかったですね」

蓮華が言うと、天狗が鵺の亡骸(なきがら)をしげしげと見ながら言う。

「元は別々の生き物じゃったのが、ひとつになってしもうたのじゃな。それで化け物になってしもうた」

「このまま死骸を放っては置けませんね」

「そうじゃな。また集まらないとも限らん。蓮華、すまないが、この沼地のあちこちに穴を掘って別々に埋めてしまおう」

「そうですね。わかりました」



「・・・で、あなたたちはこれからどうするおつもりですか?」

瑞奈は惟正と元康に向き直って言う。

「瑞奈殿、わしは此度のことでようわかった。わしはそなたにふさわしいほどの武勲も、善行も挙げられぬ。このまま旅を続けてもそなたたちの足を引っ張るだけじゃ」

惟正が顔に力を入れる。

「殿・・・」

元康が惟正の顔を見る。

「わしがやるべきことはひとつ!京へ戻り、霞惟正をやり直す!」

惟正は拳にぐっと力を込める。

「そして大軍勢を率い、緋家を討伐する!そしていずれは、征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)となってみせようではないか!!」

「さすが殿!天晴(あっぱれ)な心意気!!」


・・・・・・こら。その気にさせるな。


「そしてその暁には、大手を振って瑞奈殿を嫁にもらう!」


・・・・・・はぁ!?


「いや、だから・・・嫁とかは・・・・」

瑞奈が言いかけた言葉をさえぎって、惟正が畳みかける。

「約定いたした!わしが天下を治めるときには、瑞奈殿がわしの正室じゃ!」

「だから、してないでしょう!?」


「よし、そうと決まれば早速京へ帰るぞ!ついてこい、元康!」

「はい!殿!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」


瑞奈がため息をつく間に、惟正と元康は歩いて去っていく。

少し行ったところで、元康がこちらを向いて何も言わず礼をした。



「どうかしたのですか瑞奈様?」

蓮華が紫雲から声をかける。鵺の胴体を埋め終えたようだ。

「いえ。とりあえず、厄介ごとがひとつ、片付いたようです」

「厄介ごとですか?」

聞き返す蓮華に笑顔で返す。


・・・・・・厄介ごと、か。


「まあ、いいか」








蓮華と天狗が鵺の猿頭を埋める穴を掘っている間、近くの河原へ狐白丸の浴びた返り血を洗い流しに来た。

「血が固まる前に洗えてよかったね」

「おーんっ!!」

ぺろぺろ。

「ちょ、ちょっと待って、綺麗になってからね!」

幸い、毛並みが厚く、地肌まで血は届いていないようだ。川の水を手ですくって狐白丸にかける。毛を少しづつ擦って洗う。

「あなた、見た目は可愛いのに意外と強いのね。さすが神様の使いだけあるわ」

「おうん!!」

狐白丸は目を閉じて心地よさそうだ。

「ついでだから、全部洗いましょうか」

背中と尻尾を洗い終えると、瑞奈は狐白丸を仰向けに寝かせる。

「お腹も洗いましょうね」

「おん!おん!」

・・・・・・素直で、かわいい。

言葉が通じているような気がするけど。

川の水を手ですくってゆっくりと狐白丸のお腹にかける。

「冷たい?」

「おんっ!」

「ふふふ・・・・・・どこにも傷はないね。よかった」

水をかけながら狐白丸のお腹を撫でる。

「あれ?」

「おうっ!おうっ!はっはっ・・・・・・」

「狐白丸、あなた・・・・・・もしかして・・・・・・?」

瑞奈が言いかけると、狐白丸はくるりと立ち上がった。


ぶるぶるぶるっ!


「きゃっ!!」

狐白丸から水が飛び散る。

「あぁ、もう!・・・・・・でも、そうなの?」

瑞奈が顔を近づけると、狐白丸は瑞奈の顔をぺろぺろと舐め始めた。


「瑞奈様!終わりました!」

紫雲を乗せた御体車を牽いて、馬に跨った蓮華と天狗がこちらへ来る。

「はい!こちらも終わりました!」

瑞奈が手を振る。

狐白丸はきょとんとした顔をした後、大きな欠伸をした。

「・・・・・・とりあえず、皆にも内緒にしましょ。ね?」

ぺろぺろ。

「はいはい、わかりましたっ!」

瑞奈はそう言って笑うと、狐白丸を抱きかかえた。



「ですけど・・・・」

紫雲を乗せた御体車の上に、さらにあの鵺の尾だった大蛇の頭がのせられている。

「あれ、どうするのです?」

瑞奈が天狗に言うと、天狗は顎を撫でながら首をかしげた。

・・・・・・やはり、こっちはかわいくない。

「どうしようかのう。奴らに聞いたところ、おそらく葦を喰っていたのは猿の方で、この蛇は人を喰いたがっていたようだとのことじゃ。そうなると迂闊(うかつ)なところには埋められんからのう。海にでも捨ててしまおうかと思うのじゃがな・・・・・・」

「・・・・・・海まで持っていくのですか?」

「たしかに、こんなもの持っておったらなぁ・・・・・・。街道に出たらあっという間に役人に捕まるな」

「湖に捨ててしまえばよろしいのでは?」

蓮華がいともあっさりと言う。

「かなり沖に出ぬと、波で戻されてしまうぞ?」

「この先に湖に出る港はないのですか?」

瑞奈が言うと、天狗は例の”遠江濱辺遊覧なんちゃら”を懐から取り出す。

「ええと・・・・・・・稲輪湖の先は・・・・・・」

天狗が巻物を見ながらうなづく。

吉賀(きちが)と言うところに港があると書かれておる」

天狗が蓮華と瑞奈の方を見ると、二人とも胡散臭いものを見る目で天狗を見た。

「なんじゃ!そう書かれておるのじゃっ!」

「そもそも、それは本当に信頼して良いのでしょうね?」

蓮華が眉間にしわを寄せる。

「それのおかげで鵺退治までさせられているのですけど?」

瑞奈も明らかに顔を歪ませている。

「なんじゃ、なんじゃ!これのおかげで先がわかるのじゃぞ?」

「・・・・・・」

二人とも沈黙。

「そ、それでも行くしかあるまいて!行くぞ、二人とも!」

蓮華と瑞奈は顔を見合わせて、同時にため息をついた。

「確かに行くしかありませんね・・・・・・」

蓮華がぼそりとつぶやいた。

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