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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
四章 花舞 はなまい

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136 花舞ノ章 三十九

きしゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!


しゃあぁつ!!しゃぁーーーーーーーーーっ!!



元康は目の前の光景が、夢ではないかと目を疑った。

(ぬえ)と言う化け物が、白み始めた空の朝日に照らされて見えてきたからだ。

巨大な猿の顔。前脚の代わりに生えた左右の大きな鳥の羽。鋭い爪のある虎の後ろ脚。そして長く伸びる尾は大蛇。その全てが、狸のようなむっくりした胴体につながっている。

大蛇の頭が元康に噛みつこうとするのを、猿の頭が威嚇(いかく)している。

・・・どちらが食べるのかを争っているのだろう。


「ともかく、逃げなければ!」


もうすぐ沼を抜けて森が見えるところまで来た。

木が生い茂っている森ならば、体の大きい鵺には苦手なはずだ。

背の高い(あし)の間を身をかがめて走り抜ける。


・・・殿は無事に逃げられたでしょうか?


絡みついてくる葦の根を刀で斬る。

だが、もう限界だ。

一晩中走り続けて、思うように足が上がらなくなってきた。腕も重い。



・・・だがあと少しで、森に逃げ込める!

葦の沼地を抜けて、短い草原を抜ければ森に入れる。

だがその間は身を隠せるものがない。ともかく、一気に走るしかない!


「はぁ、はぁ、はぁ・・・・」


沼から上がり、短い草の上を走る。

息が切れる。泥が固まって重くなった装束が体を後ろへ引っ張る。


振り向くと、鵺が空に浮かんでいる。


前脚の羽を羽ばたかせながら、猿と蛇の両方がこちらを睨んでいる。

猿は耳まで裂けた大きな口の笑みともとれるにやり顔で、蛇は細い二股の舌をちらつかせながらこちらを見降ろしている。


「うわぁっ・・・・・・!!」


もたつく足を必死に前へ運ぶ。

「ひぃ、ひぃっ!!」


あと少し、あと少しで森へ!!


「うわっ!?」

目の前に鵺が急降下してきた。

森へ入らせてはなるかと、元康の目の前に鵺が立ちはだかる。

鵺は羽ばたきながら、虎模様の足の爪で元康を狙う。

「う、うわぁああっ!!」

元康は叫びながら刀を滅茶苦茶に振り回す。

その隙を狙うかのように蛇の顔が近づき、丸呑みしようと大きな口を開ける。


しゃぁーーーーーーーーーっ!!


「ひゃぁぁぁっ!?」


足が滑って、地面に転がる元康。

・・・もう逃げられない!

目の前に大蛇の顔が迫る。大きな口の中が視界いっぱいに広がり、その鋭い牙が元康の目の前に迫る。

その瞬間。

鵺はもう一度高く舞い上がり、大蛇の牙はまたしても空振りに終わる。


きしゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

しゃぁーーーーーーーーーっ!!


猿の顔と大蛇の頭が再びお互いに威嚇を始める。

どうも、やはり仲は良くないらしい。






「このあたりかと思うのじゃが!」

惟正は元康が逃げた方角を探し、葦の沼を走り続ける。

瑞奈と天狗も泥の中を、葦をかき分けて走る。蓮華の紫雲(むらくも)がその後を追いかける。


・・・たしかに、この辺りの葦は下にしか葉がない。獣のようなものが(むし)った跡がある。

天狗があたりを見渡す。

そして、空の上に浮かんでいる黒い影を見かけた。それは遠くてはっきりとは見えない。

「鳥?(からす)か・・・?いや、なんだあれは!?」

それは翼を持っているが決して鳥ではない。鳥などよりも大きな体をもっている。

「もしや・・・・あれかっ!?」

天狗が声をあげたので、瑞奈と惟正もそちらを見上げた。

「・・・何、あれ!?」

瑞奈が声を上げる。そこには何か異形の化け物が空に浮かんでいた。

「何かを狙っているようじゃ!わしは先に行く!」

そう言って天狗が走り出す。

狐白丸(こはくまる)、お願い!」

瑞奈が言うと、狐白丸は一気に大きく膨れ上がり、瑞奈を背にのせて跳び上がった。

その後ろを蓮華の紫雲が追う。

「ま、待ってくれっ!元康を、頼むぅ!!」

惟正も叫びながら追いかける。





元康は猿と蛇が威嚇し合っている隙に、這いずりながら森へと入り込んだ。

だが、鵺は諦めてくれない。


きしゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!


猿が咆哮(ほうこう)すると、その大きな体を木と木の間にねじ込み、その幹をへし折った。

めりめりめりっ!

ひとりで抱えきれないほどの太い木が折れて、ずうん、と地面に倒れる。


「そんな、滅茶苦茶なぁっ!?」

猿の顔が再びニタリと嗤う。

蛇は後ろの方で舌をちろちろとさせて残念そうにこちらを見ている。

どうやら――どちらの餌になるか、話し合いがまとまってしまったらしい。


猿の顔がじりじりと迫ってくる。

もう、森へ逃げても無駄かもしれない。


大きな目がぎょろりと元康を見ている。

「あわわわ・・・・・・・もう駄目です!体が動きません!殿、お達者でっ!!・・・・・・ですが、この元康、ただで餌になるほど人が出来ていません!」


刀を渾身の力で突き出す。

その刀が大きな猿の左目を貫いた。


きしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?


猿は左目から赤い血を噴きだして身をのけぞらせる。刀が刺さったまま、体を反転させる。

「は、入った!!」


だが、その隙を狙って、尻尾の大蛇が元康を狙う。

もう、武器はない。

「・・・そんなっ!!」

大蛇が再び大きな口を開けて牙を光らせる。

もう、逃げられない!


元康も覚悟を決めたその瞬間。


ざしゅっ!!


蛇の舌が斬られて宙に舞った。

「よくぞ、ここまで持ちこたえた!」

「・・・天狗・・・殿!?」


ひしゃあぁっ!?

舌を斬られて大蛇は口を開けたままのたうち回る。

斬られた舌の先から血が飛び散る。


鵺は猿と蛇の両方から血を噴きだしながら、大きく羽を広げた。

「いかん、飛んで逃げる気だ!」

天狗が叫ぶ。

「逃がしません!狐白丸っ!!」

「おうぅぅん!」

瑞奈に応え、狐白丸はひと鳴きすると鵺の左肩に噛みつく。


ずううん!


力を失った鵺はその場に落ちて痛みに藻掻く。

狐白丸は噛みついた鵺の羽をそのまま噛み千切る。

「ぐぅしゃああっ!!」

猿が痛みに吼える。



瑞奈は狐白丸から降りて元康のところへ駆け寄る。

「大丈夫ですかっ!?」

「皆さん・・・・」

元康の目に涙が浮かんでくる。


鵺は血塗れになりながら、虎の足を振り回して狐白丸を牽制する。

残った羽をバタバタと振り回して暴れまわる鵺。


「ぐるるるるるっ!!」

唸る狐白丸だが、暴れまわる鵺に迂闊に近づけない。


しゃぁぁぁぁぁっ!!


その狐白丸の首に、鵺の尻尾・・・大蛇が巻き付く。

「狐白丸っ!!」

瑞奈が叫ぶ。

「いかんっ!!」

天狗が飛んで、蛇に刀を振るう。


きいんっ!!


「なんじゃ、この蛇!硬いっ!!」

天狗は刀を持った手が痺れて、次の一太刀が振れない。

「ぐるる・・・・・」

狐白丸が苦しそうに喉を鳴らす。


しゃぁぁぁっ!


大蛇はますます力を入れて狐白丸を締め上げる。



「狐白丸っ!!!」


瑞奈が叫んだ時、狐白丸はすっと縮んだ。

すると、締め付けていた蛇の中をするっと抜ける。

「あ、そうか!」

「そうか、その手があったか・・・・」



「お待たせしましたっ!!」

そこへ蓮華の紫雲が現れ、背中の薙刀を構える。


きしゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!


片目を失った猿の顔が紫雲をめがけて叫ぶ。


「うわぁ・・・近くで見ると・・・・気持ち悪い・・・・」


そこへ尻尾の蛇が再び牙をむく。

「うわぁ!」

飛び掛かって来る大蛇を避けると、その付け根を薙刀で一閃。

大蛇は本体から切り落とされ、バタバタと跳ね回る。

「とどめっ!」

ざしゅっ!

紫雲は薙刀で、大蛇の首を斬り落とす。

大蛇は血を噴きだしながら、白目をむいて絶命した。


ひしゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!


猿が咆哮する。痛みを感じているのだろうか。


「いろいろくっついているから駄目なの!それぞれ、あるべき姿に戻りなさい!」


ざんっ!!


そう言って蓮華の紫雲は猿の首を切り落とした。


きしゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!


切り落とされた猿の顔は最期の咆哮をあげた。

鵺の体は頭を失ってもなお、のたうち回っている。


「もう眠りなさい!あなたはもとよりこの世にいてはいけないものよ!あるべきところへ還りなさい!」

瑞奈が鵺を見下ろして言う。精一杯優しさを込めたつもりだったが、その声は自身が思うより強かった。


鵺の体はしばらく痙攣(けいれん)して震えたあと、ゆっくりと動きをとめて、やがて完全に沈黙した。

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