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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
四章 花舞 はなまい

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138 花舞ノ章 四十一

「うわぁ・・・・・・でっかい蛇!これ、食えるか!?」

吉賀(きちが)は、家が十軒ほどの小さな集落だった。

海岸沿いに街道が出来たせいだろうか、こちらを旅人が通ることも少ないらしい。あの葦苅(あしかり)の老婆も同じようなことを言っていた。

それもあってか、子供からすると旅人が珍しいに違いない。巨大な荷車に巨大な蛇の頭を積んでいればなおさらだ。

小さな男の子、歳は六つか七つといったところか、が近づいてきてそう言った。

村の大人たちは遠巻きにこちらを見て、ひそひそと話をしている。

「ええと・・・・・・食べるのはお勧めしません。今は大きな蛇ですが、もともと(ぬえ)という化け物だったので。お腹を壊しますよ」

瑞奈が笠を持ち上げて言う。

「わぁ・・・・・・綺麗な姉ちゃん・・・・・・」

大の男に言われると「またか・・・・」と多少うんざりするが、こんな小さな子に言われると正直うれしい。

「あら、ありがとう。そうだ、この辺りで船を貸してくれるところ、知ってるかしら?」

「船なら、村の奥の家の細江(ほそえ)様に聞いてみな。連れてってやるよ!」

男の子が胸を張って言う。

「この子が案内してくれるそうです!」

瑞奈が蓮華と天狗に言う。

「おお、すまぬな、(わらわ)よ!」

天狗が言うと、男の子は少しぎょっとした顔をした。素直な反応だろう。

「ありがとうね!」

蓮華が笑顔で言うと、今度は鯉のように口をパクパクさせた。

「・・・・・・あ、ああ。いいってことよ!」

男の子は蓮華の方をちょっと見てから、そっぽを向くと村の奥へ向かって歩き出した。

瑞奈たちも馬と荷車を引きながら後を追う。


「あなた、名前はある?わたしは瑞奈(はな)です」

「おれ、太吉(たきち)

「太吉、いい名前ですね」

「ねえ、犬の姉ちゃん、あっちの姉ちゃんは何ていうんだ?」

太吉が蓮華の方を指さす。

・・・・・・犬の姉ちゃん?

「ああ、あちらは蓮華殿です。それと、これは犬ではないですよ。狐白丸(こはくまる)という(きつね)です」

「ふうん。蓮華か」

そう言って鼻の頭を掻く。

おや?

「なぁ、狐の姉ちゃん、その狐って、食えるのか?」

「食べては駄目です。わたしの仲間ですから」

「ふうん」

瑞奈の腕の中で寝ている狐白丸を眺めて、太吉はちょっと残念そうな顔をした。






「おい!弥作(やさく)どん!お客を連れてきたぞ!」

村落の一番奥にある家に、太吉は瑞奈たちを連れてきた。

今までに見たような村長(むらおさ)の屋敷と言った風ではなく、木の板で組み上げただけの質素な小屋のようなものだった。

「おーい!!弥作どん!!いねぇか?」

と言いながら家の中へ入って行く太吉。

仕方なく瑞奈たちは外で待っていると、太吉が戻ってきた。

「どうやら、畑へ行ってるみてぇだ。ついてきなよ」


そこから先、小高い丘を越えたところに、一面の広大な畑が広がっていた。

「わぁ、広いっ!」

蓮華が言うと、太吉は鼻の下を人差し指でこすりながら、「ここは村のみんなの畑なんだ」と言った。

「弥作どん!いるかーっ!?お客を連れてきたぞっ!!」

畑の遠くにいる人影に向かって太吉が叫ぶ。

かなり遠くに見える小さな人影がこちらへ手を振ったように見えた。

すると、人影が一つ、こちらへ向かって走ってくる。

「ああ、まずいな。お(こん)が来る。おれ、あいつ苦手なんだよ」

太吉が顔を(しか)める。

人影はあっという間にこちらへ来ると、息も切らさずに瑞奈たちを見て顔をあげた。

「爺様はもうすぐ一区切りだから、家の方でちょっと待っていてくれって言ってます!」

太吉と同じくらいの歳、六・七歳くらいの小さな女の子。

畑を手伝っていたのだろう、髪を後ろでまとめ、土が顔や着物にもついている。

「あら、ありがとう。では、家の方で待たせてもらいますね」

瑞奈が言うと、女の子はちょっと目を丸くした後、頭を下げた。



「すまなんだな、ご客人。お待たせしてしもうて」

弥作と言う男は白髪の目立つ老人だった。無精髭(ぶしょうひげ)も白く、お世辞にも良い身なりとは言えない。

太吉とお紺も弥作のそばでちょこんと座っている。

太吉が時折蓮華の方を見ているのを、お紺が横目で見ている。

・・・・・・・なるほど。

「実は頼みがあってきたのじゃ」

天狗が口火を切る。

「表の荷車に大きな蛇があったじゃろう?あれを湖の底に捨てたいのじゃ。そのための船を貸してほしい」

「確かに、先ほど見たが・・・腰を抜かしそうになったわい。あれを湖に捨てると!?」

弥作が白髪の頭をぼりぼりと掻く。

「そうなんじゃ。あれは鵺と言う化け物の尾でな。頭と体は土に埋めたのじゃが、あの蛇は特に凶暴で、下手に人の近くに埋めるわけにもいかぬと思うて。それで湖に沈めたいのじゃ」

「まさか!?・・・・・・鵺を、退治なさったのか?」

弥作は目を丸くする。

「いかにも。人を襲うと聞いたのでな。実際に、襲われた者を助けるために退治したのじゃ」

「そうか、それは・・・・・・困ったのう。あれは鵺の尾じゃったのか・・・・・・」

「困ったとは?」

「・・・・・・今から十年ほど前のことじゃが・・・・・・湖の水底主(みなそこぬし)様がわしの夢枕に立たれてな。西から人の形をした、人でないものが来る。それは人より大きく、人を踏み潰すものだ。その守りに鵺を放つ。と言われてな。それでわしらは水底主様の使いとして鵺を(まつ)っておったのじゃ」


・・・そんな。


「鵺は、この村の守り神だったのですか?」

蓮華が前に出て言う。

「ああ、そうじゃ。じゃが、鵺が人を襲うことも聞いておった。それに、鵺が出るようになって旅人も商人もこの村落を通らなくなり、物の流れもなくなりこの村はひどく貧しくなってしもうたのじゃ」

「でも、それって・・・・・・」

「じゃが、わしらにはどうもできんかった。あんたたちが鵺を倒したのなら、それもそれじゃったのかもしれんな。今のままでは子供たちに満足に飯を食わせることもできん。とにかく今は畑を広げて作物を育てるしか手が無くてな」

「船で湖を渡ればよいのではないですか?」

瑞奈が言うと、弥作は首を横に振った。

「この湖には水底主様がおられる。この湖で殺生をしてはならんのじゃ。あんたたちも気をつけなされ。鵺を殺したのじゃろう?そんな身で湖に出たら、どんな(たた)りがあるかわからん」

そう言って弥作は立ち上がり、太吉とお紺の頭を撫でた。

「この子たちの親も、子らの飢えに耐えかねて湖に漁に出て帰って来んかった。あんたたち、すまんがあの蛇を持って早くこの村を出て行ってくれ。鵺がいなくなってこの先、村に何が起きるかわからん。村のもんはあんたたちを許してくれるかどうかわからんでな」

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