132 花舞ノ章 三十五
「と、言うわけなんです」
ここまでのいきさつを二人に話して聞かせた。瑞奈は、二人の目の前で急に消えたらしい。そして驚いている間の一瞬で戻ってきたそうだ。
白い子狐は瑞奈の膝の上で丸くなっている。
今はちゃんと二人のことは覚えているし、旅の目的も忘れていない。
「なんじゃったのだろうなぁ・・・」
天狗が小さく首をかしげる。
―――これは可愛くない。
「でも、すっかり思い出してくれたのなら良かったです。滅創衆の仕業でもないのでしょう?」
「そうですね。人から記憶を奪うなど、人のできることではありません」
蓮華に瑞奈が応えると、天狗が子狐に顔を寄せる。
「となると、犯人はこの狐ということに・・・」
がぶっ!
「ぬおっ!?」
子狐が天狗の鼻にかみつく。
「な、なんじゃ!?い、痛くはないが、痛い気がする!」
「こらこら、そんなもの食べてもおいしくないですよ!」
瑞奈が子狐をなだめる。
「ふーっ!!」
気を逆立てて天狗を威嚇する子狐。
「・・・・・・ふん!」
「顔が怖いから嚙みついたのですよねー?」
蓮華が撫でると、気持ちよさそうに蓮華の手にすり寄る。
「・・・・こいつ、人間じゃったら参河国府と同じ人種じゃな!」
蓮華が言うには、瑞奈は突然馬屋の女将に御体車を預けると、どこかへ走り去ったということだ。
そして蓮華は、心配だったが御体車を置いて行くわけにもいかず、馬屋で瑞奈を待つことにした。
しばらくすると天狗が御体車を見つけ、二人で瑞奈を探しに行こうかと思っていた矢先に瑞奈が戻ってきた、というわけだった。
「ごめんなさい。手、痛かったでしょ?」
「いいえ、かまいません。でも、お互いに偽物と思っていたなんて・・・」
「お互いを見分けるための、合図を決めておいた方がよいかもしれんな」
天狗が言うと、二人も頷く。
が、
何も決まらないまま朝になってしまった。
「もう・・・結局一睡もできず・・・せっかく畳の上で眠れる夜だったのに・・・」
蓮華が恨めしそうに布団を睨む。
「おや、もう行くのかい?」
瑞奈たち一行が出立しようと外へ立た時、馬屋の女将が声をかけてきた。
「はい。お世話になりました」
瑞奈がそう言うと、女将は一瞬「ひっ!?」と言う声をあげて顔を歪めたが、すぐに平静を取り戻したように咳払いした。
「そ、そうかい。ゆっくり眠れたかい?」
「・・・・・・・・はい」
「約束だったから、うちの馬と交換だよ。いいね?」
「はい。いいですよ」
瑞奈はそう返事したが。
「この馬、もうお爺さんですよ!御体車を牽くなんて、可愛そうです!」
蓮華が叫ぶ。
代わりに受け取った馬は、二頭とも老馬。
ほんの少し進むと、息を切らして止まってしまう。足元もおぼつかない。
「・・・だめだな、こりゃ」
ようやく今橋を出たところで、天狗も観念する。
「他の馬を探しに今橋へ戻るか・・・」
「えー!、せっかっくここまで来たのにぃ!?」
蓮華が不満を漏らす。
「だが、ここから二村まで紫雲で行くにはかなり遠い。霊力が持たんぞ」
「・・・・むぅ」
頬を膨らませる蓮華。
「ああ、そう言えば・・・天狗殿、これをお返しします」
瑞奈はそう言って鈴鳴峠越境なんちゃらの巻物を天狗に渡す。
「おお、そうじゃった。役に立ったかの?」
「・・・あまり見ていません。それと、これをもらいました」
もう一つの”遠江濱辺遊覧紀行東国一覧初見案内書”も天狗に渡す。
「おお!!続きの書ではないか!!」
大喜びの天狗。
「でも、困りましたね。馬がないと・・・」
瑞奈が馬を見ると、馬も感じるのか、申し訳なさそうに下を向く。
「・・・・・・なにか、ごめんなさい。責めるつもりはないのですが」
馬に頭を下げる瑞奈。
胸に抱いている白い子狐が瑞奈の頬を舐める。
「もう・・・お前も大きくなったら、馬ぐらいになるのかしら?」
瑞奈がそう言うと、子狐は瑞奈の腕から飛び降りて地面に降りた。
「え、何?」
子狐は体を震わせる。
空気が異様なほどびりびりと震える。
すると、小さな白い子狐の体が見る見るうちに膨れ上がり、あっという間に馬と同じ大きさになった。そこで止まらず、子狐は熊よりもずっと大きくなった。
「えっ!?そんなこと?」
そして子狐は瑞奈に顔を寄せると、べろり、と瑞奈を舐める。さっきまでの小さな舌ではない。ひと舐めでで膝から頭までが涎でべとべとになる。
「うっ!?べとべと・・・」
「なんとも・・・こんなことが・・・!?」
天狗も驚きの声を漏らす。
蓮華は口を開けたまま、声も出ない。
ともかく、人目を避けるために街道を外れ、林の中へ。
「お前、荷車を牽いてくれるの?」
瑞奈が子狐を撫でながら言うと、子狐は瑞奈をべろりと舐めた。
「うわぁ・・・またべとべと・・・」
そして瑞奈を咥えて自分の背中に放り投げると、荷車の綱を咥えた。
「えっ!?」
すると。
急激に子狐が駆けだす。一瞬で景色が後ろへ流れた。
「えええええ!?うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・・・・・・・・・・」
蓮華と天狗の前から、叫び声だけを残して瑞奈と御体車が遠くなっていった。
「えええええええっ!!」
「なんとっ!?」
慌てて二人も馬に乗って走り出す。が、老いた馬で到底追いつける速さではなかった。
「いやぁぁぁぁぁ!!!」
それは、走っているというよりも、飛んでいた。
あっという間に森を抜け、大きく跳び上がる。下の方に街道と歩いている人たちが胡麻粒のように小さく見える。
「こ、怖いっ!高いっ!!」
必死で狐の毛にしがみつく。振り落とされたらひとたまりもない。
そして地面に一度ついたかと思うと、再び跳び上がる。
「うひゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」
森が途切れ、下には川が見える。いや、見えるのは川だけではない。
川が流れ込む海も見える。遠くには、ひときわ高い山も・・・。
「ひぃぃぃぃぃっ!!!」
もう、叫ぶことしかできない。
目が回る!
「と、止まってーっ!!」
・・・・・・。
瑞奈の声に反応するように、狐は足を止めた。
「は、はぁはぁ・・・・。死、死ぬかと思った・・・」
と、瑞奈があたりを見ると、そこには地面がない。
「う、浮いてる!?」
子狐は背中の瑞奈を振り返って、もう一度ベロり、と舐めた。
「うぷっ!お、降ろして!」
瑞奈がそう言うと、急にがくっと落下を始める。
「ひぃぃぃ!ゆっくり!もっとゆっくりぃ!」
地面に落ちる直前で、狐と荷車はゆっくりと地面に降りた。
「た・・・助かった・・・・・」
瑞奈は地面に降りると、仰向けに転がった。
足が震えて、もう体が動かない。
狐はするすると小さくなると、瑞奈の横に来て頬をひとなめした後、瑞奈の腹の上に乗って丸くなった。
「・・・もう、なんなの・・・・」




