131 花舞ノ章 三十四
「天狗殿!蓮華殿!!よかった、ご無事でしたか!」
瑞奈はそう言うと、二人に駆け寄る。
「この馬屋に荷車があったのでな。ここに二人がおると思い中を覗いてみたのだが、蓮華しかおらんかった。心配したぞ」
天狗が言い、ちらと蓮華を見る。
「瑞奈様、心配しました!」
「蓮華殿、どうしていたのですかっ?急にいなくなって!探しに行っていたのですよ!」
蓮華は少し首をかしげた。
「え?」
「天狗殿がいないときに、蓮華殿までいなくなったら・・・」
瑞奈の言葉に、蓮華と天狗は一瞬、顔を見合わせた。
「どうやら、参河国府があの後、討たれたらしい」
天狗が話を始める。
「・・・あの男ですか?」
「ああ。小幡・・・康佑と言ったか?わしらの前から逃げた後、戦御体に乗り込んで、その場で串刺しにされて息絶えておったそうじゃ」
「・・・誰が?」
蓮華がそう言いかけて、思いついたように手で口を覆う。
「滅創衆・・・・」
「じゃろうな。一緒にいた家臣もいなくなったらしい。あの、能見とかいう男もいなくなったそうじゃ。滅創衆の一人だったのかもしれぬ。滅創衆とは、一体何なのか。どこまで入り込んでいるのか見当もつかぬ」
「で、なぜ天狗様は役人に追いかけられていたのです?」
「ああ、うろうろしていたら、怪しいと思われたのじゃ」
「・・・そうでしょうね」
・・・なんだろう?
蓮華と天狗が何を話しているのかまるで判らない。
ふたりだけがわかる話?
おかしいな、聞いたことのあるような、ないような?
「ともかく、もう日が暮れた。明日の朝、二村の湿地を抜けて遠江へ入ろう」
「この先は湿地なのですか?いやだなぁ」
蓮華が顔を歪める。
「渡し船もあるが、ここも御体車は無理だろうな。また荷を担いで渡るしかあるまい。馬はここで置いて行こう」
「泥まみれになりますよ、瑞奈様」
「・・・・・・」
「瑞奈様?」
「あ、はい?」
「どうかされたのですか?ぼうっとして」
「あ、はい・・・ちょっと疲れたようで・・・」
・・・・・・。
蓮華は手のひらを瑞奈の額にあてる。
「熱はないようですね」
「ではもう休もう。暗くなってきたからな」
床に入っても、瑞奈は眠れなかった。
不意に、津田の宮で天狗が言っていたことを思い出した。
・・・・瑞奈の偽物と出会った。わしでもわからぬくらい似ていた。
さっきから、この二人がわたしにわからない話ばかりしている。それに、どことなくぎこちない。いつもより距離感が遠いというか、少し他人行儀な印象がある。
この二人は本物だろうか?
夕方、はぐれた時に滅創衆と入れ替わった?
じゅうぶん考えられることだ。
二人になりすまし、旅についてくるつもりなのか?
ならば、本物のふたりは?
何とか、偽物から本物の居場所を聞き出す方法はないだろうか?
瑞奈は体を起こし、蓮華を見る。
布団の中で仰向けに目を閉じている。
見た限り、蓮華だ。いつもの蓮華。
―――だが、見た目は信用できない。
あ・・・・・。
不意に蓮華が目を開いた。
「・・・瑞奈様?眠れないのですか?」
そう言うと、蓮華も体を起こす。
「・・・はい、眠れなくて」
「瑞奈様、やはりどこか調子が悪いのでは?」
いつものわたしを知っているような言い方だ。
「あの・・・蓮華殿」
「はい」
「いつものように、手を握ってもよろしいでしょうか?」
蓮華は少し驚いた顔をして、瑞奈を見つめた。
「はい、いいですよ」
と言って手を差し出す。
瑞奈がその手を握る。
その瞬間。
「い、痛い!?」
蓮華が瑞奈の手を強く握る。
「・・・・・・瑞奈様!」
「れ、蓮華殿っ!?痛いっ!」
手を振り払おうとするが、強く握られて離すことが出来ない。
「は、離してください!痛い!」
「・・・!」
急に蓮華が手の力を抜く。瑞奈は思い切り蓮華の手を振りほどく。
「何を・・・」
瑞奈がそう言いかけた時、蓮華も口を開いた。
「あなたは・・・誰ですかっ!?わたしと瑞奈様は手を握って眠ったことなどはありません!!」
「・・・それは、わたしがあなたを確かめるために着いた嘘・・・、嘘?」
「瑞奈様?」
「どうした!?」
天狗も起き上がって、二人を見る。
「わたし・・・ここで何を?」
瑞奈が頭を抱える。
「瑞奈様の様子がおかしいのです。偽物かも、と思ったのですが・・・」
「何を言うのです!あなたたちこそ・・・・・・」
言いかけて、そこから言葉が出なくなった。
不思議そうな顔で、ふたりがこちらを見ている。
・・・あれ?
誰だ、このふたり?
わたし、何をしているの?
ここまで、旅をしてきたはず。
旅?・・・どこへ?何のために?
おかしいな。
わたし、何が起きているの?
「瑞奈様?」
「・・・わたし、わかりません・・・。何が起きているの?」
目頭が熱くなり、視界が潤んできた。
わたしの中から、何かがなくなっていく・・・。
次の瞬間、目の前が真っ暗になった。
「瑞奈様っ!!瑞奈・・・様!・・・・・」
蓮華の声が遠くなっていく。
胸の奥が、空洞になる。
「ええと・・・ここはどこかしら?」
見渡す限り何も”ない”だけの空間が広がっている。
真っ白?いや、違う。感覚として、透明と言った方が近いが、先に何かあるわけでもないので透き通っているのかどうかわからない。
「で、あなたがわたしをここに連れてきたのですね?」
瑞奈の足元に毬ほどの大きさの白い子狐。
ふわふわした尾を振りながら、子狐は瑞奈をじっと見上げている。ふさふさした白い毛並みが撫でたら気持ちよさそう。だが、そんなことを言っている場合ではない。
瑞奈はしゃがみこむと、子狐の頭をそっと撫でる。
子狐は嫌がる様子もなく、気持ちよさそうに目を細める。
「どうして私を連れてきたのですか?何の御用なんでしょうか?できればわたしを元のところへ帰してくれませんか?」
子狐は瑞奈に応えるでもなく、瑞奈の指先をぺろぺろと舐め始めた。
「・・・どうして狐のあなたがわたしに懐いているのかしら?」
瑞奈は子狐を抱きかかえると、立ち上がりあたりを見渡す。
「ねえ、わたし仲間のところへ帰りたいのだけど、どうしたら帰してくれるの?」
子狐は瑞奈の腕の中ですり寄ってきて、頬をぺろぺろと舐める。
「もうっ、くすぐったいっ!そうじゃなくてっ!」
瑞奈は両手で子狐を持つと、怒った顔をする。
「もう、怒りますよ!いい加減にしてくださいね!」
子狐は真ん丸な目でまっすぐ瑞奈を見つめる。そしてちょっとだけ不思議そうに首をかしげる。
・・・・・・・かわいい。
「か、かわいいからって何をしてもいいわけじゃありません!はやく、わたしを帰してください!」
瑞奈が大きな声を出すと、子狐は丸い目をさらに見開いて、その黒い瞳がわずかに揺れたと思うと、高く嘶いた。
「おうぅぅん!」
「え?」
「は?」
「ん?」
瑞奈はその瞬間、蓮華と天狗の前に立っていた。
三人が何が起きたかわからずに互いに顔を見合わせる。
・・・・・・。
しばしの沈黙の後、蓮華が声を絞り出した。
「お、お帰りなさい・・・・」
「た、ただいま・・・・?」
「瑞奈、それは?」
天狗が指さす。
「・・・え?」
自分の手元を見る。
「え?・・・連れてきちゃった?」
瑞奈の両手には、白い子狐が抱えられていた。




