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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
四章 花舞 はなまい

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130 花舞ノ章 三十三

槙坂(まきさか)宿―――。

宿場と言うには小さく、人の気配もまばら。

生い茂る木々の隙間に、ぽつぽつと小屋のような軒が建ち、窯の火の煙が立ち上っている。

「ここには役人がいないみたいですね」

蓮華があたりを見渡す。

「ここは、このまま通り抜けましょう」

「・・・瑞奈様、この扮装は果たして合っているのでしょうか?」

蓮華はだぼだぼの狩衣で男装して、烏帽子(えぼし)をかぶり髭をつけている。瑞奈の小道具で姿を変えている。

あどけない顔にこの姿はあまりにも・・・滑稽でかわいい。

「ぷっ・・・」

「・・・今、笑いましたね?」

「ですが、わたしたち二人だけでこの荷車を引いて旅をしているのはあまりにも怪しまれます」

そう言う瑞奈も男装に烏帽子姿。口髭をつけているがその立ち振る舞いが凛々しくて美しい。

「・・・まったく、何をしても綺麗な人は羨ましい!」

頬を膨らませる蓮華。

「・・・かわいいですよ、蓮華殿・・・・ぷっ!」

「ふん!!」

「ともかく、早く参河を抜けて天狗殿を待ちましょう」




ふたりは槙坂宿を出て東へ向かう。まだ明るいうちに次の今橋(いまばし)宿へたどり着く。

今橋は参河で最大の商業都市。

人の往来は絶えず、商人、武士、農民、あらゆる人種が入り混じっている。港では毎日市が立ち、町は常に活気に満ちている。


・・・らしい。


「瑞奈様、結局それ、天狗様に借りたのですか?」

髭面の蓮華が言う。

鈴鳴峠越境なんちゃら。

前日の宴の後、夜目の効かない天狗に代わり、瑞奈が預かっていた巻物。

「はい。返し損なってしまいました」

「・・・?」

蓮華が上を見るように顔を上げる。

「蓮華殿、どうかしましたか?」

「いえ、何か香りがして・・・」

街道沿いのにぎやかな市の中だ。瑞奈には魚の焼けるいい香りが届いている。

今が普段通りならすぐにでも焼き魚へ飛びつきたいところだが、そういうわけにもいかない。

「お、あなた!!そこのあなた!!」

不意に声をかけられる。

町人風の、軽い恰好の若い男だ。人当たりのよさそうな笑みを浮かべて近づいてくる。

「わ、わたしか?」

瑞奈は低い声を作り、馬上から返事をする。

「そうそう!あなた!京からいらしたのですね!その巻物をお持ちってことは!」

「・・・・いかにも。わしは京の商人じゃが?」

「では、これを差し上げますよ!この先もきっと役に立ちますよ!」

そう言って男は細い巻物を差し出した。

瑞奈は受け取って、その背書を読む。

遠江(とおとうみ)濱辺遊覧紀行(はまべゆうらんきこう)東国一覧(とうごくいちらん)初見案内書(しょけんあんないがき)・・・・・」


・・・まさか、実在したとは!?


「あの、これは・・・・・・」

男に問いかけようと顔をあげた時、すでにそこに男の姿はなかった。

「蓮華殿、今の・・・」

振り向く。

だが。


蓮華の乗っていたはずの馬には誰もいない。


「蓮華殿?」

辺りを見渡す。

人が多い。

大きな荷を背負った商人や武士たちが通り過ぎる。こちらを気に留める者は誰もいない。

だが、なんだろう?この違和感・・・。

妙に、町の雑音―ざわつきが遠く聞こえる。

「蓮華殿っ!!蓮華殿ーっ!!」

声の限り叫ぶ。探しに行きたいが、この紫雲(むらくも)の乗った大きな荷車を往来の真ん中に置いて行くわけにもいかない。

だが、蓮華の身には代えられない・・・どうすればいい?

「おーい、そこの商人さん!!宿(しゅく)はお決まりかい?」

・・・わたし?

声の方を見ると、やや年配の女が立っていた。

「それ、いい馬じゃないか。うちの馬と替えてくれたら、泊めてあげるよ」

そう言えば、鈴鳴宿でも馬と交換に宿を借りたことがある。

馬と宿の交換、街道沿いでは珍しくない取引だ。

「・・・頼みがある。この馬と荷車を預かってくれ。商売物だから、一切手を触れないように!頼む!」

「あ、ああ。いいよ。こっちもそれが商売だからね。任せときな!」

「頼んだ!」

そう言うと、瑞奈は(きびす)を返し走り出す。

「もうすぐ暗くなるからね!早く戻っておいでよーっ!」

女の声が後ろから聞こえた。



あの蓮華が、音もなく(さら)われるなど・・・。

到底信じられない。

わたしがあのとき、背を向いていた方角・・・。とにかくそちらへ!


陽が傾くにつれ、人通りも少なくなってくる。

どこをどう走ったのか、瑞奈にもわからない。気が付くと、元の馬屋の前に戻ってきていた。


天狗とも、蓮華とも離れてしまった。

暗くなるにつれて、心細さも増してくる。

下を向いてとぼとぼと歩く。足がひどく重い。


役人が黙って蓮華を連れていくことなど考えられない。それに、音もなく人を連れ去ることが出来る者がいるとするなら、それは・・・・・・滅創衆(めっそうしゅう)。それ以外に考えが及ばない。

何のために、わたしではなく、蓮華殿を?


天狗が引き離されたこの状況、滅創衆にとっては願ってもないことだったのかもしれない。

わたしを攫っても、戦御体”紫雲”を動かすことのできる蓮華殿を敵にすることになる。ならば、蓮華殿を攫えば、わたし一人では連中に太刀打ちできない。

と、なれば。

奴らが来る。

必ず。

わたしを襲いに来る。


ともかく、今はひとりでいるのは危険だ。

小さな橋を渡って、再び馬屋へ戻ってきた。

・・・こんなところに橋があったんだ。さっきは気づかなかった。それくらい、動揺していた。


馬屋の戸を開けて中へ入る。


「あら、やっとお帰りだね!あんたのお仲間って人たちが来てるよ!奥の間にいるから!」

さっきの女が、わたしの顔を見るなりそう言った。

「仲間?」


草履(ぞうり)を脱ぎ捨てると、廊下を奥へと走る。

「あ、慌てないで!(せわ)しないお方だね!」


部屋を見つけると、襖をあけて中を見る。

・・・違う。

知らない武士と女だ。


こっちの部屋。

・・・ここも違う。

商人らしき男が四人ほど、雑魚寝している。


こっちの部屋。

ばん!と音を立てて襖を開ける。

そこに・・・蓮華と天狗がいた。

「瑞奈様!遅かったのですね!って、まだ髭つけてる・・・・」

「おう、待っておったぞ!」

蓮華と天狗が瑞奈を見てそう言った。

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