129 花舞ノ章 三十二
「あいつら、このわたしを愚弄しおってっ!!」
康佑は怒りに任せて戦御体に乗り込んだ。
「このわたしに惚れぬおなごなど、何の価値もない!踏みつぶしてくれる!」
褌一枚のまま、御霊石を両手で握る。
全身を赤く塗られた戦御体、”朱獄”に精神が同期する。視界が高くなり、全身の感覚が広がる。
暗い御体蔵の中、朱獄がゆっくりと立ち上がろうとした時。
「国府殿・・・・・・」
大きな影が朱獄の視界を塞ぐ。
康佑の朱獄の前に、白い御体”白縫”が現れる。
「・・・なんだ?」
「能見にございます」
「お、お前!わたしの邪魔をするようなことを!あの娘に何を教えたのだ!?」
「矢萩の川で屋敷の場所を教える際、此度の夕餉には眠くなる薬が盛られることをあの娘に告げました。そして今宵の門の入り口で、すべての娘に薬の効果を消す薬草を煎じたものを渡しました。それだけでございます」
「なぜだっ!!なぜ、わたしの邪魔をするっ!」
「国府殿、あなたは思い違いをしておいでです。邪魔をしたのではなく、世を元の正しい姿に戻そうとしただけのこと。緋家の恩恵はすでになく、世は変わっているのです。もう私利私欲の世ではありません」
「・・・何を言っているっ!?わたしは・・・・!?」
「国府殿。申しました通り、民の上に立つ武士としての尊厳が失われるようでは、この先は行き抜くこと叶いませぬ。あれほど、頭を下げるのはおやめくださいと申しました。それに、女を騙すような下劣な真似はおやめいただきたかった」
能見の白縫は腰から太刀を抜き、その切っ先を康佑の朱獄へ向けた。
「の、能見!?」
「天からの滅びを受け取りくだされ」
白縫はそのまま朱獄の腹をめがけて太刀を突きさした。
ざしゅっ!!
「ぐぇっ!?」
その太刀は朱獄の装甲を貫き、繰り座の康佑をも貫いた。
何が起きた?
一切、理解できないままで驚愕の表情を浮かべつつ、血を噴きだす。
全身から力を失い、うなだれるように絶命する。
「困るのですよ。たかが一国府の分際が、勘違いしてもらっては」
「片付いたか?」
背後から近寄ってくる人影。
「はい、とどめを刺しました」
「ご苦労だった。あの娘たちはもう少し泳がせる。役人には渡すな」
「はっ」
「ここにはもう用はない。桑谷を連れて出るぞ」
「承知してございます。斎尾様」
斎尾と呼ばれた法師姿の男は、琵琶を背中に背負って踵を返すと、屋敷の外へ向かって歩き出した。
「まったく、父様は!食べてはいけないと言われていたでしょう!」
りんが、いびきをかいて寝ている五郎田を背負いながら怒鳴る。
「もう、父様を置いて家を出るわけないのに!・・・本当にご迷惑をおかけしました」
りんはそう言いながら、瑞奈たちに深々と頭を下げた。
「五郎田殿はそれだけりん殿を大事に思っているのです。どうか大切にしてあげてください」
瑞奈が軽く微笑んで言うと、りんは頬を少し赤らめてもう一度頭を下げた。
帰っていくりんと五郎田を見送り、娘たちが全員帰ったことを確かめる。
「これで全員ですね」
蓮華が言うと、天狗も頷く。
「うむ。しかし、あの国府はどこへ行ったのじゃ?」
「わかりません。あれから姿を見せませんね」
蓮華が言う。
「ともあれ、ここは危険です。今夜はどこかに隠れて、明日の朝早くに参河を出ましょう」
瑞奈が身震いする。
あの男に帯をほどかれた。うっすら意識があっただけに本当に気持ち悪い。
「瑞奈よ、娘たちにあの男の本性を思い知らせるためとはいえ、もう危険な真似はせんでくれよ」
天狗が瑞奈に言う。
「わたしだって、もう二度とごめんですよ!」
一行はそのまま月明かりを頼りに矢萩宿を出て、藤寺と言う街道沿いの寺で軒下を借りて夜を明かした。
「おはようございます・・・・」
最後に瑞奈が起きてくる。
「瑞奈様、おはようございます。朝餉の汁が出来ていますよ」
いつも蓮華が芋や菜葉を煮たものを作ってくれている。
「いつもすみません、蓮華殿」
そう言いながら、瑞奈は眠たい目を擦る。
「ああ、もう。髪がひどいことに・・・」
蓮華は苦笑し、櫛で瑞奈の髪を梳く。
こう見ると、昨夜のあの妖艶なまでに美しい瑞奈とは別人のようだ。
あの時の瑞奈は、男のみならず女までも、見るものすべてを惚れさせるほどの輝きを放っていた。
それが、今はまるで年上の妹のような、面倒を見たくなる、放っておけない存在に感じる。
「ありがとうございますぅ・・・ふわぁぁ・・・」
「ふふっ、欠伸して・・・・美人が台無しですよ、瑞奈様」
「そういえば、天狗殿は?」
「馬で一度、矢萩へ戻ると言っていました。今朝早く、この街道を早馬が通ったそうです。何かあったのではないかと」
「・・・そうですか。大丈夫でしょうか?目立ちますが・・・」
「ですが、わたしたちはここで隠れているように、と」
そう言って、汁の入った椀を瑞奈に差し出す。瑞奈は受け取ると、口をつける。
「あぁ、美味しい。幸せ」
蓮華は、そんな瑞奈を見ているだけで、自分も幸せな気持ちになる。
この感じ、これは年上の妹と言うか、年上の娘ではないだろうか。
その後、しばらくして。
「あ、天狗殿戻ってきましたね」
街道の向こうの方から天狗が馬で走ってくる。
「・・・・・・・・・にげろ・・・・・・・・・・・」
「え?」
「・・・天狗様、何か叫んでますね」
「・・・に・・・げ・・・・ろ・・・・・・!!」
「?」
天狗の後ろの方から、濛々と砂煙が上がっている。
「何、あれ・・・?」
蓮華が目を凝らす。
「あ、役人たちに追われてますね」
「・・・・・そうですね。なぜでしょう?」
「にーーげーーろーーーーーーー!!」
「蓮華殿・・・・」
「瑞奈様・・・・」
ふたりは顔を見合わせる。
「逃げましょう!!」
声が重なった。
慌てて二人は御体車に馬を繋げ、鞍に飛び乗ると走り出す。
「どういうことなんですかっ!?」
天狗がすぐに二人に追いつくと、開口一番に蓮華が言う。
「わしにも、わからん!ともかく、あとで説明する!もっと飛ばせ!」
「無理ですよ!こっちは紫雲を引いているのですから!」
瑞奈と蓮華の乗った馬は紫雲を乗せた御体車を牽いている。あまり馬を走らせると、車が壊れて紫雲が放り出されてしまう。
「・・・仕方ない!」
急に天狗が馬を止める。馬は嘶いて前足を上げる。
「天狗様!?」
「おまえたちはそのまま行け!ともかく参河を抜けろ!」
「ですが!!」
「蓮華、瑞奈を頼むぞ!」
「駄目ですっ!!」
蓮華が馬をとめようとする。
「蓮華殿、いけません!このまま行きましょう!」
「瑞奈様!?」
「追われる理由はわかりませんが、今は役人につかまるわけにはいきません!」
「・・・!!」
蓮華は後ろを振り向く。
あっという間に、馬に乗った天狗の姿が遠くなっていく。
「大丈夫。天狗殿を信じましょう!」
「・・・・わかりました。ご冥福をお祈りいたします!」
蓮華が大きく手を振る。
「まだ死んでませんよ!・・・きっと」
もう、後ろを見ても背の高い草むらに阻まれて、天狗の姿は見えなかった。




