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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
四章 花舞 はなまい

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129 花舞ノ章 三十二

「あいつら、このわたしを愚弄(ぐろう)しおってっ!!」

康佑(やすすけ)は怒りに任せて戦御体に乗り込んだ。

「このわたしに惚れぬおなごなど、何の価値もない!踏みつぶしてくれる!」

(ふんどし)一枚のまま、御霊石を両手で握る。

全身を赤く塗られた戦御体、”朱獄(しゅごく)”に精神が同期する。視界が高くなり、全身の感覚が広がる。

暗い御体蔵の中、朱獄がゆっくりと立ち上がろうとした時。

「国府殿・・・・・・」

大きな影が朱獄の視界を塞ぐ。

康佑の朱獄の前に、白い御体”白縫”が現れる。

「・・・なんだ?」

能見(のうみ)にございます」

「お、お前!わたしの邪魔をするようなことを!あの娘に何を教えたのだ!?」

矢萩(やはぎ)の川で屋敷の場所を教える際、此度(こたび)夕餉(ゆうげ)には眠くなる薬が盛られることをあの娘に告げました。そして今宵の門の入り口で、すべての娘に薬の効果を消す薬草を煎じたものを渡しました。それだけでございます」

「なぜだっ!!なぜ、わたしの邪魔をするっ!」

「国府殿、あなたは思い違いをしておいでです。邪魔をしたのではなく、世を元の正しい姿に戻そうとしただけのこと。緋家の恩恵はすでになく、世は変わっているのです。もう私利私欲の世ではありません」

「・・・何を言っているっ!?わたしは・・・・!?」

「国府殿。申しました通り、民の上に立つ武士としての尊厳が失われるようでは、この先は行き抜くこと叶いませぬ。あれほど、頭を下げるのはおやめくださいと申しました。それに、女を騙すような下劣な真似はおやめいただきたかった」

能見の白縫は腰から太刀を抜き、その切っ先を康佑の朱獄へ向けた。

「の、能見!?」

「天からの滅びを受け取りくだされ」

白縫はそのまま朱獄の腹をめがけて太刀を突きさした。


ざしゅっ!!


「ぐぇっ!?」

その太刀は朱獄の装甲を貫き、繰り座の康佑をも貫いた。


何が起きた?

一切、理解できないままで驚愕の表情を浮かべつつ、血を噴きだす。

全身から力を失い、うなだれるように絶命する。


「困るのですよ。たかが(いち)国府の分際が、勘違いしてもらっては」


「片付いたか?」

背後から近寄ってくる人影。

「はい、とどめを刺しました」

「ご苦労だった。あの娘たちはもう少し泳がせる。役人には渡すな」

「はっ」

「ここにはもう用はない。桑谷を連れて出るぞ」

「承知してございます。斎尾(いお)様」

斎尾と呼ばれた法師姿の男は、琵琶を背中に背負って踵を返すと、屋敷の外へ向かって歩き出した。




「まったく、父様は!食べてはいけないと言われていたでしょう!」

りんが、いびきをかいて寝ている五郎田(ごろうだ)を背負いながら怒鳴る。

「もう、父様を置いて家を出るわけないのに!・・・本当にご迷惑をおかけしました」

りんはそう言いながら、瑞奈たちに深々と頭を下げた。

「五郎田殿はそれだけりん殿を大事に思っているのです。どうか大切にしてあげてください」

瑞奈が軽く微笑んで言うと、りんは頬を少し赤らめてもう一度頭を下げた。


帰っていくりんと五郎田を見送り、娘たちが全員帰ったことを確かめる。

「これで全員ですね」

蓮華が言うと、天狗も頷く。

「うむ。しかし、あの国府はどこへ行ったのじゃ?」

「わかりません。あれから姿を見せませんね」

蓮華が言う。

「ともあれ、ここは危険です。今夜はどこかに隠れて、明日の朝早くに参河を出ましょう」

瑞奈が身震いする。

あの男に帯をほどかれた。うっすら意識があっただけに本当に気持ち悪い。

「瑞奈よ、娘たちにあの男の本性を思い知らせるためとはいえ、もう危険な真似はせんでくれよ」

天狗が瑞奈に言う。

「わたしだって、もう二度とごめんですよ!」




一行はそのまま月明かりを頼りに矢萩宿を出て、藤寺(ふじでら)と言う街道沿いの寺で軒下を借りて夜を明かした。


「おはようございます・・・・」

最後に瑞奈が起きてくる。

「瑞奈様、おはようございます。朝餉の汁が出来ていますよ」

いつも蓮華が芋や菜葉(なっぱ)を煮たものを作ってくれている。

「いつもすみません、蓮華殿」

そう言いながら、瑞奈は眠たい目を擦る。

「ああ、もう。髪がひどいことに・・・」

蓮華は苦笑し、櫛で瑞奈の髪を梳く。

こう見ると、昨夜のあの妖艶(ようえん)なまでに美しい瑞奈とは別人のようだ。

あの時の瑞奈は、男のみならず女までも、見るものすべてを惚れさせるほどの輝きを放っていた。

それが、今はまるで年上の妹のような、面倒を見たくなる、放っておけない存在に感じる。

「ありがとうございますぅ・・・ふわぁぁ・・・」

「ふふっ、欠伸して・・・・美人が台無しですよ、瑞奈様」

「そういえば、天狗殿は?」

「馬で一度、矢萩(やはぎ)へ戻ると言っていました。今朝早く、この街道を早馬が通ったそうです。何かあったのではないかと」

「・・・そうですか。大丈夫でしょうか?目立ちますが・・・」

「ですが、わたしたちはここで隠れているように、と」

そう言って、汁の入った椀を瑞奈に差し出す。瑞奈は受け取ると、口をつける。


「あぁ、美味しい。幸せ」



蓮華は、そんな瑞奈を見ているだけで、自分も幸せな気持ちになる。

この感じ、これは年上の妹と言うか、年上の娘ではないだろうか。



その後、しばらくして。

「あ、天狗殿戻ってきましたね」

街道の向こうの方から天狗が馬で走ってくる。

「・・・・・・・・・にげろ・・・・・・・・・・・」


「え?」

「・・・天狗様、何か叫んでますね」



「・・・に・・・げ・・・・ろ・・・・・・!!」



「?」


天狗の後ろの方から、濛々と砂煙が上がっている。

「何、あれ・・・?」

蓮華が目を凝らす。


「あ、役人たちに追われてますね」


「・・・・・そうですね。なぜでしょう?」


「にーーげーーろーーーーーーー!!」



「蓮華殿・・・・」

「瑞奈様・・・・」

ふたりは顔を見合わせる。

「逃げましょう!!」

声が重なった。



慌てて二人は御体車(みたいぐるま)に馬を繋げ、鞍に飛び乗ると走り出す。



「どういうことなんですかっ!?」

天狗がすぐに二人に追いつくと、開口一番に蓮華が言う。

「わしにも、わからん!ともかく、あとで説明する!もっと飛ばせ!」

「無理ですよ!こっちは紫雲(むらくも)を引いているのですから!」

瑞奈と蓮華の乗った馬は紫雲を乗せた御体車を牽いている。あまり馬を走らせると、車が壊れて紫雲が放り出されてしまう。

「・・・仕方ない!」

急に天狗が馬を止める。馬は(いなな)いて前足を上げる。

「天狗様!?」

「おまえたちはそのまま行け!ともかく参河を抜けろ!」

「ですが!!」

「蓮華、瑞奈を頼むぞ!」

「駄目ですっ!!」

蓮華が馬をとめようとする。

「蓮華殿、いけません!このまま行きましょう!」

「瑞奈様!?」

「追われる理由はわかりませんが、今は役人につかまるわけにはいきません!」

「・・・!!」

蓮華は後ろを振り向く。

あっという間に、馬に乗った天狗の姿が遠くなっていく。

「大丈夫。天狗殿を信じましょう!」

「・・・・わかりました。ご冥福をお祈りいたします!」

蓮華が大きく手を振る。

「まだ死んでませんよ!・・・きっと」

もう、後ろを見ても背の高い草むらに阻まれて、天狗の姿は見えなかった。

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