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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
四章 花舞 はなまい

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127 花舞ノ章 三十

川で濡れた衣装を乾かし、御体車(みたいぐるま)を森の草むらに隠し終える頃には、すっかり矢萩(やはぎ)の宿は夕陽に赤く染まっていた。

「・・・うう。面倒ごとの匂いしかしないのですが・・・」

「瑞奈様、まだ言ってる」

蓮華は髪飾りなどしてお洒落をしている。可愛らしいのはいいのだが、浮かれていいわけもない。

「あの国府・・・小幡康佑(おばたやすすけ)と言いましたっけ?気をつけなさいね、蓮華殿」

「そうなのですか?いい人そうでしたけど」

「ああいう輩は、善意で悪行をするのです。厄介ですから、よく覚えておきなさいね」

「?」

明らかにピンとこない顔で小首をかしげる蓮華。

もらった地図通りに歩くと、すぐに国府の屋敷が見えてきた。

門の前に、あの強面の家臣ふたりが左右に立っている。

そこを若い娘たちがやや怯えながら、門をくぐっていく。

「若いおなごばかりじゃのう・・・」

「だから、言ってるでしょう・・・(ろく)な奴じゃないって」

瑞奈は天狗にむすっとしながら言う。

「まあ、まあ。あそこに爺さんもおる」

天狗の指さした先に、屋敷の角から門を窺っている、杖をついた白髪の爺さんがいた。


「おい、(おきな)。どうしたのじゃ?」

天狗が後ろから声をかける。

ゆっくりと翁が振り向く。

「・・・・・・・ひいいいいいいいいいっ!!!」

「ど、どうしたっ!?」

慌てる天狗。

「どう見ても天狗殿に驚いたのでしょっ!!」

「お、落ち着いてさいっ!!」

瑞奈と蓮華で、倒れそうになる翁を支える。



「・・・・はあ、驚いた・・・・」

「ごめんなさいね、お爺さん。でも、こんなところで何をしていたのですか?」

蓮華が翁の背をさすりながら言う。

「・・・・・・・ああ、愛らしい娘さん。わしと共に暮らそう」

「は?」

「娘がおらんと、わしひとりでは生きていけん。なので、娘さん」

そう言って蓮華の手を握る。

「祝言を挙げよう」


ごん!







「・・・・わしの名は五郎田(ごろうだ)と言います」

頭に大きなこぶを作った翁が言う。

「で、なぜ国府殿の屋敷を・・・娘さんが中にいるのですか?」

瑞奈が聞くと、五郎田は頷いた。

「はい。あの国府殿は見た目よろしいせいか、おなごにめっぽう手が早くて。この辺りでは噂になっておるのですが、娘たちはやはり優しくされると心奪われてしまうらしく・・・」

「で、娘さんもあの国府殿に心奪われてしまった、と」

「そうですじゃ。ですが、あの門番がいたのでは中に入れんので・・・」

「仕方なく外で見ておった、と」

天狗が言う。

「はい・・・・・」

寂しそうに頷く。

「天狗様、このお爺さん、娘さんを取られてしまって、さらに頭にこぶまで・・・かわいそうです。娘さんを取り返しましょう」


・・・後半は蓮華のせいだけど。


「でも、あんなに年頃の娘さんばかりじゃと、どれがこの爺さんの娘さんかわからぬからのう・・・・」






「娘様方、よくお集まりいただいた!今宵は娘様方に感謝の意を込める宴です!どうぞ遠慮なく、酒も料理も召し上がりくだされ!」

康佑は上座から、集まった娘たちを見渡す。ざっと、十一人。

よりをかけて集めた娘たちは皆、上物揃い!

今日、渡しで会った、りんと言う娘も。

それに、何と言ってもあの、男装の娘!凛々しく美しい!流れる黒髪、化粧などしなくてもよいほどの白い肌、整った目鼻立ちに、紅を引いたような赤い唇!どれをとっても美しい。

そしてその連れのあどけない少女。あの娘も捨てがたい。きっと、これから磨けばいいおなごになることは間違いない。

だが、その横の、呼んでもいないのについてきた天狗と天狗。・・・うっとおしい。


・・・・ん?


男装の娘、あどけない少女、天狗、天狗・・・・・・。


天狗、天狗?


「なぜ、天狗が増えているっ!?」

思わず大声で叫ぶ康佑。

天狗が二人、横並びで座っている。

手前の天狗はしっかり酒を飲んでいるし、奥の天狗は料理の鯛にむしゃぶりついている。


・・・わたしはまだ酒は飲んでいないのだが?おかしいぞ、おかしいぞっ!?


康佑は傍に控えていた能見を手招きして呼ぶ。

能見(のうみ)、どういうことだ?わたしには天狗が二人に見えるが?」

「はい、国府殿。わしにも二人に見えます」

「なぜ、呼んでもいない天狗が二人おるのか、と聞いておるのだ!」

「ですが、あの娘たちが天狗を二人連れてきて、両方入れないなら帰る、と申したので」

「ぐぬぅ・・・・・・・」


「天狗様、あまり飲み過ぎないでくださいよ!」

蓮華が隣の天狗に言う。

「何を言う。只酒じゃ。飲まにゃ損じゃ」

「何かあったら困るでしょ!?」

「ふん、この天狗、若い頃から蟒蛇(うわばみ)として有名じゃったのじゃからな!」

・・・天狗の面は普段から赤いが、なぜか今はさらに赤く見える。

「・・・もう、頼りにならない!」

「それにしても、ここは若い娘ばかりで極楽じゃのう!天狗殿!」

隣の天狗に言うと、鯛にかぶりついていた手を留めて、そちらの天狗も頷く。

「まったくですじゃ!鯛も旨いし、皆、別嬪さんばかり!こうなりゃ誰でもええかのう!!」

・・・こいつ!

天狗二人は肩を組んで鼻の下を伸ばしている。・・・ように見える。



「もう!瑞奈様、天狗様があてにならないので、わたしたち、しっかりしましょうね!」

と反対側の瑞奈を見ると・・・・・。

顔が、真っ赤!!

いつもは白肌の瑞奈の頬が赤く染まり、半目を開いて、唇に笑みを湛えている。


・・・・・何これ!?こんな(つや)っぽい瑞奈様、見たことない。


「蓮華殿・・・」

「は、はい?」

瑞奈の息から酒の匂い・・・。

「瑞奈様、どれだけ飲んだのですかっ?」

「・・・これだけですよ?」

小さな御猪口を指さす。・・・これ一杯だけ!?

「お、お酒に弱いのですね?」

「そんなこと・・・言わないで・・・蓮華殿っ・・・・」

指先でそっと蓮華の頬に触れてくる。


・・・うわぁ・・・・これは男の人ならたまらないだろうな・・・。


そう思いながらも、蓮華もたまらない。

「ちょ、ちょっと瑞奈様!しっかり!!」

「うふっ!かわいい・・・」

ちょっと上目遣いの笑顔で蓮華を見上げる。赤く染まった頬が蓮華の顔のそばに近づいてくる。

蓮華の頬に、瑞奈の暖かさがほんのりと漂ってくる。

少し、着物の裾がはだけて足の先があらわに・・・・。


・・・ひぃーーーーーっ!!

・・・だめだこれはっ!女のわたしでもたまらないっ!!

鼓動が早くなって止まらない。なぜこの人はこんなに色っぽいのっ!?



「蓮華殿・・・」

「は、はいっ!?」

「・・・・・・舞って、いいかしら?」

「え?」



瑞奈はすっと立ち上がると、上座の康佑の前に立った。

「ど、どうした?」

康佑はそう言いながらも、瑞奈の振る舞いに目を奪われている。

「わたし、白拍子、瑞奈王と申します・・・。殿に、舞を捧じて差し上げますわ・・・」

そう言うと、懐から扇子を出す。

片手を振ってぱっと扇を開くと、まっすぐ前に差し出す。

ゆっくりと両腕を広げ、足を運ぶ。

けだるげに細められた瞳。

紅潮した頬。

怪しげに微笑む艶やかな唇。

乱れた着物の襟から、白い肩がのぞく・・・・。

まさに妖艶。


その場にいた誰もがその舞に釘付けになった。

男女を問わず瑞奈の姿に見惚れ、心を奪われた。

康佑はもちろん、近くに控えていた家臣の能見、桑谷も食い入るように見つめる。

その場に集まった女たちも頬を赤らめて、瑞奈の美貌に憧憬と羨望の眼差しを向ける。

「瑞奈様・・・・」

瑞奈の舞は何度か見ている蓮華でさえも、その艶やかな姿に目を奪われた。


・・・美しい。


その姿は地上に舞い降りた木花咲耶(このはなさくや)姫命(ひめのみこと)か、岩戸の前で華やかに舞う天鈿女命(あめのうずめのみこと)か・・・。


そしてゆっくりと、滑らかに康佑の前に立ち、扇子を差し出す。

赤らめた顔を近づけると、妖艶な笑みを浮かべた。

康佑は完全に飲み込まれ、口を半分開いたまま瑞奈を見上げていた。

瑞奈はゆっくりと扇子を閉じて、その扇子で康佑の額をぺしり、と叩いた。

そしてそのままゆっくりと後ろへ倒れ・・・。


すぅ・・・・すぅ・・・・。


寝息をたて始めた。


・・・幸せそうな寝顔。



「こ、これはいかん!このお方は向こうの部屋で介抱いたしましょう!」

急に我に返ったように康佑が立ち上がり、瑞奈を抱えて部屋を出て行った。


・・・・・・え?


あまりの早業に気づくのが遅れた。

「瑞奈様が危ない!!」

蓮華が叫ぶ。

「天狗様、瑞奈様を連れ戻しましょう!!」

「あ、ああ。そうじゃった!!」

そう言って二人は立ち上がる・・・・・・。


あれ?


足が動かない・・・?


他の女たちも次々と倒れている。

・・・これが・・・・。

五郎田天狗もいびきをかいている。

隣の天狗も立ち上がれないようだ。がしゃん!と料理の乗った膳の上に倒れ込む。

蓮華の足からふっと力が抜けていく。


・・・・いけない!瑞奈様を・・・助けなくちゃ・・・・。



蓮華の意識は暗闇に飲まれていった。

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