126 花舞ノ章 二十九
ぶるっ!?
瑞奈の体が不意に身震いした。
「瑞奈様!?また・・・・」
「はい。風邪ではありません。いつものやつです」
瑞奈が言うと、蓮華はものすごく気の毒そうな目をする。
一行は知里府を出て、陽が高い頃に矢萩の渡しへ差し掛かった。
「・・・また船ですかぁ?」
瑞奈がとても嫌そうな顔をする。
「いや、ここは川幅が広いがそんなに深くないので、馬で渡ることが出来るそうじゃ」
天狗が例の鈴鳴峠越境なんちゃらを広げながら言う。
「・・・それ、本当にあてになるのですか?もし嘘だったら川に流されてしまいますよ」
蓮華がじとっとした目で言うと、天狗はぶんぶんと首を振る。
「何を言う、ここまで全部ここに書かれている通りじゃったぞ!?」
「・・・鈴鳴峠を越えてからだいぶ来ましたが、一体どこまで書かれているのですか?」
瑞奈が聞くと、天狗は巻物をするすると巻く。
「参河を越えるまでじゃな。この書はこの先の今橋までで終わっておる」
「では、そこから先は行ってみないとわからないのですね」
「いや、この巻の最後に、”遠江濱辺遊覧紀行東国一覧初見案内書へ続く”と書かれておる」
「・・・なんですか、それ!?」
「わからんが、またこの先で親切そうな男からもらえるのかもしれんな」
「・・・・もう、変なものもらわないでくださいね。拾っても駄目ですよ」
「落ちてるものなど、拾わんわい」
街道の往来は多いが、あたりはずっと草原。集落なども見えずひたすら馬を歩かせ続ける。
徐々に川の流れる水音が聞こえてきた。
川の淵には石灯籠が置かれ、その横には小さな小屋が建っている。
「お、矢萩の渡しが見えてきたな。」
船を待つ旅人たちが列になって順番を待っている。
「船はかなり待たされそうですね」
瑞奈が言うと、蓮華も頷く。
「もう少し上流に行くと、馬でも渡れる浅瀬があるらしい。そちらへ行こうか」
天狗はそう言うと、御体車を引く馬の向きを矢作川の上流へ向けた。
「お待ちなさい!」
不意に、呼び止める声がした。
「・・・?」
瑞奈が声の方を向くと、馬でこちらへ近づいてくる男がいる。
「わたしでしょうか?」
瑞奈がそう聞くと、男は頷く。
男の後ろには強面の屈強な武士が二人、こちらを睨むように立っている。
「うむ。突然声をかけてすまない。わたしは参河の国府、小幡康佑と申すも・・・・の・・・・・」
「はぁ。国府殿が何か御用でしょうか?」
瑞奈が笠を少し上げる。
「はっ!?まぶしい!」
康佑が目を覆う。
「?」
「あ、すまない!貴女のあまりの眩しい美しさに思わず目を覆ってしまったっ!」
・・・はぁ。小さくため息をつく。
こういう反応のやつに碌な奴はいない。
瑞奈の経験則である。
「・・・だから、何の御用でしょう?」
「あなたたち、今宵の宿はお決まりか?」
「・・・いえ」
「ならばちょうどよい。今宵、我が屋敷で民に日頃の心づけとしてささやかな夕餉を振舞うつもりなのだ。旅の者のようだが、ぜひ我が屋敷へお越しいただきたい」
「国府殿のお屋敷に?」
「ああ、そちらの愛らしい娘さんも、ぜひ一緒に来ていただきたい」
蓮華が「わたしも?」という感じで顔を向ける。
「もちろん。貴女もですよ」
康佑はそう言うと、瑞奈と蓮華ににっこりと微笑みかける。ふうっと、一陣の爽やかな風が吹き抜ける。
「別に結構です」
瑞奈はきっぱりと言った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「だから、結構です」
「ええと・・・このわたしがお誘い申上げているのだけど?」
「はい。興味ないので」
・・・興味ない!?この爽やかな色男のわたしに・・・興味ないっ!?
・・・そんなはずはない!おなごなら私に誘われれば必ず頬を赤らめて感謝の言葉を言って、もじもじしながら惚れるのが当たり前!今までわたしの誘いを断ったおなごなどいないではないか!そうか、聞き間違いだ!「今日、見ないので」と言ったのだ!意味は分からんが!
「ええと、今、わたしの聞きなれない言葉が聞こえた気がして・・・」
「別に興味ないので結構です、と言いました」
・・・聞き間違いじゃなかった!?
「あ、あの、それはわしも行って良いのかのう?」
天狗が入ってくる。
「・・・化け天狗」
「だあれが化け天狗じゃっ!!」
「ひぃぃぃぃっ!!・・・・いてっ!」
天狗の迫力にのけ反って、そのまま落馬する康佑。
「あの・・・もう行ってもいいですか?」
蓮華が声をかける。
「おまえたち、わたしを見て何も思わないのか?」
康佑が背中の砂を払いながら立ち上がる。
「・・・何をでしょう?」
「・・・男前だから、好き!とか?」
「いえ。何故、そんなことを思わなくてはいけないのでしょう?」
「・・・・・・・・・・・」
康佑、絶句。
「わかった。わしが一緒なら行ってやってもよいぞ」
突然天狗が入ってきた。
「はぁ?誰が化け天狗など・・・」
「そうですねぇ。天狗様が一緒なら。食べ物と宿をお貸しいただけるのは助かりますし・・・」
蓮華が言うと、康佑は苦い顔。
「・・・あなたたち二人だけでよいのだが・・・・」
「じゃあ、さようなら」
「わかった、わかった!そちらの化け天狗も招待しよう!その代わり、お二人、必ず来てくれよ!」
瑞奈は嫌そうな顔でため息をついた。
「・・・はぁ。仕方ない・・・・・」
一行はさらに上流へ向かい、紫雲で荷車を担ぎ、天狗と瑞奈は馬で矢萩川を渡った。
「本当に行くのですか?国府の屋敷に・・・」
あの後、国府の家臣のお強面に、屋敷の地図を渡された。用意周到すぎて気持ちが悪い。
それと・・・。
「まあ、天狗様も一緒ですし」
蓮華はちょっと楽しみにしてるようだ。
「津田の宮で襲ってきた滅創衆とやらのことが気になるのでな。できるだけ野宿は避けたいしのう。それに国府の屋敷となれば滅創衆も手出しできまい」
「・・・嫌な予感しかしませんが」
「いざとなれば屋敷ごと吹き飛ばせばよい」
「任せといてください!」
天狗と蓮華が息を合わせる。
「不安です・・・・」
ひとり俯く瑞奈だった。




