125 花舞ノ章 二十八
「ええい!待て待て!」
気づくと、勝手に体が動いた。
「なんじゃ、おまえは!?」
役人らしき男は惟正を見て矛先を変えた。
見ると、船着き場にいたのは女と翁。女が年老いた翁の手を取って支えている。
役人は口髭を蓄えた屈強な体格の男が二人。どちらも腰に刀を差している。
そして馬に乗った若い男。こいつが先ほど聞こえた国府だろう。
「わしは霞惟正!霞家の血筋を引く正統なる武家の末裔のひとりじゃ!お主らの民を人とも思わぬ態度に呆れ果て、見過ごせずつい口を出してしもうた!」
「なんだ、お主!?われらのことが気に入らぬと申すか!?」
「そうじゃ!まったく気に入らぬ!!民を守らぬ国府など、ただの毛虫草と同じであるぞ!」
「国府殿を馬鹿にしたな!斬って捨てるぞ!」
男は腰の刀の柄に手をかける。
「ふん!刀など抜くでない!ここは天下の往来!このようなところで斬り合いなどするべきか否か、国府殿であるなら一考されよ!」
・・・・・・・。
・・・抜かないで!
勢いで間に入ってしまったが、斬り合いなどになったら勝てる気がしない。
自慢ではないが、惟正に武の才はないことを自分でも自覚している。
「そちらの方のおっしゃる通りです。身を引きなさい、能見」
不意に、馬に跨った国府の男が声をかけた。
「国府殿は黙っていていただきたい。この男は我ら参河武士を嘲笑ったのです」
・・・いや、そこまでは申しておらん!
「いえ、わたしが言っているのはお前たちが民を蔑ろにするべきではないと言っているのです」
そう言うと、若い国府は静かに馬を降りて、翁の前に進み出ると頭を下げた。
「わたしの不行きで家臣が不快な思いをさせた。すまない」
「そんな!わしなどに・・・・」
翁も慌てる。
「国府殿!!」
能見と言う家臣が国府に駆け寄る。
それを手で制すと、国府は女にも頭を下げた。
「そなた、名があれば教えていただきたい。わたしは参河国府、小幡康佑と申す」
「・・・りん、と申します。こちらは・・・父の五郎田」
女は国府の振る舞いに、うっとりした目で見つめる。
・・・たしかにこの国府、容姿は良い。
・・・だが、助けに入ったのはこのわしではないか?
「ごほん、わかればよい!上に立つ力を持つものほど、民の礼に尽くさねばならんぞっ!!」
無理にでも視線をこっちに向けようと、わざと大きな声で言ってみる。
「旅のお方・・・お言葉、胸に痛み入ります。わたしも、これよりあなたのような傑物になれるよう精進いたしますゆえ、どうかこの場はお納めいただきたい」
そう言って、惟正の手をぐっと握る。
「・・・ま、まあ、そういうことでじゃったら・・・。命拾いしたのう、そちらの家臣殿」
「なにっ!?」
惟正の言葉に怒りを見せる能見だが、それを再び康佑が手で制した。
「押さえなさい。こちらの方・・・惟正殿と申しましたか?お前たち相手に立ち向かうとは、かなりの手練れとお見受けいたしました。命を救っていただいたのは我らです。おとなしく順番を待ちましょう」
「・・・・・・・」
能見は不服そうだったが、康佑の言葉に従った。
国府たちは船着き場を離れ、少し後ろで順を待つように立った。
・・・・・・た、助かった。
「け、怪我などなかったか、ええと・・・りん殿?」
「はい・・・素晴らしいお方ですね」
そう言うりんの目は、恋する女の目で康佑を見ていた。
・・・・・・助けたのはわしじゃないか?
「わし、霞惟正。わしの善行を噂に・・・・」
「ああ、はい・・・・」
・・・聞いてない。まるでこっちを見ていない。
「殿!!馬が見つかりました!」
元康が馬を連れて走ってきた。
・・・ああ、そう。
りんが見つめる視線に気づいたのか、康佑はりんを見てにっこり微笑んだ。
・・・どこまでも恰好よい奴!
「どうしたのです、着物の袖など齧って。腹が減ったのですか?」
「うるさい!川を渡るぞ!」
「あ、ちょっと!待ってください!!」
「国府殿、今後はあのような下々の者たちに頭を下げるなどおやめくだされ。われら武士がこの地を治めているからこそ、民は田畑を耕し暮らせるのです。それに、国府殿が頭を下げるなどしたら、この地を治める者の威厳が地に落ちます」
能見が顔を引きつらせながら康佑に言う。
「そう言うな、能見」
康佑が笑顔で先ほどの娘に向けて手を振る。
「・・・お前のおかげで、あの娘は完全にわたしに惚れたのだ。なかなか愛らしい娘ではないか」
「・・・・・・・・」
「おい、桑谷」
康佑はもう一人の家臣に声をかける。
「はい」
「あの娘に、今夜詫びを兼ねて我が屋敷に招待すると言って、例のものを渡しておけ」
「はっ!」
桑谷は娘の方へ走って行った。
娘は嬉しそうに康佑の方を見て頭を下げる。
康佑はもう一度笑顔で手を振る。
「・・・国府殿、もうこのようなことは・・・」
「愛らしい娘を手に納めるためなら、頭を下げるくらいなんでもない。むしろ、わたしはお前の強面に感謝している」
「・・・・・・・・」
能見は顔を顰める。
・・・この強面のせいで、いつも悪者役をやらされるのは心が痛い。
「結局、おなごは見た目よろしい男が英雄たるものだと思うのだ!ひどい勘違いだ!!」
「まあまあ、そんなに怒ると、馬に振り落とされますよ」
惟正と元康は馬の背まで川に浸かりながら矢萩川を渡っている。
「元康!わしがあの国府のような見た目なら、瑞奈殿はわしに惚れていたと思うか!?」
「・・・さあ?」
「なんじゃ、わしが悪いのは見た目だけではないと申すか!?」
「そうは申上げておりませんよ。ですが、あの瑞奈様と見た目釣り合う男など、なかなかいないと思いますが・・・」
「わしは今、猛烈に自信を失っておる!毛むくじゃらの盗賊から面白い顔と言われ、しかも命懸けで助けた女からも見向きもされぬのじゃぞ!お前の言うように、媼をおぶって歩いておれば、本当に瑞奈殿はわしを好いてくれるのかっ!?」
「さあ?」
「さっきから、”さあ?”とはなんじゃ!お前が言うたのではないかっ!!」
「ですが、瑞奈殿はもうすぐ参河へいらっしゃるのですよ?見た目がよろしい男が好みなら、先ほどの国府殿のような男に心奪われるのかもしれませんね」
「・・・・・・」
「ですが、それはちょっと瑞奈様に限って考えにくいですけどね。ははは」
「それはいかん!!」
惟正は腰まで水に浸かりながら、元康を振り向いた。
馬も頭だけを何とか水面の上に出している。
「はい?冗談ですよ」
「いいや、あんな男に惚れてしまっては瑞奈殿が不幸になる!それだけは阻止せねば!!」
「だから、冗談ですってば!」
「わしは、瑞奈殿に教えておかねばならん!参河の国府殿に気をつけよと!とても見た目よろしくて、礼儀正しく、柔和で人当たりもよい!何よりも、あの男が微笑むたびに、やさしい風が吹き抜ける!」
「褒めてませんか?」
「よおし!!わしが、参河国府の手から、瑞奈殿を守るぞっ!!!」
「あ、そんなに身を乗り出すと・・・」
どぼん!
「うぷつ!?がぼがぼがぼ・・・・・・」
「ほら、落馬した・・・」
川の中へ沈む惟正を置いて、馬は向こう岸へ逃走した。




