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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
四章 花舞 はなまい

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124 花舞ノ章 二十七

東へ進む瑞奈(はな)たちの足取りは重い。成海(なるみ)に着いた頃には、すでに陽が西へ傾きかけていた。

天狗には平静を装って歩いているように見えたが、二人の足取りはどこか揃わない。

あの男が自ら喉を突いた光景が、まだ離れないのだろう。

だが、尾張国府が追ってきているかもしれない。天狗としては、できれば次の宿まで今日中に進みたい。

「二人とも。休みたいだろうが、今日中に参河へ入りたい。尾張国府から役人が追ってくるかもしれないからな。辛いだろうが、頑張ってくれ」

「はい、だいじょうぶです!」

蓮華がそういうが、天狗にはいつもより無理をしていると感じた。

「天狗殿・・・」

瑞奈が思い詰めたように天狗を見る。

「瑞奈、今はよい。ともかく、知里府(ちりふ)に着いたら落ち着いて話しをしよう」

「わかりました」


一行が知里府に着いたときにはすでに辺りは暗くなっていた。

街道沿いの寺のお堂で宿をとることにした一行は、御体車に積んできた野菜で汁を作ると夕餉にした。

「・・・・・」

「瑞奈、食べておかないと明日から辛いぞ」

「はい、そうですね」

瑞奈はそう言うと野菜の汁を一気に喉へ流し込んだ。


「天狗殿、蓮華殿、聞いてください」

瑞奈は思いつめた表情のまま、二人を見る。

「今まで伊豆へ行く本当の目的を二人には話していませんでした」

そう言うと、瑞奈は頭を下げた。

「・・・本当の目的?」

蓮華が聞く。

「はい。今日、あの男に尋ねられたのは、伊豆へ行く本当の目的です。実は、宗影殿から預かった密書を届ける以外にも、ある目的を言われています。それは・・・」

「待った!」

天狗が瑞奈の言葉を留める。

「天狗殿・・・」

「瑞奈、それはわしらが知っていていいものか?まずはよく考えよ」

「・・・今日一日、よく考えました」

「明日も考えよ。そして、明後日もだ。そして、結論を出せ。どうせ我らはまだ伊豆まですぐには着けない。しっかり考えよ」

「そうですよ、瑞奈様。瑞奈様が背負っているものが何であれ、わたしたちは旅の仲間ですから!」

「・・・二人とも、それでよいのですか?」

「構わん」

「はい!」

瑞奈は、蓮華の”仲間”という言葉に胸が温かくなるのを感じた。それと同時にもっと重いものが心に圧し掛かるのも感じていた。本当に、知らなくてよいのだろうか。もしかしたら、二人の敵かもしれないわたしを、伊豆まで守って旅をするなど・・・。

瑞奈は大きく息を吸うと、二人をあらためて見つめた。

「ですが、今日襲ってきた滅創衆のことで知っていることを話します。あの男、滅創衆の何か、立場のある男です。上皇の宴を襲ってきたのもあの男でした。宗影殿に斬られたものと思っておりましたが」

「・・・わしは津田の宮で瑞奈に化けた女を見た。あまりにも似ていたので、わしでさえ見分けがつかなかったのじゃ。そうなると、その男も本人であるか怪しいな」

「・・・そうですか」

あの男が本人でないとしたら、また襲撃があるかもしれない。

「だが、ともかく今は伊豆へ無事にたどり着くことが先決じゃ」

天狗はそう言って、ごろり、と横になった。

蓮華と瑞奈も顔を見合わせると、少し苦笑いして天狗に倣って横になった。


・・・宗近を殺す、か。



咄嗟(とっさ)の嘘、とも言い切れない。

それが瑞奈の心には重かった。








一方、その翌日のこと。

「なあ、元康」

「何でしょうか、殿」

霞惟正と貝元康のふたりは、瑞奈たちのいる知里府より先の参河国府のある矢萩(やはぎ)に差し掛かっていた。

「なぜ瑞奈殿より先に進んでおるのじゃ?これではわしらが逃げているようではないか」

「わかっておりませんな、殿は。まったくお馬鹿としか言いようがありません」

「お主、最近本当に口が悪いのう」

「いいですか、殿。瑞奈様は殿に”ふさわしいだけの武勲を挙げよ”とおっしゃったのです。そんなこと、殿にできますか?」

「できる!」

「できません!」

「なら聞くな」

「それは、瑞奈様に断られたも同然!ならば、瑞奈様を見返すために殿がすべきことは!?」

「・・・たくさん善行を積めというのであろう?」

「その通り!道中で人助けを繰り返し、あとからこの街道を進んでくる瑞奈様にその噂が聞こえるまでに広げ、”あ、あのお方はなんとご立派な!好き!”と思わせることが肝要です!」

「かといって、のう・・・・・」

惟正は背に年老いた(おうな)を背負っている。

「すまないねぇ。畑で足を挫いちまって」

「はは・・・大事ないか?気にすることはない・・・・。元康、本当にこれでよいのか?」

「そうです!それでよいのです!」

自信満々に胸を張る元康。

「うちに寄って行っておくんな。なんもないが、飯くらい食べていきなされ」

老婆が言う。

「おお、それは助か・・・」

「いえ!それにはおよびません!」

元康が口を挟んだ。

「な、何を言う、元康!わしは腹が減って・・・」

「殿、対価を求めたら善行になりません!我慢してください!」

「そんな・・・・」

また、ただ働き。朝からずっと、野良仕事を手伝ったり、子供の遊び相手をしたり、井戸掘りしたり・・・。

「うう・・・・。そう思うと、この婆が急に重たく感じてきた・・・」

「そういうことを言わない!」

「よいか、媼よ。飯もいらぬし、感謝の言葉もいらぬ。ただ、霞惟正は良いことをしたと噂を立てよ。それだけでよいからな」

「はぁ?すまんねぇ。わしゃ耳が遠なって・・・・」


・・・・・・・。


「元康!本当にこれでよいのか!?」

「よいのです!」




「また、川を渡るのか・・・」

惟正の前には矢萩川(やはぎがわ)が横たわっている。

川の流れは急ではないが川幅が広く、渡し船も出ている。馬で強行して渡る者も多いようだった。

「どうします?馬を探してきましょうか?」

「そうじゃな。もう船は御免じゃ」

元康は頷いて、馬を探しに行った。


辺りは民家もなく、草原がずっと続いている。街道沿いだけあって人の往来は多いが、宿や寺なども見当たらない。

「今日中にわたってしまいたいがのう・・・」

惟正がそうつぶやいたとき、船着き場で人の声が大きくなった。


「おやめください!わたしたちが先に・・・」

「うるさい!国府殿が渡られるというのだ!民草如きは道をあけよ!」

・・・・どこにでもいるものだなぁ。

人は力を持つと誇示したがる。弱いものに自分の強さを見せつけて優位に立っている自分に酔いしれたいのだ。だが。

「ふん。わしには関係ない・・・・」


”・・・あとからこの街道を進んでくる瑞奈様にその噂が聞こえるまでに広げ、”あ、あのお方はなんとご立派な!好き!”と思わせることが肝要です”


”惟正様、好き!”

”惟正様、何と勇敢な!そのお力で、強くお抱きくださいませ!”

”惟正様!惟正様!!瑞奈はもう、惟正様のものでございます!お好きにいたしてくださいませ・・・”

”惟正様を・・・お慕いしておりますゆえ・・・・・”



そう言ってはにかみながら、目を閉じて唇を差し出す瑞奈。



・・・なんて愛らしい!!

惟正の中で元康の言葉が勝手に瑞奈の顔に置き換わった。

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