123 花舞ノ章 二十六
「さて、邪魔がいなくなった。ゆっくりと話を聞こうじゃないか、白拍子殿?」
男は瑞奈を見下ろしながら、下卑た笑いを浮かべて言った。
顔の左側に大きな傷があり、その傷で片目を失っているようだ。
それに・・・この男に見覚えがある。
「おれが知りたいのは、なぜ白拍子殿が宗影のところから、伊豆へ向かったのかということだ。お前は伊豆に何をしに行く?お前は何者なのだ?」
「・・・・・・・」
あたりを見る。薄暗い小屋の中だ。あれから運ばれていないから、港のどこかのはずだ。
だが、腕を後ろで縛られている。身動きができない。
「あなたこそ何者です?なぜそんなことを知りたいのですか?」
「・・・聞いているのはおれの方だぜ、白拍子殿」
男は目を細める。
「答える気がないなら死んでもらうしかないのだがな・・・」
「・・・わかりました。答えます」
瑞奈が男を睨み返す。
「いいねぇ。好きだぜ、そういう目」
「わたしは宗影殿に捨てられたのです。伊豆へ払い下げられました」
「はぁ?」
「伊豆へ行って、宗近を殺して来いと言われたのです」
「・・・・・・・・」
「知っていますか?白拍子は、この世で唯一、腰に短刀を差したまま、帝のそばへも近寄れるのですよ」
・・・・・・。
睨み合う瑞奈と男。
・・・ああ、思い出した。まだ、生きていたのか。
あの時・・・上皇の宴の夜に、上皇の命を狙っていた男だ。
宗影に殺されたと思っていた。
「そりゃあ面白れぇ冗談だ。そんな細腕で宗近を殺せるとは思えねぇ」
男はまたニヤリと嗤った。
「ですが、それ以外はありません。あなたの問いには答えました。腕をほどいてください」
「そうはいかねぇな。おれたち・・・いや、おれとしちゃあ、今宗近を殺されると困るんだ」
「わたしでは殺せないと、今あなたが言ったではありませんか」
「だけどな、厄介ではあるんだよ。それに、おれは宗影がとにかく憎い。おれの片目を奪った男だからな。奴の思い通りには絶対にいかせねぇ」
男はそう言うと、瑞奈の顎を掴んで上に引き上げる。
「くぅっ!」
「へへ、その綺麗な顔に傷をつけて、両目をつぶしてやる。そして宗影のところへ送り返してやるよ。首だけにしてな!」
男が瑞奈の腰から短刀を抜く。
それを逆手に持ち替えると、瑞奈の顔めがけて振り下ろす。
「まったく、天狗様も勝手ですよ!瑞奈様が心配なのはわたしだって・・・・」
文句を言いながら、船から御体車をおろす。
下の方で船頭や船客たちがこちらへ文句のような何かを叫んでいるが、気にしない。
それどころではない。とにかく宮の方へ・・・。
ん?
紫雲が御体車を背中に負って、体に縛り付けた時だった。
港のまわりに小さな小屋がいくつか立って並んでいる。おそらく漁師が道具を入れている小屋だろう。
その中の一つ、赤い小さなものが目についた。
「あれって・・・・・」
蓮華の髪を留めているのと同じ、赤い髪紐。桑名の市で買った、お揃いの髪紐。
瑞奈のものだ!
「もしかして!」
蓮華が考えるよりも早く、紫雲が動いていた。
両手で小屋の屋根を掴むと、一気に持ち上げる。
バキバキと木材がはじける音がして、小屋の屋根が外れ、暗い小屋の中に一気に明かりがさす。
小屋の中にいた二人が、思わず目を細める。
「いた!!瑞奈様!!」
「な、何っ!?屋根が!?」
「蓮華殿!!」
そこには瑞奈と、知らない男。男は瑞奈に向けて、刃物を握っている。
「あなたも敵ですねっ!?」
「くそっ!!だが、もう遅いっ!!」
男が刃物を振り下ろす。
きいん!!
金属が弾かれる音がして、男の手から短刀がはじけ飛んだ。
「遅いのはお前だ、滅創衆!!」
「天狗殿!!」
瑞奈と蓮華が同時に叫ぶ。
「おまえ、なぜこんなに早く!?」
男が腕を押さえながら忌々し気に言う。
「あれだけ人がいる港でこの娘のことを見ていたのは漁師姿のお前だけだった!そうなれば、お前が立っていた小屋、ここに瑞奈がいるとすぐにわかった!」
天狗が刀の先を男に向ける。
瑞奈は短刀を拾うと、後ろ手に自分の手を縛っている綱を斬り、それで男の腕を縛った。
「さあ、なぜわしらを襲う!?聞かせてもらうぞ」
「ふん!このおれがそう簡単に・・・むぐっ!?」
天狗は男の口の中に手を突っ込む。
「あぐ、あぐっぐっ!?」
男の口の中を探る。何も含んでいないようだ。
「ぐえっ!ぐへっ、ぐへっ・・・何をする!?」
「お前だけは死ぬ勇気もないようだな」
男は天狗を睨みつけた。
「ふん!おれを甘く見るな!われらの崇高な思想、お前などに理解できるものか!」
そう言うと、手首を縛っていたはずの綱を振りほどいた。
「えっ!?」
「まさか!?あれだけきつく縛ったのに!」
かなり頑丈に縛ったはず。そんな簡単に振りほどけるものではない。
「われらはこの世を滅ぼし、新しい世を創る!そこには身分もない、貧富の差もない!帝もいない!貴族も武士も貧民もない!!その理想を叶えるため、一度この世をすべて滅ぼすのだ!」
男は天狗の刀を両手でがっしりと掴む。男の手から、血が流れて落ちる。
「何!?」
刀を引こうとしたが、びくとも動かない。
「わかるか、人はどうせ死ぬ。われらは新しい世に生まれ変わるため、死を恐れない!」
そう言って、掴んだ天狗の刀を自らの喉に突き刺した。
ぶしゅっ!と音がして鮮血が飛び散る。
「いやぁっ!?」
瑞奈が思わず目を逸らす。
蓮華は驚愕で固まる。
そのまま男は掴んだ刀を喉の奥へ突き刺していく。
ずぶずぶと肉が裂ける音と共に、男の体がみるみる赤く染まる。
「くっ、抜けない!」
天狗は刀を引くが、抜くことが出来ない。
やがて力が抜け、男は喉から血塗れになって絶命した。
天狗はやっと刀を男の喉から引き抜くと、付いた血を払って鞘に納めた。
「大丈夫か、瑞奈」
「はい・・・」
小さく頷く。
「天狗殿、わたしこの男、見たことがあります・・・」
「ああ、あとでゆっくり聞こう。ともかく、気を落ち着けよ」
港にいた他の漁師や旅人が死体を見て騒ぎ出したので、一行は早々に津田の宮を後にした。




