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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
四章 花舞 はなまい

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122 花舞ノ章 二十五

「もう、食い込んで痛いって言ってるでしょう!」

紫雲(むらくも)は巻き付いた綱を無理やり腕を上げて掴むと、敵はそのまま綱に引っぱられてよろける。

「なにっ!?」

「動けるはずなど!?」

敵は動揺の表情を隠せない。

「こんなもので!」

紫雲は体に巻き付いた綱を両手でつかみ、力任せに引きちぎる。


ぶちっ!!

綱が悲鳴のような音を立てて切れる。


「そんな馬鹿な!?」

敵たちは綱を掴んだまま引っ張られ、地面に倒れる。

「甘く見たら怪我をしますからねっ!!」

紫雲は掴んだその綱を、敵が掴まったまま頭の上でぶんぶん振り回す。

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

「うそだろぉぉぉぉぅ!?」

「目が、回るっ!!」


「えいっ!!」

蓮華が叫ぶと、紫雲は掴んだ綱を海へ向けて放り投げた。


ひゅーーーー、どぼん!!どぼん!!


次々と敵は海の中へ。波の間に水しぶきが上がる。



「さて、あとはお主だけだが?」

天狗が男に詰めよる。

男は天狗を睨み、その後目を閉じた。

「観念したか!?ならば、どうしてわれらを襲うか聞かせてもらおう!」

天狗が言うと、男は目を開けて再び天狗を睨む。

そして、口元を上げてにやりと笑った。

「・・・・まさか!?おい!!」

天卯がそう言った次の瞬間、男は口から泡を吹いて白目をむく。そのまま力なく地面に倒れた。

「・・・・・」


「天狗様!あれ・・・・・!」

蓮華の声がして海の方を見ると、紫雲が投げた敵たちも、海の上にふわふわと浮かんでいた。

「わたし・・・・・・」

「いや、皆、口の中に毒を仕込んでいたのだ。蓮華が殺したのではない」

「・・・・・・・」




瑞奈(はな)!瑞奈!!」

確かにここに、瑞奈を座らせた筈・・・・。


だが、その姿が、ない。


あれだけ船酔いしていたのだから、自分でどこかへ行ったとは考えにくい。


となると・・・してやられた。

襲ってきたあいつら、言わば捨て駒。

奴等が時間を稼いでいる隙に、瑞奈を襲うつもりだったのだろう。

「誰か!ここにいた娘を知らぬかっ!?」

これだけ人がいるのだ。ひとりくらい見ていてもおかしくない。

「その娘だったら、役人さんが宮様の方へ連れて行ったぞ!」

小さな小屋の前にいた漁師の一人が鳥居の方を指さした。

「すまぬ!助かった!」

天狗はそう言うと、蓮華の紫雲(むらくも)に向かって叫ぶ。

「瑞奈が連れ去られた!わしは後を追う!荷物をお船から降ろしたら、あの鳥居の奥へ来い!」

そう言うと、返事を待たずに走り出す。


「あ、え!?天狗様っ!?」




宮の港から鳥居をくぐり、さらに葦が生い茂る草原を抜ける。

真正面に大きな森が見えてきて、そこにも二つ目の鳥居が立っている。

その杉の森の奥に、津田の宮の本宮が建てられている。

その祀り神は三種の神器の一つ、草薙剣の御本体である。緋家が吹原へ持ち去った物は、その形代と呼ばれるものだ。

それが、今天狗の前にそびえる本宮の中に納められている。

本宮の社殿は威圧するような壮麗さはなく、むしろ慎ましいほど簡素。檜皮葺(ひわだぶき)の屋根は歳月にくすみ、柱は白木のまま、飾り気を拒むように立っている。だが、その素朴さこそが、かえって人を寄せつけぬ威を宿していた。

辺りは異様なほど静か。天狗は自分の砂利を踏む音がいやに大きく聞こえて、足運びをそっと潜ませる。

宮のまわりは広く開けていて、その外回りを取り囲むように荘厳なほど威圧的な巨木が何本も聳え立っている。

人の気配はない。

天狗は足音を忍ばせながら、本社殿の柱に身をひそめる。

息を整えた後、辺りを見渡す。

低い姿勢のまま柱の陰から次の柱へと移り、本殿の裏手へ回り込む。すると、さらに奥、本殿から砂利の道をさらに進んだところに奥の院が見えた。その入り口の手前、何か落ちているものが見える。

天狗は道の脇にそびえる杉の木の枝に飛び乗ると、奥の院に向かって枝から枝へ跳び移る。

奥の院に近づいたところで木から降りる。

小さく見えた何か。笠だ。瑞奈がかぶっていたものだ。


・・・罠だろうか?


例え罠だとしても、このまま引き返すわけにはいかない。

天狗は大きく呼吸した後、一気に飛び出して地面を転がりながら瑞奈の笠を拾うと、奥の院の扉の前に立つ。

戸の隙間から中を窺う。奥の院の中には何もなく、殺風景な板の間が広がっていた。

そして、その板の間の中央に、倒れている瑞奈の姿。

「瑞奈!」

天狗は思うよりも早く体が動き、中へ飛び込んでいた。

瑞奈の体を起こす。

「天狗殿・・・」

青白い顔の瑞奈。天狗を見て、ややホッとした表情を浮かべる。

「無事か?怪我などしていないか?」

「はい。いきなり担ぎ上げられて、ここへ放り込まれました・・・」

「ともかく、ここを出よう。罠かもしれん。立てるか?」

「はい」

瑞奈は天狗の肩を借りて立ち上がると、重い足を引きずるように外へ歩き出す。

「足を挫いたのか?」

「あ、はい・・・」

天狗は瑞奈の体をひょいと持ち上げる。

「天狗殿・・・すみません」

「・・・・・・・・・」

天狗は瑞奈を抱き上げたまま、奥の院を出る。

「・・・まるで、あの時のようじゃな。お前が熊に驚いて、崖から落ちて行ったときのようだ」

「・・・・・・・・はい。あの時は怖かったです」

「あの時も、おまえは足を挫いて、わしが抱きかかえてやった」

「はい。そうでした」

「瑞奈・・・・」

「はい?」

天狗が瑞奈を見る。

「お前は誰だ?」

「え?」

「瑞奈とわしは一緒に熊に出会ったことなどない。それに、瑞奈はもっとずっしり重い」

「くっ!」

瑞奈(?)は天狗のところから跳び上がると、間を取って腰の短刀を抜く。

「そっくりに化けているようじゃが、おまえの表情には瑞奈のような品がない。それは影の者として生きてきた者が追う宿命(さだめ)のようなものだ。瑞奈を見て人が感じる美しさとは、形のことだけではない。お前には一生かかっても真似できないものだ」

天狗も腰の刀を抜いて構える。

「くそっ!!」

女が短刀で斬りかかってくる。

天狗はさっと躱すと、女の手の付け根を刀の柄で打ち、短刀を叩き落す。

からん、と音を立てて短刀が地面に落ちる。

「うっ!」

女は呻いて、腕を押さえる。

天狗は女に刀を向ける。

「お前たちの目的は何だ?なぜわしらを狙う?」


だが、女は何も言わず、にやりと笑った・・・ように見えた。

「いかんっ!!」

天狗は慌てて女に駆け寄ると、口に拳を突っ込む。

「う・・・うがっ!?」

女の体から見る見る力が抜ける。

「死ぬなっ!瑞奈はどこだ!?言えっ!!」

天狗の叫びも虚しく、女は口から泡を吹いて白目をむいた。

「くそっ!!またか!!なぜそんなに簡単に命を捨てる!!」


・・・瑞奈はどこだ?


まさか、わしを引き離したのか?

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