121 花舞ノ章 二十四
翌日、一行は船に乗り込み、七里先の宮の宿を目指して海の上にいた。
「うう・・・うぇ・・・・・・・」
「大丈夫ですか?瑞奈様!」
「は、はい。もう吐く物がないので・・・・」
「・・・顔が真っ青ですが・・・・・」
元々色は白い方だが、今の瑞奈は青白い。血の気が引いている。
船板が上下するたび、腹の奥が遅れて持ち上がる。
内臓だけが波に取り残されているようだった。
「船酔いというやつじゃ。地面が揺れていると思うからそうなる。宮まではそれほどかからぬようじゃから、それまで我慢じゃ」
天狗が寝ころびながら言う。
・・・どうして二人とも平気なのだろう?こんなに船が揺れているのに。
「おう、お嬢ちゃん、船酔いか?これは大きい船だから、小さいのはもっと揺れるぞ!ははは!」
どこかの武士だろう。余計な口を挟んでくる。
・・・出来れば話しかけないでほしい。
へへへ、と愛想笑いをしてやり過ごす。
「う、うう・・・・」
「大丈夫かい、お姉ちゃん?」
今度は船頭までも声をかけてきた。
・・・こっちはそれどころじゃないのだけど!?
「昨日乗せた二人組もひどい有様だったけどよ、あんたもひどいね。船は初めてかい?」
「はい。海を見たのも初めてです!」
蓮華が代わりに返事をする。
「そうかい。昨日の二人組は”何で瀬戸内より揺れるのじゃっ!”とか怒りだしてなぁ。ひどかったぞ!」
「・・・もしかして、面白い顔の二人組では・・・・」
瑞奈が声を絞り出す。
「ああ、そうだな。面白い顔の武士が二人だった」
・・・もう、どこかへ行ってくれぇ・・・・・・・。
「瀬戸内ってのがどんなところか知らねぇが、ここは外海にしちゃあ静かな方だぜ!」
「・・・・・・・・うっ!?」
「瑞奈様ぁ・・・・・・・」
「そろそろ宮に着くぞぉ!帆をたためぇ!!」
陸地が近づいてきた。大きな鳥居が見える。まるで波の向こうに浮かび上がる門のよう。
港からすぐ目の前に、津田の宮と呼ばれる大社があるらしい。
・・・鈴鳴峠越境なんちゃらによれば。
「やっと、やっと・・・・・・」
「そうですよ、瑞奈様!地面に立てます!」
蓮華が瑞奈を抱えて起こそうとする。
「・・・まて、蓮華」
天狗が蓮華を押さえる。
「どうしました?」
「いやに、役人が多いな・・・」
「え?」
蓮華も港の方を向いて目を凝らす。
確かに、役人風の武士が多く、こちらの船を待っているようだ。
「船頭!宮の港は何かあったのか?」
天狗が声をかけると、船頭は首を横に振った。
「知らねぇ!こんなこたぁ初めてだ!」
「・・・蓮華、何かあるかもしれん。こっそり御体の中におれ。合図するまで絶対に動くなよ」
「はい、瑞奈様をお願いします」
蓮華はそう言うと、船倉に消えた。
「瑞奈、笠を借りる。わしも顔を隠す」
・・・顔は隠してるでしょ。それより面を取ればいいのじゃないのかしら?
「うぷっ!?」
思ったことが言えないのは辛いものだ。
船が岸に着くと、腰に刀を下げた役人たちが数人、船に乗り込んできた。
「尾張国府からの命である!これより、荷を検める!」
役人は乗っている者たちを一人づつ睨みつける。
「霞宗影の配下の者がこちらへ向かっていると知らせを受けた!霞宗影は上皇様を拐かした朝敵である!疑われたくなければ、素直に応じよ!」
・・・まずい。
天狗が小声でつぶやいた。
「宗影とやらの使いって・・・どんな奴ですかい?」
船頭が役人に聞く。
「・・・ただ、荷を検めよとだけ聞き及んでおる!黙って従うがよし!」
「なんだよ、まったく・・・・」
「おれたちは関係ないのに!」
船のあちこちから不満の声が上がる。
「文句を言うな!上の命だ!行け!」
その役人の号令一下、他の役人たちが一斉に船倉に向かう。その動きには一切の無駄がない。
「・・・あの足運び、只者ではない」
小声だが、瑞奈は明らかに天狗が体に力を入れたのを感じた。
「天狗殿・・・・」
「瑞奈、これを返す。しっかりわしにつかまっておれ」
そう言うと、笠を瑞奈の頭にかぶせ、瑞奈の体を抱いたまま大きく跳んだ。
「ひぇっ!?」
天狗はそのまま船の先端にすとん、と降り立つと大声で叫ぶ。
「蓮華!そいつらは役人ではない!!蹴散らせ!!」
「え!?」
瑞奈が驚く間もなく、船倉に降りて行った役人たちが、外へ吹き飛ばされた。
甲板に打ち付けられ、痛みに身をよじる。
すると、船がさらに大きく揺れた。
「うわっ!?し、沈む!?」
あまりの揺れ方に、船頭といえども立っているのがやっとだ。
他の客たちは思い思いのものにつかまってどうにか耐えている。
「うぷっ!?」
再びの大きな揺れに、瑞奈がまた口元を押さえる。
天狗は次の瞬間、また大きく跳んだ。
「う、うぷぷっ!?」
天狗は港に降り立ち、走って物陰に瑞奈をおろす。
「しばらくここで待っておれ。すぐに片付く」
口を両手で押さえながら、青白い顔で大きく頷く瑞奈。
「よし、動くでないぞ!」
そう言うと、天狗はまた大きく跳び上がり、船の甲板へ戻って行った。
「大丈夫か、蓮華!」
天狗が戻ると、紫雲は甲板に出てきていた。
「わわわわ、ててててんぐぐぐぐさまあああああああ!?ゆゆゆゆゆれて・・・・・」
「ともかく港へ降りよ!」
「はははっはははいっ!」
乗っている乗客たちも、紫雲が船をゆするたびに甲板の上をあちこちへ転がる。
さすがに目が回ったようだ。誰一人動かない。
だが、乗り込んできた役人たちだけは平気なようだ。
「お前たち、国府の者のではないな?」
天狗が言うと、先ほどの役人が答える。
「こんなに早くばれてしまうとはな・・・・」
役人(?)たちが刀を抜く。
「・・・何者だ?」
「・・・我らは滅創衆二ノ衆纂紗の創徒。お前たちの正体を確かめに来た!」
「滅創衆?我らの正体だと?」
「問答などどうでもよい!ともかくわれらとともに来てもらう!」
「理由も聞かせず、言われるがままになると思うな!」
天狗も腰の刀を抜く。
蓮華の紫雲は港に上陸し、五人の敵に囲まれていた。
敵は鉤爪をつけた綱を振り回し、紫雲めがけて投げつける。
鉤爪が紫雲の肩に食い込み、軋む音がする。
「い、痛いっ!?」
それを合図に敵の全員が鉤爪を紫雲に引っ掛けて、綱を引く。
「ちょ、ちょっと!痛いですよっ!?」
すると敵は紫雲のまわりを綱を引いてぐるぐる回り出し、紫雲に綱を巻き付け始めた。
「戦御体は封じた!あとはお前だけだ!」
滅創衆と言う男が天狗に刀を向ける。
「ふん!あんなもので封じただと!?あいつを甘く見るなよ!」
天狗はそう言うと、一気に男との間を詰める。
「うっ!?」
あまりの天狗の速さに男はのけ反る。
ぎいん!
天狗の一閃をかろうじて受け止める男。
そのまま勢いに負けてよろよろと下がる。
「避けるだけでも大したものだ!」
そのまま天狗が前に出て刀を跳ね上げる。
滅創衆の男の刀は飛ばされて落ち、からん、と音を立てた。
「く、くっ!」
悔しそうに奥歯を噛む男。




