120 花舞ノ章 二十三
・・・出演料というのだろうか?
五島家より山ほどの食料をいただいた。いや、蓮華が巻き上げた。
「まったく、人を馬鹿にするにしてもほどがありますよ!」
夕暮れになって桑名宿についても蓮華の怒りは収まらない。
「本当に、恋愛というものを何だと思っているのでしょうね!」
日が暮れて、借りた宿坊で床に就いても蓮華の怒りは収まらない。
「せっかく、本気で愛し合う二人を本気で応援してあげようと思ったのに!!」
朝が来て、馬上の人となっても蓮華の怒りは収まらない。
「蓮華殿、すごく真剣でしたものね」
「そうですよ!あんなに真剣に助けてあげるつもりだったのに!」
「まあ、結果、恋は実ったのじゃけどな」
天狗が軽口をたたく。
「そ・れ・が、頭に来ているんですっ!!」
「そ、そうなのかっ?」
「恋心を遊びに使うなんて!!」
「わあああ!海ーっ!!きれいっ!!」
さっきまで怒り心頭だった蓮華の機嫌が一気に反転した。
目の前に広がる海の潮の匂い。取れたての魚の生臭い香り。
踏むたびに軋む桟橋の板の音。海鳥の鳴き声。
穏やかに寄せては返す波の穏やかな音。船頭たちの怒鳴るような叫び声。
「宮行き、もうすぐ出るぞぉ!!」
「荷を積めぇ!急げぇ!!」
港には様々な身分の人々がごった返していて、武士も商人も僧侶も旅人も塊になって自分が乗る船を待っていた。ざわざわと賑やかで、沢山の漁船や荷運びの船が絶えず出入りしている。
ん・・・・くんくん・・・・。
・・・いい香り。
瑞奈の嗅覚が何かが焼ける香りを嗅ぎつけた。
無意識に足がそちらへ向かう。
「・・・・?瑞奈様、どうしたのですか?」
蓮華が瑞奈についていく。
「おい、勝手に行くと迷子になるぞ!?」
天狗も慌てて付いてくる。
「あ、あれですぅ!!」
瑞奈が見つけたのは・・・網焼きの蛤!
うわぁ・・・美味しそう・・・・・。
「姉ちゃん、別嬪だな!蛤、食べてきな!」
「え!?いいのですか!?」
「おう!今日は蛤がたくさんとれたんだ!好きなだけ喰っていきな!」
漁師の男が気前よく振舞ってくれた。
「美味しーいっ!!」
「連れも一緒に喰ってきなよ!」
「わぁ!!ありがとうございます!!」
「よろしいのか?」
蓮華と天狗も蛤を堪能した。
お礼に五島家から巻き上げた葉野菜をいくらか置いてきた。
「・・・お腹いっぱい蛤食べられるなんて・・・幸せ」
腹をさすりながら瑞奈が言う。
「漁師さん、瑞奈様の食べっぷりに驚いてましたね」
「今日の大漁の蛤が全部なくなったって嘆いておったぞ」
「・・・わたし、ここに住みたい・・・・・・」
瑞奈がつぶやく。
だが。
「これだけ大きな荷車を積める船は、ここからは朝一番しか出ねぇぞ?」
・・・え?
「今日はもう出ちまった。明日にしてくんな」
船頭にそう言われ、三人は引き下がるしかなかった。
「・・・ごめんなさい。わたしが蛤を食べ過ぎたせいで・・・・」
俯きながら瑞奈が言う。
「いえ、仕方ありません。また明日来ましょう」
蓮華の声は明るい。
「そうじゃ。おかげで腹いっぱい蛤喰えたしな」
天狗もそう言って、例の巻物を広げる。
・・・鈴鳴峠越境・・・なんちゃら。
「お、この近くに、桑名社というお社があるそうじゃ。お参りしていこう。さらに、この近くで港市が開かれておる。覗いてみようではないか」
「おおー!!楽しそうっ!!」
ふたりは目を輝かせた。
三人は社へ参り、本尊へ手を合わせた。
港から歩いてすぐの場所で、ここからも海が見える。
「そういえば、璃玖様の生まれはこの辺りであったなぁ」
天狗が海を見ながらポツリという。
「璃玖様・・・そうだったのですか?」
蓮華が天狗を見上げる。
「璃玖様というと?」
瑞奈が聞くと、天狗が顔を向ける。
・・・昼間でも真正面から見るとまだ怖い。
「白結丸と、これから向かう伊豆の宗近殿の母上じゃ」
「とっても綺麗なお方でしたよ」
蓮華が思い出すように少し上を見る。
「蓮華殿もご存じなのですね。亡くなられたのですか?」
「はい。ご病気で。わたしのことも、娘のようにかわいがってくれました・・・」
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栄昌二年夏ごろ。
「宗明の子は全て殺せぃ!!」
紀基が怒鳴りつける。
「父上、相手は生まれたばかりの子。そんな赤子の命を取るなどと、緋家の頭領は血も涙もない鬼畜生、赤子を怖がる臆病者と、民から笑われますぞ」
怒り猛る紀基を、浄基が嗜める。
「浄基!いつからお主、わしに楯突くようになった!」
「父上はすでに隠居の身。緋家の実権はおれにありますゆえ」
「それはお主が勝手にわしを追い出したのではないかっ!」
「父上も、そうしてここまでなられたのでしょう?」
「・・・・・・・・・」
ぎりぎりと歯を食いしばる。
「璃玖御前からも、何卒父上にお言葉を添えてほしいと・・・おれに子らの命を救い給うと懇願されておりましてな」
「・・・・璃玖からか・・・・・。ならば、璃玖をおれの元へよこせ!それで宗近と赤子の命は助けてやる!わかったな!」
「・・・まったく」
父の傲慢さにはいつも呆れる浄基だが、それを収めるにはいうことを聞くしかないこともわかっていた。
「璃玖殿、父紀基はそう申しております。ですが、璃玖殿にとって我らは夫の仇。生きるより辛いかもしれません」
浄基はできる限り優しく話したつもりだ。
「わたしの身ひとつであの子たちの命が救われるなら、何を迷う事などありましょうか」
「璃玖殿・・・」
「浄基様、お気遣いいただいて痛み入ります。ですが、あの子たちの為ならどんな辱めにも耐えてみせましょう」
「・・・わかりました。父は気が変わりやすい。一時、辛抱なされよ」
それから半年もたたないうちだった。
心変わりした紀基は、簡単に璃玖を六原から追い出してしまった。
「元々、大罪人の妻だ。子を連れて蔵馬の尼寺にでも行け」
蔵馬へ至る道中、璃玖は山賊に囲まれた。
「これは・・・高貴な奥方様とお見受けするが・・・?」
貧困に耐えられなくなった下級武士たちが商人の荷や旅人を襲うようになる。それが少しづつ集まって集団で大きな家、村を襲うようになる。そうして山賊となり、武士の誇りを失っていくのだ。
璃玖の前にいるのも、その類と思われる。
その中の男がひとり近づいてきて、璃玖の笠を取り上げて捨てる。
「これは良いものを見つけたぞ。かなりの上物だ」
下卑たにやり顔で嘗め回すように璃玖を見る。
「子はいらんな。斬り捨ててしまおう」
男が白結丸に手を伸ばすと、璃玖は持っていた杖で男の顔を突いた。
「うげっ!?」
「そのような汚れた手でわが子に触れることは許しません!恥を知りなさい!」
「なんだ、この女っ!?」
顔に 傷を負った男が立ち上がる。頬から血が流れる。
まわりの山賊たちも腰の刀を抜く。
その瞬間。
どこから現れたのか、一人の男が璃玖の前に立ち、ふっと動いたかと思うとまた元のところへ戻ってきた。
山賊のひとりが倒れる。
「・・・?」
また男が動く。
「なんだっ!?」
山賊たちが次々と血を噴いて倒れ、動かなくなる。
「最後だ」
男がそう言うと、一陣の風のように男が走る。
そして最後の一人が倒れ、山賊たちはあっという間に全員が息絶えた。
男は振り向いて璃玖を見ると、膝をついて頭を下げた。
「璃玖様、ご無沙汰しております。わしのことを覚えておいでですか?」
「汀源馬殿・・・良かった、無事でいらしたのですね」
そう言って涙を浮かべた。
本当に心細かったのだろう。腕に幼い白結丸を抱いて、ひとり都を出たのだ。
「蔵馬へ行かれるのでしょう?わしがここからはお供いたします」
「ありがとう。心強いです」
「白結丸様もご無事で・・・良かった」
「わたしは・・・」
言いかけて、璃玖の目からぽろぽろと涙がこぼれた。
「璃玖様・・・・」
「・・・わたしの体などで、この子たちの命が守れるなら安いものです」
璃玖は自分に言い聞かせるように言った。
その時の白結丸を見つめる璃玖の顔が、天狗の胸に焼き付いて離れない。
白結丸は、まだ璃玖の腕の中ですやすやと眠る赤子だった。
「若い娘が現れて、すぐに追い出されてしまいましたが・・・。本当に助かりました」
そう言って、笑顔を見せた。
哀しい笑顔だった。
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「天狗様、璃玖様のことを思い出すと、いつも遠くを見るんですよ」
蓮華が瑞奈に耳打ちする。
「へえ・・・」
遠くを見ている・・・のか?
そう言われると、天狗の面が愁いを帯びて見えるから不思議だ。
「たぶん、天狗様、璃玖様のこと・・・・」
蓮華が言いかけた時。
「こら、聞こえておるぞ!」
「あはは、すみません・・・」
社の参道を抜けると、眼前に海が広がる。
「どこまでも水!やっぱりすごい!」
瑞奈の目には、砂浜に波が押しては引く様子がとても新鮮に映る。
「本当に塩味?」
指をつけて舐めてみる・・・。
「うへぇ・・・・・・・」
これはさすがに塩味が過ぎる。
これで煮た大根は、塩が濃すぎて食べられない。
「瑞奈様、こっち!」
蓮華が呼ぶ。砂浜にはたくさんの商人が集まって市を出していた。
市と言っても、茣蓙を敷いて商品を並べただけのもので、ここでは身分を問わず誰でも商売をしてよいのだそうだ。
蓮華は赤い髪紐を指さして、「これ、瑞奈様に似合いそうです!」と嬉しそう。
「そんな綺麗な紐、旅の身にはもったいないですよ!」
瑞奈は首を振るが、店のおばあさんが、「ためしに結んでごらん」と言うので、結んでみた。
かぶっていた笠を取り、髪をほどく。
そして束ねると、ひもで結ぶ。
「わぁ・・・・綺麗・・・・・」
蓮華がキラキラした目で瑞奈を見る。
「・・・どうでしょうか?似合いますか?」
「はい!それはもう、ぴったりです!」
「・・・では、蓮華殿も同じものを・・・揃いでいただきましょう」
「え!?そんな、わたしは・・・・」
「いいのです。わたしと蓮華殿の旅の供の証ですから」
「ありがとうございます!うれしい!」
蓮華も髪紐が気に入ったようで、ずっと髪を気にしている。
そんな様子を見ていると、瑞奈もうれしい。
まるで妹ができたようだ。
旅に出た時、都から出たことのない瑞奈にとっては未知のものばかりで不安しかなかったが、蓮華がいてくれるおかげでとても救われる。いつも明るく楽し気に接してくれる心強い妹だと、改めて感じた。
それからも蓮華は市が珍しいらしく、魚や見たことのない野菜に目を丸くしていた。
「こ、これ、何という魚ですか?」
「おう、嬢ちゃん、これは鮪だよ!」
「ま、まぐろ・・・?」
「お、大きい・・・・・・」
その魚は蓮華の背丈と同じくらいの大きさだった。
「沖に出ないと釣れねえからな。めったに揚がらないぜ!どうだい、買ってくかい?」
「い、いえ結構ですっ!!」
「草履はいらんかね?見たとこ、お二人ともだいぶくたびれてるよ!」
また声をかけられた。
「・・・たしかに、そうですね。鈴鳴峠で泥の中を歩き回りましたから」
「替えの草履もあった方がいいかもしれませんね」
瑞奈が自分の足元を見る。かなりほつれてみすぼらしい。蓮華の草履も見る。同じようなものだ。
「もらいます!」
瑞奈より先に蓮華が返事をした。
「毎度あり!」
「・・・あの、わしを忘れてない?」
天狗が後ろの方でこそっと言う。
・・・あ、忘れてた。
「そんなわけないでしょっ!ちゃんと天狗様の分の草履もありますよ!」
お、さすが蓮華!
「・・・良かった・・・」
空を仰ぐ天狗。お面の下はきっと泣いている。
そんな風に過ごしていると、夕暮れが近づき市も片付いて行った。
「わしらも昨日の宿坊へ戻ろう」
天狗がそう言った時だった。
それまで気にしていなかったのだが、徐々に喧騒が収まりつつあった港に琵琶の音が聞こえることに気が付いた。
「あれ、あの人って・・・・」
蓮華が指さす先には、どこかで見たような琵琶を弾いている法師姿。
薄汚れて破れた僧服とあの琵琶は見覚えがある。
「旅のお方、盲いた哀れな僧に糧のお恵みを・・・」
・・・そうだ。
相坂の関で見かけた琵琶法師だ。
「何か、恵んであげたほうが良いのでしょうか?」
蓮華が言うと、天狗は首を振った。
「今は物乞いに関わるな。ずっと後をつけてくるようになる」
「でも・・・・」
「恵むことが人助けと思うな。見捨てることも優しさの一つだ」
「・・・わかりました」
そう言うと、突如蓮華は法師のところへ走っていく。
「あ、蓮華!」
天狗が驚いて声をかける。
蓮華は琵琶法師の前まで行くと、ぴたっと立ち止まった。
「ごめんなさい!今はわたしたちも旅の身で何も差し上げられません!」
そう言って頭を下げると、戻ってきた。
「何もしてあげられないので、謝ってきました!」
吹っ切れたような笑顔で言う、蓮華だった。
琵琶法師は口角を少し上げると、琵琶を鳴らした。
「”化け物”には、二通り。人を化かす物と、人に化ける物。どちらが真の”化け物”か・・・」




