118 花舞ノ章 二十一
「・・・・ふぁくごふぁはでひまひた」
覚悟はできました、と言いたいらしい。
亀丸はその後も蓮華に殴られて、元の顔がわからない程度に腫れあがっていた。
「・・・・・わかればよろしい!」
正座して下を見ている亀丸。それを腕を組んで見下ろす蓮華。
「もうよいのです、蓮華様。わたしは、この亀丸と添い遂げると前から心に決めておりますので」
「仙寿様・・・健気・・・・。わかった?亀丸様。仙寿様はこういう方なのです!次に裏切ったら承知しませんよ!」
「・・・ふぁい」
「では、こちらは片が着きました。あとは、仙寿様の父様ですね!」
蓮華がため息をつきながら、仙寿を見る。
「はい・・・。父様はわたしのことを思ってしてくれるので、出来れば裏切りたくはないのです」
「ですが、仙寿殿」
瑞奈が言う。
「すでに采女は廃止されたと聞いておりますが・・・・・」
「そういうわけにはいかん!たとえ采女が廃止されたとはいえ、わが五島家がその恩恵を朝廷より受けている以上、応えぬわけにはいかない!」
五島家の当主、五島種房である。口ひげを蓄えた強面の男。
仙寿の居場所を知っていることをちらつかせると、すぐに面会に応じた。
「ですが、求められていないものに応えるために、仙寿様の想いを踏みにじるのは親と言えどもいけません!」
蓮華がぐいと前に出る。
「・・・・・・・」
種房は蓮華の顔を睨みつける。
負けじと、蓮華も睨み返す。
・・・じりじりじり。
「これ、蓮華・・・。失礼じゃ・・・・」
天狗がそう言って、蓮華を下がらせようとしたところ・・・。
「そうなんじゃよぅ・・・・・・」
その風貌からは想像もできないような弱弱しい声を出した。
「たしかに、仙寿には想い人と一緒にしてやりたいのじゃが、いかんせん、相手が亀丸ではのう・・・・。仙寿はあまりにもわしが男手ひとつで甘やかして育てたせいか、箸より重いものを持ったことがなくて・・・。仙寿も亀丸も、この先苦労するのが目に見えておってなぁ・・・・」
・・・・・・え?
「お互い、会えなければ諦めてくれるかと思い、苦渋の決断じゃったが・・・。ああ、仙寿・・・。亀丸も働き者だけにかわいそうで・・・」
「ああ、そうなんですか・・・・」
蓮華も、この種房の変わりように身を引く。
「じゃが、仕方ない。本人たちがそこまで思い合っておるのであれば、わしも鬼ではない。好きなようにさせてやるしかあるまいな・・・。これで幕引きじゃ!」
「・・・案外、物分かりが良いのじゃな」
小声で天狗が瑞奈に言う。
「・・・そのようですね」
「よかった!お判りいただけたのですね!!」
蓮華は心底嬉しそう。
「うむ、娘。どこの誰だか知らんが、仙寿のことを真剣に思っていただいて痛み入る。仙寿は好きなようにさせよう」
「ありがとうございます!!」
蓮華は頭を下げる。
その懐から、書状がぱさり、と落ちる。
「ああ、そういえば、亀丸様から書状を預かってきました。さる殿さまに書いていただいたとかで、内容はわたしも見ておりませんが。まあ、お判りいただいたようなので、必要ないかもしれませんが・・・」
書状を拾って種房に渡す。
「うむ、一応、目を通しておこう」
書状を開く。
「・・・・・・・・・・・・・・」
読み進めると、種房の表情がみるみる険しくなっていく。
「これは・・・・亀丸が書かせたものなのか?」
「・・・はい。そう言っておりましたが・・・」
数刻前。
「これは、先ほど心あるお方におれの気持ちを代筆してもらったのです。おれたちが直接大旦那様にお会いすると捕まるかもしれないので、お屋敷に届けていただけませんか?」
そう言って亀丸から受け取った。
「ええと・・・わたしたち、預かっただけで中身は見ておりません・・・。そこには何と?」
瑞奈が恐る恐る言う。
「・・・読んでみよ」
怒りの表情で種房が書状を投げてよこした。瑞奈が拾い上げる。
そこには・・・。
「読みます。
・・・五島家の御当主に申し上げる。
・・・おのが娘仙寿、この亀丸が預かった。だが、心配には及ばぬ。
・・・わが元で暮らすことは娘児にとって幸せであることと思い知れ。この、わが娘の心さえわからぬ俗物が。
・・・もし、取り戻したいと汝が欲するのであれば、それ相応の対価と引き換えにせよ。でなくば娘は永遠にその顔をお前に見せることはないと知れ。
・・・我、真実の愛を求める者、愚かなる者、その崇高なる愛にひれ伏すがよい。
なにこれ?」
「なんということじゃ・・・」
天狗も頭を抱える。
「まるで拐かしじゃない!?せっかくうまくいっていたのに!あいつ、一体誰に代筆を頼んだのよっ!!」
蓮華も怒る。
「・・・許すまじ、亀丸!!我が娘仙寿を取り戻すぞ!!」
種房の強面がさらに怒りに震える。
そりゃあ、怒るでしょうけど。こんなもの見せられたら。
五島の屋敷から役人たち、兵たち、女房達が総出で仙寿探しに出る。
皆武装して、手に刀や薙刀をもっている。
「仙寿は絶対に連れ戻せ!亀丸は見つけ次第、わしの前に引きずり出せ!!」
当主の種房も、こともあろうか戦御体に乗り込んで街道を塞いでしまった。
「あぁ・・・・どうしましょう!?」
おろおろする蓮華。
「とにかく、亀丸殿と仙寿殿にこのことを伝えましょう」
瑞奈が言う。
「そうじゃな・・・。だから無駄に首を突っ込むなと言ったのに・・・」
天狗がぐちぐち言い出すが、二人の耳には届かない。
亀丸と仙寿は例の坂の上のお堂の裏の草叢に隠れていた。
「・・・皆さん、一体どうなっているのです?急に物々しくなって・・・」
亀丸が仙寿を抱えながら言う。
「あの書は、一体誰に書いてもらったの?あれを読んでから急に怒り出しちゃって・・・」
蓮華が亀丸に言う。
「あの文面では怒って当然じゃがの」
「まるで拐わかしですよ、あれじゃ」
瑞奈が言うと、亀丸は目を丸くして驚く。
「えっ?」
「それまでは、二人の仲を認めるって言ってくれていたのに・・・」
「お父様が?」
仙寿も顔を上げる。
「だけど、あの書状で台無しになっちゃったの!あの怒り方じゃ、見つかったら殺されちゃうよ!」
「ひえええええええええええええ!?」
亀丸はやっと事の重大さに気づいたようだ。
「わたしが、父様に話してみます!」
「そんなことをしたら仙寿とはもう会えなくなってしまう・・・」
「でも、このままではいつか見つかって、亀丸が殺されてしまいます!」
「だが姫様、このままでは姫様まで・・・」
「亀丸・・・・」
「姫様・・・・・」
見つめ合う二人。
「いい雰囲気で、そんなことしてる場合かっ!!」
天狗が突っ込む。
「あー、もうっ!!」
蓮華が意を決した顔で二人を見る。
「仕方ない、わたしが紫雲で御当主様の戦御体を襲います!そうすれば役人たちは御当主を護りに屋敷に戻ってくるはず!その間に二人は逃げなさい!」
「でも、そんなことしたら!」
仙寿が声を上げる。
蓮華はその声を聴かずに、紫雲に向かって走り出していた。
「ええい、蓮華にも困ったものだ!蓮華を追うぞ、瑞奈!」
「はい!行きましょう!」
ふたりも蓮華の後を追って走り出す。




