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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
四章 花舞 はなまい

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117 花舞ノ章 二十

「おれは、どうすればよいのだ!」

お堂からの下り坂を転がり落ちるように走る亀丸。どこをどう走ったのかわからない。

だいぶ離れたところまで来た。

涙が溢れてくる。

もちろん、仙寿のことは愛している。愛しているからこそ、こんな浮ついた気持ちで向き合うことなど出来ない。それに、仙寿は大恩ある殿さまの娘。連れて逃げるなど・・・。

「うわっと!?」

杖突坂はあまりに急な坂。昔、この坂を上った偉い人が、足が三重にも曲がったとつぶやいたという坂だ。

「そんなこと、冷静に言ってる場合かっ!?」

亀丸の体は宙に投げ出される。

ずざざざっ!

「痛いっ!!」


「おい、大事ないか?えらい勢いで転んだようじゃが?」

声をかけられて、亀丸は顔を上げる。

「すみません、面白い顔の方。おれは大丈夫です」

「そう言われるとこちらが大丈夫ではないのだが?」

「まあ、まあ。殿、こらえて」

怒りを露にする惟正を元康がなだめる。

「何か、困りごとでしたらこの殿・・・霞惟正様が相談に乗ってくれますよ。我々は困った人を救いながら善行を積む旅をしているのですから」

「おい!わしはそんなこと・・・」

元康の袖を引っ張る惟正。

「殿、こうした小さなことをこつこつと積んでいけば、やがて大きな武勲につながります!やがて誰もがひれ伏す善行の大明神として崇められるようになりますよ!そうなれば、あのお方だって認めざるを得なくなるでしょう?」

「・・・・・・本当かのう?」

「本当です!」

「あの・・・・?」

亀丸が心配そうに二人を見る。

「・・・この霞惟正、世直しの旅をしておる。お主のような民草が泣いておるのを見過ごすわけにはいかんのでな。話してみよ」

明らかに気乗りしない表情で惟正が言う。

「・・・・・・・・・・・」

亀丸も半信半疑だが、旅の者なら話しても大丈夫かと思い、話すことにした。



「・・・というわけです」

「ふむ、その旅の女に一目ぼれしてしまったというのだな?」

「はい。それに、姫様には幸せに生きてほしいのです。おれと一緒になったとしても、今のような暮らしはできません。毎日土と汗にまみれて・・・そんな暮らし、姫様にさせるわけには・・・」

「甘いっ!!」

惟正はびしっ!っと亀丸を指さす。

「お主、相当甘いのう。身分が違えど、人は人。ましてや男と女なら恋をするも必定じゃ。その姫が、どんなに貧しくてもお主を選んだのなら、共におることが幸せであるというものじゃ!」

「っ!?殿が、いいことを言った!?」

戦慄する元康。

「・・・ですが、こんな旅の方に浮気心を持つような男では・・・」

亀丸は下を向いたまま。

「男たるもの、女に目を奪われるが本能!女が女として女を磨くは、男に色をもって見られるがため!男はそれに乗ればよい!それがわからぬようでは男も女もまだまだ!」

「・・・言ってることはわかりませんが、なんとなく納得できます!さすが殿!」

「ですが・・・・」

「なんじゃ、ここまで言っても見切りがつかぬか?その仙寿という娘の親に面と向かって話せぬというなら、書を書いて渡せばよいではないか」

「わたしは字が書けないので・・・」

「なんじゃ、ならばわしが書いてやろう。恋する男同士じゃ。気に病むな」

「あ、ありがとうございます!」


「ちゃんと、書けるのでしょうね?」

元康は疑いの目で惟正を見る。

「当たり前じゃ!わしを誰だと思うている!」

「面白い顔の駄目殿」

「うるさい」

そんなことを言いながら、惟正はつらつらと紙に筆で一筆(したた)めた。

その書をたたむと、亀丸に渡す。

「これをその大旦那に渡せばよい。それで万事解決じゃ!」

「あ、ありがとうございますっ!」

亀丸はその書を受け取ると、五島の屋敷に向かって走り出した。

「いい人というのはいるものだな!これで、仙寿との仲を認めてもらえる!もう会えない旅の方より、やはり好き合っている仙寿の方が大事だ!」



亀丸は走り、先ほど仙寿と別れたお堂の前に来た。

あの坂を一気に駆け上がった。ぜぇぜぇと息が切れる。膝に手を置いて、息を整える。

すると、女同士が話し合う声がお堂の裏から聞こえる。




その少し前。

「あ、あそこに小さなお地蔵様のお堂があります。お参りしていきましょう」

蓮華がそう言うので、瑞奈と天狗も一緒に手を合わせる。

「・・・この坂、登るのですか?」

「坂?」

「いえ、何でもありません」

瑞奈は杖をついて息を切らしながらようやく上へ。

「はぁ、はぁ・・・きつい!」

蓮華と天狗は気にするでもないようで、地蔵に向いて手を合わせた。

「無事に伊豆までつきますように」

蓮華がそうつぶやいたとき。

「ぐすっ、ぐすっ・・・・」

どこからか、女の泣く声がする。

「ひぃっ!?また妖!?」

蓮華が声を上げる。

「女の鳴き声!?」

天狗がそろり、とお堂の裏に回る。

そこにはしゃがみこんで泣いている、あの采女の女がいた。

「あ、あなたは・・・・・」

蓮華が声をかけた。



「と、言うわけなんです」

采女の女は仙寿と名乗った。

亀丸という男と恋仲であったこと。それを見かねた父親が仙寿を采女として京へ送り出そうとしたことを話した。

「ひどいっ!!」

憤慨したのは蓮華だ。

「その男も大概だけど、父親として娘の幸せよりもお家を選ぶなんて!!」

「いや、どちらもそういうものじゃと思うがな・・・」

「天狗様!天狗様は何も女心をわかっていないのです!そんなだから、化け天狗とか言われるのですよ!!」

「うっ!?そんなこと言われていたのかっ!?」

明らかに動揺する天狗。

両手を地面について下を向いてしまった。しばらく立ち直れないだろう。

「でも、考えてみてください」

瑞奈が天狗を無視して仙寿の方を見る。

「その殿方、他の女に気を奪われたから、今は一緒になれないとおっしゃっていたのでしょう?それは、仙寿殿、あなたのことを本気で大切に思うからではないですか?どうでもよいお(めかけ)程度に思っておいでなら、そのようなことは言わないと思いますよ」

「・・・そうですね」

瑞奈の言葉に頷く仙寿。

「あなたのような綺麗な方ならもっと己に自信を持てると思うのですが、わたしは・・・」

「そのような事はないですよ。本気の恋は女を輝かせます」

蓮華が仙寿にそう言ったときだった。


「仙寿・・・・」

「亀丸!?」

そこへ亀丸がやってきた。

「この方が・・・仙寿殿の想い人ですか?」

瑞奈が言って、笠を少し上げた。

「あ・・・・!」

亀丸が驚いた顔で瑞奈を見る。


・・・・・・・・。

しばしの沈黙。


「なんてことだーっ!!」

亀丸が頭を抱えて叫ぶ。

「きゃつ!?」

蓮華が驚いて跳び上がる。

「か、亀丸!?」

仙寿が亀丸に手を伸ばす。

「せっかく、せっかく、覚悟して・・・姫様を迎えに来たのにぃ!!」

そう叫ぶと、亀丸は瑞奈の手をがしっと握る。

「おれは、あなたに一目惚れしてしまいました!」


・・・・・・・・・・はぁ!?


全員の時間が止まったように硬直する。

「鈴鳴宿であなたをお見かけました!美味しそうに芋を頬張る姿、美しく雅に舞を舞う姿、そして、尊き男装の麗人。あなたに一目で心を奪われてしまったのです!」


ごすっ!!


「ひぎゃっ!?」


蓮華の怒りの一撃を脳天に食らって、亀丸は白目をむいて倒れた。

「恋人の前で他の女に想いを告げるな!」

蓮華の怒り、もっともだ。


・・・あ、あはは・・・。

笑うしかない瑞奈だった。

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