116 花舞ノ章 十九
「・・・まあ、とりあえず、じゃ。わしは馬を調達してくる。二人はしばらく待っていてくれ」
天狗は立ち上がって、尻の砂を払う。
「あ、はい。ありがとうございます、天狗殿」
「いってらっしゃーい!」
蓮華が手を振る。
「・・・軽いのう。まあ、良いが」
「瑞奈様、あの変な二人組、まだ追ってきているのでしょうか?あれから姿は見ませんが」
「そうですね。強く言ったので、諦めていただけるとよいのですが・・・」
「でも、恋心なんて、まわりから駄目と言われれば言われるほど忘れられなくなるものですよ」
「そうなのですか?相手が迷惑していても?」
「迷惑となると話が別ですが、生まれ持ったものの違いで実ることを許されないのは、恋が可愛そうです」
・・・そうか。
蓮華は決して高貴な生まれではない。対して、蓮華の想い人である白結丸は天皇の血筋を引く霞家の直系の子。本来なら出会うはずもない二人だ。
いつも底なしの明るさを持っている蓮華だが、その思いには複雑な重いものを抱えているのだろう。
「蓮華殿は・・・・・」
瑞奈がそう言いかけた時だった。
「瑞奈様、あれ!あれ!」
先ほどの行列の中にいた女が、着物の裾をたくし上げて大股で走ってきた。
「えっ!?」
ふたりの前をすごい速さで走り抜けていく。砂煙が濛々と上がる。
「おおっ!?」
あっという間に近づいてきたと思うと、あっという間に遠ざかって行った。
「・・・・・・なんでしょう?あれ」
瑞奈と蓮華は顔を見合わせる。
ほどなくして、行列にいた者たちが、はぁはぁ言いながら走ってきた。
「待って・・・待ってくださぁい・・・・仙寿姫!!」
護衛の男たちに続いて女房達、遅れて荷物持ちの男たちが、ヘロヘロと走っていく。
「何かあったのでしょうか?」
「・・・どうやら、逃げ出したようですね」
「と、いうことがあったのです」
天狗が見つけてきた馬に跨り、三人はゆっくりと御体車を馬に引かせながら進む。
「ほう、逃げ出したとな」
「おそらく逃げたのでしょうね。京へ行きたくない理由があったのかもしれません」
蓮華が天狗に、先ほどの采女の行列のことを話していた。
「まあ、いろいろ人には事情があるものじゃからな。あまり関わらぬことだ」
天狗はそう言って面の髭を撫でた。
「この先に集落がある。そこで一休みして、その先の桑名の宿で夜を明かし、そこから船で川を渡れば伊勢の国を抜けて尾張の国へ入ることになる」
「初めてなのに、よくご存じ・・・・・・あぁ」
瑞奈は言ってから、はたと気づいた。
「これじゃ・・・・」
天狗は懐から例の巻物をちらつかせる。
・・・やっぱり。
鈴鳴峠越境東国・・・なんちゃら。恐るべし。
「旅のお方、姫様を見かけませんでしたか?」
街道を進み、大きな屋敷の前を通りかかった時だった。先ほどの行列にいた年配の女房の一人から声をかけられた。
「姫様とは?」
「はい、先ほど京へ采女として行かれる途中に逃げ出してしまわれて・・・。このままですとわたしたち、旦那さまからどんなお叱りを受けるか・・・」
・・・ああ、やっぱり逃げたんだ。
「いや、見ておらんが?」
「・・・そうですか」
「なぜお逃げになられたのです?」
蓮華が入ってくる。
「これ、それぞれ事情があると言うたであろう?」
天狗が諫めるが、蓮華は興味津々のようだ。
「ですが、事情がわかればお力になれるかもしれませんよ?」
「・・・・・・旅のお方にお話しするようなことではございませんが・・・・」
女房は少し悩んで、ゆっくりと話し始めた。
先ほどの采女は、やはりこの屋敷の主である五島家の次女で仙寿という娘らしい。采女として京へ行くのを嫌がり、これまで何度も逃げ出しているそうだ。
「なぜ、京へ行くのを嫌がるのですか?宮へお仕えすれば着るものも食べるものも一生困らないのに」
瑞奈が言うと、女房は渋い顔をした。
「実は・・・仙寿様には想い人がおりまして・・・」
「えーっ!!どんな方なのですか?」
蓮華が目を輝かせる。
「それが・・・使用人の子なんです。あ、いえ、これ以上は、わたしの口からは・・・」
その女房は、すみません、と頭を下げて去っていった。
「あー、実らぬ恋を貫く二人!素敵です!!」
「あのな、蓮華。そんな単純な話ではないぞ?」
夢見る乙女の顔の蓮華に、天狗が水を差す。
「宮仕えに差し出す娘に逃げられたとなれば、朝廷からどんな罰を受けるかわからん。ひどければ朝廷との約束を破ったとしてお家が取り潰しになることもありうる。それに相手が使用人の子となれば、姫様育ちの娘を一生食わせていくなどということも難しいじゃろう」
「でも、親の意向に背いてまでも貫く恋!無理やり娘を京へ送って引き裂くなんて、許せません!」
「ともかく、関わらぬことだ。先を急ごう。夕暮れまでに桑名に着きたいのでな」
「・・・頑張ってね!お二人とも!」
蓮華はどこにいるかわからない二人に手を振っていた。
ちょうどその頃。
屋敷からさらに東、杖突坂という急な坂を越えた先にある小さなお堂の裏で、二人は向き合っていた。
「何で逃げてきたんだ!言ってるだろう、姫様は京へ行くのが一番いいって!」
「亀丸、なぜそのようなこと言うの!?そのようなことを言うために鈴鳴宿まで追いかけてきたわけではないでしょう?」
亀丸は仙寿から目を逸らす。
「そうだ。姫様を追いかけて、鈴鳴宿まで行ったんだ」
「ならなぜ、わたしを連れて逃げてくれなかったのです?」
「・・・・・」
「亀丸!わたしを見て、ちゃんと話してください!」
亀丸の肩をしっかりと掴む仙寿。
「・・・おれは、卑しい家の子だ。姫様とは違う。一生、姫様を食わしていく自信もない。それに、姫様に百姓の仕事をさせるなんて、おれにはできない・・・・」
「わたしはそれでも亀丸と一緒なら構わないと言っているでしょう!?」
そう言うと、仙寿の目から涙がぼろぼろと流れ落ちた。
「わたしを連れて逃げてください・・・・」
亀丸の胸にしがみつく。
「・・・それが、駄目なんだ」
「どうして?わたしは家も捨てます!身分も、未来も、あなたのためなら捨てられます!覚悟はしております!」
「・・・・・・・心を奪われてしまった」
・・・・え?
「はい?」
「ある方に一目で心を奪われちまったんだ・・・・」
仙寿の全身が固まる。何を言っているの?
ずっと、一緒にいるって、愛し合って生きて行こうって、約定を交わした仲なのに?
「・・・・・・ええと?」
「すまないっ!!」
そう言って亀丸は逃げ出していった。
ひとり残された千寿がポツリ呟く。
「・・・・・・わたし、この後どうすればいいの?」




