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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
四章 花舞 はなまい

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114 花舞ノ章 十七

翌日はずっと晴天だった。

だが峠道の足元のゆるみは無駄に体力と時間を使う。瑞奈たち一行は無理を避けてさらに一日を石和宿で過ごし、その翌日まで待つことにした。そして朝日が昇る前に出発し、昼が少し過ぎる頃にようやく鈴鳴峠を越えた。

「割と早く峠を越えられましたね!」

紫雲(むらくも)の繰り座から蓮華の弾んだ声が響く。

「ああ、もうすぐ鈴鳴宿に着く。あと少し、霊力は平気か?」

天狗がひょいひょいと飛び跳ねながら言う。

「はい!まだまだ大丈夫ですよ!」

紫雲は握りこぶしを作って見せる。

この二人について峠道を登るのは並大抵ではない。

特に蓮華の小さな体の中にあの元気と力がどこに収まっているのか、瑞奈は不思議に思う。

「本当に大丈夫ですか?一休みしましょうか?」

「大丈夫です!頑張って進みましょう!」

・・・・・・わたしが休みたいのですけど。

苦笑いしながら、嫌がる足を無理やり前へ運ぶ。

下を向きながら、何とかついていく。



「鈴鳴峠の山頂に着いたようだな!」

天狗が声を上げる。

「わぁ・・・・・綺麗ですよ、瑞奈様!!」

蓮華の声が聞こえたので、顔を上げる。

ここまでずっと鬱蒼とした木々に視界を遮られていたが、そこは急に木々が途切れ、まるで天界から地上を見下ろしたような絶景が広がっていた。向かって左側には眼下に平野の緑が広がり、遠くに山々が続く。右側の彼方には、どこまでも広がる海が日の光を浴びて波を煌めかせていた。

「あれが・・・海・・・・・・・」

瑞奈の口から声が漏れ出る。初めて見た海。それは、先日見た近江湖の広がり方など物の数でないくらいどこまでも広がっていた。

「あ、あれが海っ!!あれが、全部、全部、水なのですね!?」

「そうじゃ。あれが塩味の水じゃ!」

「すごい、すごいなーっ!!水って、あんなにたくさんあるのですね!」

瑞奈の感動は止まらなかった。

心が震えるというのは、こういうことを言うのだろう。何かこう、胸のあたりがそわそわして、鼓動が高く波を打つ。


「うーーーーーーーーーーみーーーーーーーーーーーーー!!!」


思わず、叫ぶ。

・・・・うーーーーーーーーみーーーーーーーーー

・・・・うーーーーーーみーーーーーーーー

・・・・うーーーーみーーーーー


木霊が返る。


「あーっ、気持ちいいっ!!」


何か、疲れが吹っ飛んだように、気持ちが軽くなった。


「あの海は伊勢湾じゃな。美濃の国と尾張の国に広がる平地が続き、遠くには南木曽と飛騨の山脈が続く・・・・」

「天狗様、よくご存じですね。勢多からこちらは初めてなのでしょう?」

蓮華が聞くと、天狗は懐から細い巻物を取り出した。

「これに書いてあったのじゃ」

巻物の背には、”鈴鳴峠(すずなりとうげ)越境東国(えっきょうとうごく)一覧初見(いちらんしょけん)案内書(あんないがき)”と書かれてあった。

「・・・そんなもの、いつの間に?」

「昨日、石和宿で散歩していたら、親切そうな男が配っておった」

「・・・親切そうな男?」

瑞奈は首をひねる。

「ほんとうじゃぞ?」

天狗は慌てて言うが、瑞奈は目を細める。

「ですが、そんな絵巻など、見ず知らずの人に配るようなこと・・・」

「わしも驚いたが、どうしても持って行けと言われてのう・・・。見ると、なかなか詳しく書いてあるので、ついつい持って来てしもうた」

「まあ、今更返せとは言われないでしょうから・・・。これからは知らない人にものをもらってはいけませんよ」

「わし、これでも一番年上じゃが・・・・。しかも、結構凄腕の指南役なんじゃよ・・・」

「ですが、常識はないようなので!」

「・・・はい」

天狗は肩をすぼめた。






「この絵巻物によると・・・・こっちが伊勢路、向こうが東海道で、あっちが不破・・・美濃の国じゃな」

惟正が巻物を広げて、峠からの景色と見比べる。

「・・・そんな巻物、どこで拾ったのですか?」

元康が覗き込む。

巻物の背には”鈴鳴峠越境東国一覧初見案内書”と書かれている。

「人聞きの悪いことを言うな。勢多で親切な方にもらったのだ」

「・・・・本当にもらったのでしょうね?」

「当たり前ではないか!この霞惟正、どんなに落ちぶれても野盗の真似はせぬ!」

「落ちてるものは拾って喰うじゃないですか」

「・・・旨ければ泥でも食うてやるわい」

「泥を食べている姿、瑞奈様に見られたらいっそう嫌われますよ!」

「いっそうと言うな!」


鈴鳴峠から引き返し、石和宿で瑞奈たちと再会した。

惟正に対して、瑞奈は一言。


「わたしに思いを告げたいのなら、わたしにふさわしいだけの武勲を持って見せなさい!」


明らかに拒絶の反応だった。

少なくとも、元康にはそう見えた。

「だって、殿は口ばっかりで何もしないですから。仕方ありませんよ」

元康がわざと意地悪く言う。惟正には返す言葉がない。

「そんないじけた顔してもかわいくありません。むしろ面白いです」

「わしの顔って、そんなに面白いかのう?」

「はい。そんなことより、先に進みましょう」

「・・・・はいって。(よど)みなく言うな」

「お名だけ教えて差し上げたでしょう?もうそれでいいじゃありませんか」

そうだ。


・・・でも、白拍子(しらびょうし)瑞奈王(はなおう)か・・・・。あの美しいお方にふさわしい綺麗な名じゃ!

うふふふ・・・ぐふふふ・・・・・。


「殿、顔がまた崩れてますけど?」

「元康、わしが武勲を挙げればよいのじゃ!わしにとんでもないほど大きな武勲を挙げさせろ!そうすれば、瑞奈殿の方からわしに、嫁にもらってくれと懇願するに違いない!それほど大きな武勲とはなんじゃ!?」

「敵の総大将を討伐すること、でしょうな。それもできるだけ大きな。例えば、木曽の霞宗影。例えば、伊豆の霞宗近。例えば・・・吹原の緋孝基」


「なるほど!さすが元康!それでいこうではないか!」

「あの・・・殿、わたしは何も言ってませんが」


元康が言うと、不意に琵琶の音が響いた。

「え!?」

ふたりは顔を見合わせる。そしてゆっくり後ろを振り向く。

ふたりの後ろに、琵琶を持ったあの不気味な盲目の法師が座り込んでいたのだ。


「ひぃぃぃぃっ!?」

「よ、妖怪っ!?」


ふたりは跳び上がり、尻餅をつく。

「い、いつぞやの法師ではないか!驚かすではないぞ!」


「わが身は人々を導くためにある。迷えるお主たちを導いておるのだ。盲めしいた目でも、おまえたちのことが見える。お主たちがやるべきことは、大きなものを打ち崩すことにある。武勲が欲しいか?力が欲しいか?」


法師は琵琶を、べん!と鳴らす。


「殿、関わらない方がいいですよ!」

立ち上がりながら、元康が囁くように惟正に言う。

「だが、この法師は鈴鳴峠が雨になることを教えてくれたのじゃ。礼だけは言わねばならん!」

「・・・殿、変なとこだけ律儀ですよね、ほんと」

「法師殿、いろいろ教えてくれて申し訳ないが、わしら二人だけではその者たちの討伐など出来るわけもない。相手は今や国を三分する大将軍じゃ。それに、わしはあのお方の気を惹ければよいのでのう」


「・・・それを申しておるのだぁっ!!」


急に法師は声を荒げた。

「ひっ!?」

ふたりは再び腰を抜かして地面に尻もちをつく。

「あの白拍子は伊豆の霞宗近の元へ向かっておる!後を追え!そして宗近を討て!そしてお前が伊豆の当主となって伊豆を率い、宗影と緋家を討てばよい!!」

「だ、だが、そんなこと・・・」

「・・・また会おう。その時に、おまえたちにそれができるようなものをくれてやる」

法師は立ち上がった。


すると、一陣の強い風が吹き、あたりの落ち葉を舞い上げる。

二人は思わず目を覆う。


風が収まりゆっくり目を開けると、そこに法師の姿はなかった。


「・・・怖っ!」

「なんじゃ、一体!?」

「殿、もうあの法師に関わるといい感じがしませんよ。逃げましょう!」

「・・・だが、あの法師の言うことも一理あるな・・・」

「殿!?」

顎に手を置いて、考え込む惟正。

「わしが伊豆の当主に成り代わる。そして木曽を討ち、吹原を討つ。そうすれば瑞奈殿も、わしのものになるに違いない・・・・。それだけではない・・・この世が・・・」

「・・・何を言っているのですか!できるわけがないでしょう!?しっかりしてください!」

惟正がはっとした顔を向ける。

「そ、そうじゃな。ともかく、瑞奈殿が伊豆へ向かっておるのなら、それを追うしかあるまい!いくぞ、元康!」

「・・・・・・」

「瑞奈殿、何度聞いても愛らしい良い名じゃぁ!!待っていてくだされよぉ!!この惟正、今に大きな武勲を挙げてみせますぞ!」

「殿・・・・・・・」


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