113 花舞ノ章 十六
「ふん!人間ごときが!」
鈴成御前は怒りに震える。
思ったより短刀が深く刺さったようだ。血が止まらない。
本当に人間の体というのは脆い。だが、その脆さゆえ、美しいのだ。
しかし、せっかく気に入っていたこの美しい体、もう駄目なようだ。
人で言う、”死”がやってくる。
だが、目の前のこの娘の体があれば、わたしはまだまだ美しく生きられる。
本当は、あと数年待って今よりもっと美しく成長した姿にしたかった。
もうそんなわがままも言ってはいられないだろう。
血が流れ過ぎている。
手足が思うように動かなくなっている。今、乗り換えなくては・・・。
娘の体を起こし、唇と唇を合わせ・・・・・。
「何ぃっ!?」
鈴成御前の唇が触れていたのは・・・・天狗の鼻!?
「・・・・ああ、臭すぎて頭がくらくらするっ!!」
瑞奈は天狗の面をつけて立ち上がる。
あまりの黴臭さに意識を失いそうになった。
「まったく、どっちにしても意識が飛ぶのねっ!」
頭を振って、正気を取り戻す。
「もう、わたしの母様を汚すことは許さないって言ったでしょう!?」
そう言って、短刀を鈴成御前の首元に突き刺す。
「あ、ああ・・・あぐあ・・・・・・・」
首からも残りの血が噴き出す。
瑞奈の顔も返り血で赤く染まる。いや、天狗の面が・・・もとより赤い。
鈴成御前の顔が恐怖で歪む。あの美しい母の面影が、化け物の醜い顔に変わる。天狗の面の裏で、思わず目を閉じる。
「あ・・・あぐあ・・・・・」
それでもまだ藻掻く鈴成御前。その腕が宙を切る。
「もう、おとなしく死んで!これ以上、醜い姿をさらさないでっ!!」
突き刺した短刀に力を込める。
「うがぁぁぁぁぁっ!!」
断末魔の悲鳴を残し、鈴成御前は動かなくなった。
美しかった姿は、見る見るうちに朽ち果てていく。
「はぁ、はぁ・・・・・・美しさとは、生き方なのよ!見た目じゃないの!」
「はっ!?」
その瞬間、目を覚ます惟正と元康。
「殿っ!?ご無事ですか?」
「元康!すまなかった!わしは・・・・」
「そんな話は後!もうすぐここは崩れますっ!」
瑞奈が二人に叫ぶ。
「ここを出ましょう!」
「・・・・天狗がおなごのような声でしゃべっておる・・・」
「気持ち悪い・・・・」
あー、もう!めんどくさい奴ら!!
ごごごごご・・・・・。
地鳴りの音と共に、徐々に大きな石が落ち始めている。
木でできていた戸板も落ちてきた石につぶされた。
「鈴成御前っ!?」
そこへ戻ってきた大賤丸の視界に、朽ち果てた鈴成御前が入った。
「なんてことだぁ・・・・鈴成・・・・・・・」
縋りつくように鈴成御前だったものに飛びつき、抱きしめて嘆く。
「うおおおおお!おれの、鈴成御前よおおおおっ!!」
「みな、無事かっ!?」
そこへ、天狗がやってくる。
「天狗殿!」
瑞奈が叫ぶ。
「うわぁ、天狗が二人!?」
惟正が叫ぶ。
・・・・苛っ!!
瑞奈は天狗の面を外す。
「早く逃げましょう!」
そう言って出口へ向けて走り出す。
落石が、惟正が閉じ込められていた牢を押しつぶす。
「鈴成御前よぉーーーー!うおおおおおおーーーー!・・・・・・・」
後ろの方から聞こえていた叫び声が、落石の音で聞こえなくなった。
「みんなこっちですっ!!」
蓮華が叫ぶ。
洞穴の出口に紫雲が見える。
あと少し!
落石がひどくなってきた。いつ崩れてもおかしくない。
「みんな、走って!!」
そう言って、振り向いたとき。
ぷつっ・・・。
草履の鼻緒が切れた。
「え・・・・・・?」
瑞奈の体は走ってきた勢いのまま、地面に叩きつけられる。
「美しきお方ーっ!!」
惟正が叫ぶ。
瑞奈の上に、大きな岩が崩れ落ちてくる。
「きやぁーーーーーーーっ!!」
叫ぶ瑞奈。
がらがら!どどどどど・・・!!!
次の瞬間、洞穴は崩れ落ちた。
・・・・・・・・・・・・・。
ゆっくりと目を開ける。
目の前に天狗の面。
「・・・臭い」
「・・・・・・開口一番がそれか?」
瑞奈は天狗に抱きかかえられていた。
「た、助かったのじゃ・・・・」
「と、殿ぉ・・・・・」
「元康ぅ・・・・・」
声が聞こえる。
何がどうなっているのかわからないけど・・・。
「い、痛ぁい・・・・・・」
蓮華の声。
皆が、四つん這いになった紫雲の下に滑り込み、崩れ落ちる岩から守られた。
「・・・大丈夫?蓮華殿」
「はい・・・ゆっくり立ち上がりますので、気を付けてくださいね」
紫雲が背中の岩を撥ね退けるように上体を起こす。
空が見えた。
すっかり辺りは夕暮れに赤く染まっている。
「これ、ほんとに全部一日で起きたのかしら・・・・」
どっと疲れが出て、体があちこち痛い。
「蓮華殿、その・・・言いにくいのじゃが・・・・、小柄な割に、意外と重いのう・・・」
ごきゅっ!!
「と、ともあれ、わしの天狗の面のおかげで助かったのじゃろう!?」
天狗が頭のこぶをさすりながら文句を言う。
「はい!助かりましたよ!あのくっさい面のおかげで、妖に勝てました!!」
「・・・なら、もうちと感謝してもらえても・・・」
「はいっ!?何ですかっ!?」
ぎろっ!
「・・・す、すまん」
「何はともあれ、美しいお方よ・・・・」
惟正はすっと立ち上がる。
「この度はわしのおかげで皆助かったようじゃな!」
「・・・殿は一番何もしていませんが・・・」
「いうなれば、わしは皆の命の恩人。それ相応に皆から感謝されて、英雄として後世に名を馳せることになろう。そうなれば、美しきお方よ、あなたはその英雄の伴侶として永遠にその美しさと共に語られることとなるであろうぞ・・・・」
「殿、殿!」
「そしていついかなる時も、わしはそなたのことを・・・・」
「殿、殿!!殿ってば!!」
「・・・なんじゃ、元康!お主はいっつもわしの邪魔をするのう!せっかくわしがこの美しきお方に・・・あれ?」
「だからあ、もう誰もいませんって!」
「はぁ?いつからじゃ?」
「この度はわしのおかげで・・・ってところから!」
「最初の最初ではないか!なぜ早く言わん!!どっちへ行かれた?」
「・・・もう、知りませんよ!」
「まったく、元康、おまえは肝心な時にしか役に立たんな!」
「殿はいっつも役に立たないくせにっ!」
「なんじゃとぉ!?」
「ふん!」
「ふん!」
・・・・・・・・・・。
「でも、この元康、あの美しきお方の名前を聞いてしまいました」
「なんじゃと!?お、教えろっ!!」
「・・・・言いません」
「意地悪するな―!!教えぬかーっ!!」




