112 花舞ノ章 十五
「何とか、殿をお助けくださいっ!!」
蓮華と天狗が鈴鳴山の麓で雨宿りをしていた時だ。
泥まみれの男が駆け込んできたかと思うと、いきなり両手と両膝を地面につき泥の中に額を突っ込んでそう言った。
「・・・なんじゃ、いきなり」
天狗が男の顔を引き上げる。
「どうか、どうか!」
男が懇願するので、蓮華と天狗は顔を見合わせる。
「あの、あなたは・・・瑞奈様を追いかけてきた二人組の一人ですね?」
「はい・・・。殿が、殿が、山賊につかまっているんです!」
「山賊に?」
「はい。今は顔が面白いので生かされていますが、いつ殺されるか・・・」
理由は良くわからないが、山賊が・・・・。
「他に、捕まっている人はいませんか!?」
蓮華が元康の肩をゆする。すごい勢い。あたまがくらくらする・・・。
「い、いえ、良くわかりませんでした・・・。親玉の大男の陰で・・・・あのお方もおられないのですか?」
元康はあたりを見渡して、その後二人を見る。
「・・・・もしかしたら、瑞奈様も山賊につかまっているのかも?」
蓮華が天狗に言う。
「・・・うむ。だとすれば、一刻を争う!行くぞ、蓮華!元康とやら、案内せい!」
「はいっ!ありがとうございます!」
元康はもう一度額を深く下げた。
太陽が傾く前に、あれほど強く降っていた雨はすっかり止んだ。
「母様・・・・・・」
瑞奈は目を開けた。
そこには、美しい母の姿。
「目を覚ましましたか?いきなり眠ってしまうなんて、よほど疲れていたのですね」
「あれ、母様。わたし・・・・夢を見ていたようで・・・・」
「あら、どんな夢かしら?」
「・・・・・・ええと、なんだったかしら?母様がいなくなって・・・それで・・・・」
・・・思い出せない。
これは現実?夢?
どちらも何か曖昧な気がする。
それと同時に、どちらでもいいような気がする。
「ああ、悪い夢ね。大丈夫。わたしはあなたと一緒にいますよ」
そうか。あれが夢だったんだ。長い夢を見ていた。ここにいる母様が現実・・・。
「・・・母様」
母はそっと抱き締める。
「あなたはわたしの娘。ずっと一緒にいますからね。もうどこにもいかなくてよいのです。外の世界は怖いところですから。この母が守ってあげます」
「・・・・・・・・・・・」
瑞奈は身を任せるように、母の胸に寄り添った。
甘い香り・・・。
「ふふ・・・・」
「また妙なものを拾ってきたのね?」
鈴成御前は小屋の牢を見下ろしながら吐き捨てるように言った。
「おお、鈴成御前!お前に楽しんでもらいたくて、面白い顔の男を拾ってきたのだ!」
大賤丸が牢に入っている男の首に縛り付けたひもを引っ張る。
「え、えへへ・・・。お美しいお方・・・・」
にへらと笑う惟正に、鈴成御前は顔を顰める。
「何これは?汚らわしい!こんな汚いもの、わたしの前に連れてこないで!醜いものはわたしの視界には必要ないの!」
「そ、そうか?面白いと思ったのだが・・・・」
大賤丸は鼻の頭を掻く。
「わたしのまわりには美しいものしか置きたくないの!いつも言ってるでしょ!貴方のような下卑た輩がいること自体、我慢してあげているのだからね!」
「おお、そう言わないでくれよぉ、鈴成御前!おれはお前に喜んでほしくてぇ!」
「わたしに喜んでほしいなら、こういう子のような美しいものを拾ってきてちょうだい!」
鈴成御前は瑞奈の肩に腕を回し、這うように首筋を指で撫でる。
「あっ!」
思わず惟正が声を上げる。
だが、瑞奈の目は虚ろで、どこか焦点が合っていない。
「おお、これは美しい娘だなぁ。おれたちの娘にしないか?」
「ふん!世迷言を!この子はわたしの娘!あと数年もすれば、この娘はもっと美しくなるわ!そうしたら、わたしの力でこの美しさを永遠にするのよ!」
鈴成御前は瑞奈の頬を愛おしそうに撫でる。
「本当に美しい子ね。あのお方のおっしゃった通り。いつかその美しさ、わたしがもらってあげるからね。それまでちゃんと磨いておくのよ・・・」
「はい・・・・母様・・・・・・・・」
瑞奈は抑揚のない声で答える。
あの目、物の怪に憑りつかれておるようだ。
何とかしてあのお方をお救いせねば!・・・どうしたらよい?
腰の刀もない。最初に取り上げられてしまった。
山賊たちが三十人ほどいる。戦っても勝ち目はない。
くそう、愛しきお方が目の前にいるのに!
瑞奈の方を見ていると、瑞奈は惟正の視線を感じたのか、他の誰にもわからないような一瞬、とても嫌そうな顔をした。
あ・・・・・・。憑りつかれていても嫌な顔をするとは・・・・。
惟正、ちょっと傷つく。
「親方!!」
そこへ、子分が走り込んできた。
「何だ?」
「変な天狗が入ってきやした!」
「変な天狗だと!?」
大賤丸が立ち上がり、手に太刀を持つ。
「母様・・・・」
瑞奈が母のそばに寄り添う。
「大丈夫よ、あなたは何も怖がることはないわ」
「ですが、母様。わたし、物の怪を退治せねばならないのです」
「ぐっ!?」
鈴成御前の腹に短刀を突き立てた。血が流れだして、着物を赤く染めていく。
「母様の血も赤いのですね・・・・」
「お、おまえ・・・・・・」
瑞奈はニヤリと笑う。
鈴成御前は驚きの顔で瑞奈を見つめる。
「あなたがわたしの母様でないことなど、とっくにわかっていました!母様なら知っていることをあなたは知らない!大目に見ることなど出来ません!あなたはわたしの母様を汚したのですから!」
「こ・・・小娘っ!!」
鈴成御前の顔が醜く歪む。
天狗が太刀を振るう。
一閃すると、ひとり、ふたりと山賊が血を噴いて倒れる。
「かかれ!相手はひとりだ!!」
大賤丸が叫び、自身も太刀を抜き、走ってくる。
天狗は集まってくる山賊たちをひらりと躱すと、目に止まらない速さでひゅんひゅんと太刀を振る。
次々と山賊が倒れ、見る見るうちに数が減っていく。
「この野郎!!」
大賤丸が怒りに任せて天狗に斬りかかってきた。
その隙に元康は奥へ進む。
・・・やはりあの天狗、只者ではないですね。
さらに、あの娘が女の注意を引き付けている間に、奥の牢へ駆け寄る。
「元康!」
「しーっ!殿、助けに参りました」
「もぉーとぉうやぁーすぅぅぅーー!」
泣き顔の殿はほんとにみっともない。
元康は手ごろな石を拾うと、牢の閂を叩き割る。
牢の格子をあけると、惟正が飛び出してきて元康に飛びつく。
「うわぁーん!元康ーっ!!」
「殿、泣いている場合ではございません!逃げますよ!」
ごりっ!!
「痛っ!!」
思わず悲鳴をあげる蓮華。洞穴に入ろうとしたところで頭を擦った。
「いー、痛いーっ!」
正確に言えば、洞穴の天井が低いので紫雲の頭を擦ったのだ。
「もう、これだから山賊って嫌い!なんで狭くて暗いところが好きなの!?」
身をかがめて紫雲が洞穴に入ってくる。すぐ先で天狗と親玉らしき大男が剣を交えている。
「あいつが親玉ね!!」
背中に据えた薙刀を取ろうと掴む。
ごん!ごん!
長い薙刀が天井に引っかかって取れない。
「もう、なによっ!!」
力任せに薙刀を振る。
天井から突き出した岩を薙刀が切り裂く。
どすどすどす!!
「な、なんじゃっ!?」
天狗と親玉のいる辺りにも岩が飛んでくる。
跳んで避ける天狗。
「こらっ!身動きとれぬから入ってくるなと言ったじゃろっ!?」
「だって、瑞奈様が心配でっ!!」
「戦御体だとぉ!?」
大賤丸は戦慄した。
この変な天狗だけでも手強いのに、戦御体が敵では敵うはずもない。
「鈴成御前、助けてくれーっ!」
天狗に背を向けて逃げ出す。
「あ、待て!」
天狗も後を追う。
「あ、行かないで!わたしも行く!!」
蓮華が紫雲を穴の奥へ・・・・ごん!ごん!
「痛っ!!もう入れない!!」
紫雲の体が引っかかる。
まただ・・・・。
あの甘い香の香り。
惟正と元康はあっという間に倒れる。眠りに落ちたのだろう。
瑞奈も着物の袖で顔を隠す。できるだけ、息を止める。
顔がゆがむ。我慢しなくては!
・・・・・・・・・・・・・・・。
意識が遠のく。
ゆっくりと膝が落ち、うつぶせに倒れる。
天井からばらばらと石が落ち始めた。
入り口で紫雲が暴れたせいで、洞穴が崩れかかっている。




