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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
四章 花舞 はなまい

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107 花舞ノ章 十

岩寺はその名の通り、巨大な奇岩が突き出した山の上に建てられた寺である。

ここで古の文人たちが筆をとり、その絶景を歌にしたという逸話が数多く残っている古寺である。

「今夜の宿に、寺の軒下をお借りしたい」

「ひっ!?」

天狗の面に、僧侶も驚く。

「あ、すみません。こう見えても人です」

慌てて瑞奈が言う。

「あ、ああ。本堂の脇でよければ・・・どうぞ」

そう言って僧侶は急ぎ足で去っていった。

「もう、こういうときくらいは面を取ってはいかがですか?」

瑞奈が言うと、天狗は顎に手をやる。

「ううむ。だが、ここではちょいと・・・」

「知り合いがいらっしゃるのですか?」

「もう覚えていないと思うがな」



一行は本堂の観音様に手を合わせ、旅の無事を祈る。

「では、本堂の掃除をします!」

蓮華が布を取り出して、本尊の埃を拭き始める。

その間に瑞奈は、稽古と奉納を兼ねて舞を舞う。

「はぁ・・・・」

うっとりとした顔で瑞奈の舞を見つめる蓮華。

「あ、駄目駄目!手が止まっちゃう!」


天狗はひとり、寺を出て勢多川の川原へとやってきた。

さっきまで賑やかだった街道も、少しづつ日が傾きかけて静かになりつつあった。

手ごろな大きさの岩を見つけて腰を下ろす。

ざんざんと川の流れる音だけがしていて、時折吹く風が心地よい。


「あら、珍しい。こんな時間にお人がみえるなんて」

近くで女の声がした。

見ると、杖をついた女がこちらへ近づいてきていた。四十過ぎだろうか。川原の石の上をよろよろと歩いてくる。

「すみません。隣に失礼しますね」

そう言って手探りで天狗の隣に腰を下ろした。

「わたしはね、ここで毎日、人が少なくなるこの時間に川の音を聞いているんです」

「・・・・・・・・」

「ああ、私は目が不自由でね。川を聞くことしかできないの。でも、目が見える人より良く見えているんですよ」

「・・・目が・・・見えないのか」

「でも、ちゃんと人がいるってわかるのですよ。足で探れば、石があるとわかる。水の音が聞こえるから、川のそばだとわかるのです」

「・・・・・・・・・・・」

「旅のお方ですか?」

「ああ。京から東国へ向かっている」

「あら、東国は物騒だと聞いていますからね。お気をつけて行きなさいね」

「腕には少々自信があるがな」

そう言うと、女は少し微笑んだ。

「ふふ。昔、そう言って腕試しのためにここを出て行った人がおりましてね。とんと帰ってこなかったのですよ。・・・戦が多い世の中ですからね、生きているのか死んでいるのか・・・」

「・・・・・・」

「わたしの目が見えるうちに、もう一度お会いしたかったのですけどね・・・。声を聴けたら、わかるかしら。いつも、不機嫌そうに話す癖のある方だったから。あれから二十年・・・もっとかしらね」

「腕が立つなら、まだ生きているだろう」

「それならうれしいわ。もう一度お会いできる希望が持てますからね」

そう言って女はまた、少し笑った。


「お母様!!また黙ってここへ来て!!」

そう言いながら、若い女が走ってきた。

「もう、目が不自由なのだから、ひとりで川原に近づいては危ないで・・・ひっ!?」

天狗を見て驚く若い女。

「あら、ごめんなさいね。こちらの方は旅のお方です。すっかりお話ししてしまいました」

「お、お母様、帰りましょう。すぐに暗くなりますから」

そう言って若い女は母親の肩を抱えると、天狗に軽く一礼して戻って行った。




「・・・・・・・・・・娘か。若い頃に、よく似ているな」







「天狗様!こんなに暗くなるまでどちらへ行かれていたのですか!?お掃除手伝ってくださると思ったのに!」

戻るなり、蓮華が不満そうな顔で天狗を出迎えた。

「・・・すまない。散歩に出ていた」

「もう!」

腰に手を当てて、頬を膨らませる。

「天狗殿は昔この辺りに来たことがあるのですよね。懐かしいのでは?」

瑞奈が言う。

「うむ・・・懐かしいな。昔を思い出してしまった」

「・・・天狗様にも昔があったのですか?」

蓮華が驚きの顔を向ける。

「あるだろう、普通は」

「天狗の面をつけて生まれてこられたのですよね・・・?」

瑞奈が口に手を当てて言う。

「そんなわけなかろう?わしも人なのじゃぞ?」



・・・・・・・。



「えーーーーーーっ!!??」




瑞奈と蓮華の声は、寺の中に木霊するほど響いた。






翌朝、一行は岩寺を出立する。


寺を出て山を降り、河原へ出る。

ここから街道までは川沿いを歩く。


「・・・・・」

天狗は昨日腰かけたあの岩を見つめる。






いずれ、機会があれば・・・話そう。





「生きて帰ってきてください。お待ちしておりますゆえ・・・(みぎわ)殿・・・」

「・・・・大丈夫だ。おれは腕に自信がある」

「自信がない方のほうが、長生きできるのですよ・・・・」








「・・・わしは、恋をしたのだ!」

惟正は、こぶしを握った。

「はあ・・・・。もう何回も聞きました」

元康は呆れ顔だ。

「もう一度、あの美しいお方にお会いできたら、それはこの世の定めであろう!もう、余生を共にせねばなるまい!」

「・・・さすが、との。そのとーりでございますー・・・」

棒読みだ。

「ああ、美しいあのお方、せめてお名前だけでもわかれば!」

「でも、名乗らずに行かれたのでしょう?殿に知られたくなかったのではないですかぁ?」

「なんと奥ゆかしい!恥じらいも美しい!」

惟正は両腕を広げて天を仰ぐ。

「で、どうするんです?後を追うのですか、それとも吹原で手に入れた知らせをもって恒影殿のところへ行くのですか?」

「当たり前だろう?あの美しいお方の後を追う!あのお方の、美しき御心にわしは応えねばならん!」

「応えたいなら後を追うのはやめた方がよいかと・・・」

「元康、おまえは本当に乙女の本心をわからんやつだ!」

「・・・はぁ」

「待っていてくだされ!!すぐに追いついてみせますぞーっ!!」

惟正の声が岩寺の山で木霊した。



ぞくぞくっ!?

瑞奈の脳裏に、惟正の顔がよぎる。

「瑞奈様、どうしました?」

「い、いえ、今、強烈な寒気が・・・」

「大変!風邪ですかっ!?」

「い、いえ。もっとおぞましいものです・・・」

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