105 花舞ノ章 八
「でええいっ!!」
迅雷が上から錫杖を振り下ろす。
紫雲は薙刀でその錫杖を横に払うと、迅雷はそのまま弾き飛ばされて横の岩肌にめり込む。
「ぐへっ!?」
バラバラと上から土や石が崩れて落ちてくる。
「い、痛い・・・。なんて力だ!?」
迅雷は何とか立ち上がり、もう一度錫杖を構える。
「まだやりますか!?」
「えいっ!!」
迅雷は姿勢を低くして錫杖を紫雲めがけて突く。
紫雲はその突きを躱すと、錫杖をがしっと掴む。
「え!?」
「喧嘩は駄目だっていってるでしょーっ!!」
紫雲はその錫杖を迅雷から取り上げる。
錫杖の片方を足で踏みつけ、片手でぐいっとへし曲げてしまった。
「そんな、馬鹿なっ!?」
驚く迅雷の腹あたりめがけて、紫雲は薙刀を振るう。
薙刀の柄が迅雷の鳩尾あたりを捉え、迅雷は弾き飛ばされて燃え落ちる本堂の上に倒れた。
本堂の炎が迅雷に燃え移る。
繰り手はすっかり意識を失っていた。
紫雲はその迅雷を掴むと、持ち上げて近くの池に放り投げる。
じゅっ!と音を立てて湯気が立ち上る。
その瞬間、瑞奈王の舞が終わりを迎えた。
扇を閉じ、胸にしまう。
「勝負あったな!」
覚円坊の前に天狗が姿を現す。
「天狗!いなくなったのではなかったのか!?」
「ふん!わしを誰だと思うておる!蔵馬の大天狗様じゃぞ!」
「ぐぬぬぬ・・・・」
とっても悔しそうだ。
「この方を人質として蓮華寺に差し出しましょう!」
紫雲の蓮華がそう言って覚円坊を掴もうと手を出した。
「まてまて、おまえの力ではこいつをつぶしてしまう!」
天狗が紫雲を止める。
「そっか・・・・では!」
そう言うと、近くにあった鐘撞堂の鐘をもぎ取ると、覚円坊の上にかぶせた。
「こ、こら!何をする!!」
覚円坊が暴れると、ごおんごおんと音が響く。
「ではちょっと蓮華寺まで行ってきます」
蓮華はそう言うと鐘を覚円坊もろとも掬い上げ、石長山を降りて行った。
「さて、皆さん!!」
瑞奈王が行園寺の僧兵たちに声をかける。
殺気立っていた僧兵たちも、すっかり意気消沈している。
「仏の道を極めんとする者たちが、隣人に嫌がらせするとは言語道断!ともに生きる道を求めることこそ、極楽浄土への近道と知りなさい!!」
瑞奈王はわざと大げさに両腕を広げて、高らかに声を上げる。
「菩薩さまだ・・・」
「天から降臨されたのだ」
「あまりにお美しい・・・・」
「尊いお方だ!」
僧兵たちは口々につぶやくと、月を背に佇む瑞奈王に頭を下げて手を合わせた。
・・・・気持ちが高ぶってやってしまったけど・・・・・・・あとで考えると、かなり恥ずかしい。
ぽっ、と顔が熱くなる。
次の日。
蓮華寺の門の前に鐘が置いてあった。
早朝の鍛錬を終えた筋肉坊主たちが寺門の前を通りかかり、鐘を見つける。
「・・・邪魔だなぁ。誰が置いたんだ!?通れないじゃないか!」
「・・・中から小さな声がするぞ!?」
蓮華寺の僧たちが耳を鐘に付ける。
「・・・出してくれぇ・・・・・・・」
「人が入ってるぞ!?」
「どうやって持ち上げるんだ!?」
「こんな重い物、蓮華殿でなければ無理だぞっ!?」
大騒ぎとなった。
「出してぇ・・・・」
「今日中には相坂の関を抜け、大津に入りたいと思うておるのじゃ」
翌朝。天狗が街道の地図を指さす。
ほとんど眠れないまま、山を降りて街道に入った。
そして馬を休めるために立ち寄った川原。竹筒に水を汲んで、馬にも川の水を飲ませる。
「この先に関所があるのですか?」
「うむ。ここを通らんと、東国には入れんな」
顎に手を当てて天狗が言う。
「少し気になったのですが、天狗殿は、その・・・いつから天狗なのですか?」
「ああ、これか?これは忘れもしない・・・・いつからだったかのう?」
「忘れてるんですか?」
「念のため、顔を隠しておるのじゃ」
「念のため?」
「まあ、良いではないか。とりあえず、相坂の関を目指そう」
天狗はそう言って立ち上がった。
まあ良いではないか。では、この先いけないと思うのですが・・・・。
「待てっ!!」
・・・やっぱり。
「何か?」
関所の役人に呼び止められて、天狗がしれっという。
「何か?・・・じゃない!お前たちが怪しくなかったら、この世のすべては怪しくないだろう!?」
関所の役人がやや怒り気味。
「女二人と天狗と大車に大荷物!何者だ、おまえたち!」
・・・でしょうね。わたしもそう思う。
瑞奈は苦笑い。
「あの・・・わたしは白拍子。瑞奈と申す者。この者たちはわたしのお付きの者で、この荷と天狗の面は舞台の道具にすぎません。お見逃しを」
「・・・・・・白拍子?」
役人は小首をかしげる。
「・・・・道具?」
天狗も小首をかしげる。
役人はじろじろと瑞奈を見る。
下卑た目で見られるのはいつものことだ。瑞奈自身は、こうした舐めるような目線に慣れている。
「ちょっと、いやらしい目で瑞奈様を見るのはやめてください!」
蓮華が役人に食って掛かる。
「ふん!では、舞って見せよ。白拍子なら笛と太鼓なしでも舞えるであろう?」
「なんと、失礼な!!」
蓮華が顔を真っ赤にして怒ろうとするのを、瑞奈が手で押さえる。
「では、わたしの舞がお気に入ってくださったのなら、このままお見逃しください。でなければ、天狗の面の男をここに置いて行きます」
「なんと!?」
急なとばっちりに驚く天狗。
「・・・良し、いいだろう。やって見せよ」
瑞奈は笠をとり、顔を上げる。
「おぉ・・・・」
その場にいた役人たちから声が漏れる。
髪を後ろで縛り、懐から扇を取り出す。
扇を閉じたまま胸の前で持つ。そのままじっと場が静まるのを待つ。
そのあと、ゆっくりと、扇を持った手をまっすぐ肩の高さに差し出し、腰を少し下げて膝を曲げる。
そこで片手で扇を振り、一気に広げる。
背筋は伸ばしたまま、摺り足で三歩前に出て、そのまま周りをまわる。
そしてゆっくりと大きく、腕を広げ、足を運ぶ。
顔は上げず、前を向かず。
左袖を翻し、背を向ける。
右足をとん、と鳴らし、間をおいてもう一度鳴らす。
開いた扇を役人の方へ差し出したまま、今様の歌を詠む。
玉座の影にて 舞いし袖をば
関の小役に 量らるるかな
今日の恥こそ 忘れはせじよ
都へ帰らば 誰に語らん
ゆっくりと扇を閉じる。
その場に直立し、顎を高く上げて役人たちを睨みつける。
礼をせずに舞は終わる。
その動作ひとつひとつに、見ている者たちの視線を感じる。指先、足先、首元、髪の一本一本にまで。
見るものすべてを虜にする。
それが、瑞奈王の舞。
「すごーーいっ!!」
瑞奈たちは天狗を置き去りにすることなく相坂の関を通り抜けた。
瑞奈の舞に心を奪われたのは役人たちだけではなく、蓮華も同じだったようだ。
「あの歌、どんな意味だったのですかっ?」
「・・・わたしは帝の前でも舞を許されるのに、何でこんな田舎の役人たちに偉そうにされなくちゃいけないのでしょう。さて、都に帰ったら誰に話してやろうかな・・・という歌です」
「おおーーーーっ!!格好いい!!」
「・・・あの役人ども、震えあがっておったからな」
天狗が言う。
・・・・その面さえなければ、もうちょっと楽に通れたと思うのですが。
「お待ちなされ、ご一行・・・・・」
不意に声をかけられた。
見ると、琵琶を持った僧侶がひとり、道端に座り込んでいた。
破れた僧衣と、泥だらけの顔。
「盲いた哀れな法師に、糧の施しを・・・」
「あれは・・・?」
蓮華が言うと、天狗は首を振る。
「構うな。物乞いだ」
「・・・・・」
蓮華は目を背ける。
「妖、妖。さて、面妖な。人を欺く、妖の者よ・・・・」
後ろの方から法師の歌を詠む声と琵琶の音が聞こえてくるが、すでに何を言っているかはわからなかった。




