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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
四章 花舞 はなまい

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104 花舞ノ章 七

石長山(しゃくながさん)行園寺(ぎょうおんじ)の別当、覚円坊(かくえんぼう)は僧兵たちを全員集め、その前に立った。

辺りはゆっくりと日が沈みかけて、赤く染まっていた。

「今宵、我らは積年の恨み・・・ではなく、われら行園寺こそが、来天宗(らいてんしゅう)総本山として君臨するがために、東雲山(しののめさん)蓮華寺(れんげじ)に対して闇討ちを行う!思えば、長く苦しい戦いであった!」


覚円坊は少し上を向いて、涙をこらえる。

「あるとき、嫌がらせに蓮華寺に石を投げ込んだら、その夜、宿坊に火をつけられた!またあるときは、門の柱にこっそり落書きしたところ、朝起きたら、ひとり残らず墨で顔に口髭を書かれていた!あるときは、山犬を連れてきてこっそり東雲山に放したら、明くる日、石長山には熊が出た!しかも四頭!!それもこれも、あの指南役とかいう天狗の面のせいだ!」


並んでいる僧兵たちも、悔し涙を流している。

「・・・こちらのやることもせこいが、敵の反撃は容赦ない!」

「何でそこまで!加減というものを、奴らは知らないのか!」

「憎っくき、蓮華寺!阿呆の天狗め!!」


「だが、ここまではまだかわいいものだ!さらに、だ!こちらが棒と槍で攻め入ったら、奴らは戦御体を出してきおった!そんなもん、勝てるわけなかろう!!ひどい仕打ちだ!信じられん!!」


「そうだそうだ!」

「ひどすぎる!」

「あんまりだ!!」


「だが、よく聞くのだ!さるお方から、知らせが入った!あの天狗の面は、今朝をもって蓮華寺を出て行ったそうだ!しかも、繰り手と戦御体を連れて!われわれは千載一遇の機会を得たのだ!」


「おおー!!」

「天狗、くたばれ!!」

「どっかで肥溜めにはまってしまえ!」


「さらにさらに、蓮華寺から以前、朽平殿(くちひらどの)という御体匠(みたいしょう)を我々は引き抜いた!われらにも、戦御体が備わった!!」


「おおー!!」

「戦御体最高!!」

「勝ったも同然!!」


「だが、その朽平殿は「あんま面白くないからやめるー」と、どっか行ってしまった!」


「出家したての小坊主かっ?」

「そういうのは若い奴に多いけど!!」


「だが、我らには二体の戦御体がある!相手には一体もない!これは勝った!!」


「勝ったー!!」

「お祝いだ!!」


「まだだ!!これから蓮華寺を倒しに行く!」


「そうだった!」

「行きましょう!!」



その時だった。

「お待ちなさい!!」

鈴の鳴るような、高い声が響いた。

集まった大男ばかりの僧兵の間をかき分けて、ひとつの小柄な影が現れる。

笠を目深にかぶり、白装束で紅袴(べにはかま)。腰に弦巻(つるまき)を差し、懐に扇を入れている。

「何者だ!?」

覚円坊が叫ぶ。

「わたしの名は・・・・」

ばっ!と、笠を取って放り投げる。ひゅっと風が通り抜ける。

「白拍子、瑞奈王!!」



「・・・ここ、女人禁制だが?」



「そんなことはどうでもいい!!」

懐から扇を出して、覚円坊の方をビシッ!と差す。

「今宵は満月!しかも、大切な出陣の前と聞く!しからば、このわたしが、この行園寺の(まつ)り神、摩利支天(まりしてん)様に、ひとつ舞を奉じてしんぜよう!」


・・・怪しい。が。

「たしかに・・・・戦勝祈願の舞も一興か・・・」

覚円坊は頷く。

なんにせよ、もう勝ったも同然の戦いだ。焦ることはない。

それに、この白拍子の美しさには目を見張るものがある。

その証拠に、まわりにいる僧兵たちは皆鼻の下を伸ばしきってしまっている。



石長山の山頂、観音堂の前にある舞台に、篝火が焚かれた。

僧兵たちが舞台を取り囲み、両手を合わせて一心不乱に経を読み始める。


舞台の中心に立ち、瑞奈王は精神をひとつにする。


右手に扇を持ち、ゆっくりと両腕を上げる。

音もなく足を運び、鼓の音に合わせて舞台の上を舞う。



・・・・ぱち・・・・・ぱち・・・・・・



「なあ、何か音がしないか?」

僧兵の一人が隣の男に話しかける

「・・・なんだよ、経の途中だぞ?」

「何か、火が爆ぜるような・・・」

「篝火だろ?」

「・・・そうか・・・」




・・・・ぱち・・・・ぱち・・・・・ぱち・・・・・



「なあ、何か、焦げ臭くないか?」

「だから、篝火だって」

「・・・篝火ってこんなに焦げ臭いかなぁ?」

「・・・・たしかに」



次の瞬間、行園寺の本堂の方から一気に火の手が立ち上る。

辺りが一気に明るくなり、誰もが呆然と目を見開いて口を開けた。

「火事だあっ!!」

「本堂が燃えてるっ!!」


慌てながらも本堂の仏像を運び出す僧兵たち。

「敵だーっ!蓮華寺のやつらが来たぞーっ!」


石長山の中腹に立つ三重塔の裏手から、塔と同じくらいの高さの大きな影がゆっくりと姿を現す。

炎に照らされたその戦御体は、最も尊い色、紫に染められていた。

一歩、一歩、歩くたびに地面に振動が走る。

「蓮華寺の戦御体だ!」


「慌てるなっ!!こちらも戦御体を出せっ!!」

覚円坊が叫ぶ。


繰り手の僧兵たちがそれぞれの戦御体のところへ走る。


繰り座と呼ばれる人が乗る場所に滑り込み、両手で御霊石に触る。

「うっ!?・・・・・・」

その瞬間、痛みで意識を失う。

暗さでよく見えなかったものの、戦御体はすでに両腕両足がもぎ取られていた。


「一体は間に合ったのだけど、もう一体が見つからなかったのですよね・・・」

紫色の戦御体”紫雲(むらくも)”の中で蓮華がつぶやく。


その時、燃え落ちる寸前の本堂から、屋根を突き破って戦御体が現れた。

「そんなところにいたのですかっ!」

がらがらと凶悪な音を立てて本堂の屋根が崩れ落ちる。


「この戦御体、”迅雷(じんらい)”と勝負せよ!」

行園寺の僧兵が名乗りを上げ、手に持った錫杖(しゃくじょう)を構える。


「この”紫雲(むらくも)”、喧嘩ばかりする子は許しません!」

背中の薙刀(なぎなた)を掴んで構える。

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