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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
四章 花舞 はなまい

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103 花舞ノ章 六

山菜と汁物の朝餉をいただく。

質素な食事だけであの筋肉がつくのか、と思い出してはほんのり頬を染める。

その瑞奈の姿を見て、筋肉坊主たちは顔を赤くして鼻の下を伸ばす。

「こら!瑞奈様を変な目で見るんじゃありません!」

蓮華に言われると、蜘蛛の子を散らすように筋肉坊主・・・若い僧たちが散っていく。

「まったく、全然修行が足りないんだから!」

「はは・・・・」

この娘は本当にここでずっと暮らしてきたのだろうか?

「わたしのことはちっとも女扱いしないくせに!」

そう言って、ふん!と鼻を鳴らす。

「・・・蓮華殿はじゅうぶん愛らしいですけどね」

瑞奈がぼそりと言うと、蓮華はきっ!と瑞奈を見る。


「えっ!?」

・・・いけないことを言っただろうか?


「・・・でしょ!?」

急に目じりを下げる蓮華。

「そうなんですよ!わたし、じゅうぶん愛らしいのに!こんな綺麗に人に言われると、やっぱりそうだなって思いますよねぇ!あいつにも聞かせてやりたいです!」

「はぁ・・・・」

「伊豆に行ったら、もう一度言ってくださいね!」

目をきらきらさせながら、瑞奈の両手をがしっと掴む。

・・・痛い。箸が折れた。

「まったく、迎えに来るって言ったきりで勝手に伊豆へ行っちゃうんだから!わたしも連れて行けっていうのに!」

「・・・蓮華殿の想い人なんですね、その方は」

瑞奈が言うと、蓮華はきっ!と瑞奈を見る。


「はっ!?」

・・・また、いけないことを言っただろうかっ!?


でれっ!

「そ、そ、そ、そ、そ、そ、そ、そんなこと、ありませんよっ!だって、お、おさ、おさささおおあおあなああい幼い頃から一緒にぃぃぃ育ったっていうかぁ、お、おと、おと、おと、おと、おとおとおおととお、弟みたいな・・・・」

耳まで赤い。




・・・・・・ものすごく、わかりやすい。





「静円殿、長らく世話になったが、わしと蓮華、そして瑞奈王の三名、今日のうちに馬と荷を取りまとめ、明日明朝に発つこととした次第です」

天狗と蓮華が静円に床に手をついて頭を下げる。瑞奈もそれに倣う。

「そうか、二人がいなくなると寂しくなるが、それもお導きなのじゃろう。気を付けて行かれよ」

「はい。お言葉、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

天狗に次いで蓮華も言う。

「そうじゃ、道中何があるかわからぬ。あれも持っていきなさい」



・・・あれ?あれとは?



「しかし・・・・」

蓮華が顔を上げる。

「今のところ、あれを動かせるのは蓮華殿だけじゃからな。ここにあっても宝の持ち腐れ。あれも蓮華殿に使ってもらえた方がうれしいであろう」

「ありがたく頂戴しなさい、蓮華。この先、絶対に必要になる」

天狗が言うと、蓮華はもう一度頭を下げた。

「何から何まで、ありがとうございます!」




で、



まだ僧たちが修行に起きてくるより早い時間。

太陽はまだ顔を出していない。東の空がようやく白くなってきた頃だ。

「・・・なんでしょう、この荷は?」

長さが二間(にけん)ほどもある巨大な荷車に、布をかけた大きな何かが横たわっている。

・・・これは、やっぱり・・・。

「はい、わりと大事なものです」

いつも通りの蓮華の屈託のない笑顔。

「では、参ろうか。誰も来ぬうちに行かぬと、後ろ髪引かれるでな」

「・・・はい!」

天狗の言葉に、蓮華が頷く。

三人だけの静かな旅立ち。


と思ったら、不意に後ろから声がした。


「蓮華殿ーっ!!さようならぁ!!」

「お達者でぇー!蓮華殿ーっ!!」


僧たちが手を振っている。いつの間に現れたのだろう。

「筋肉坊主の皆さん・・・・」

蓮華が後ろを振り向く。

・・・筋肉坊主さんたちは、名前ってないのかな?

「皆さんもお達者で!お世話になりました!!」

蓮華も手を振って応える。


「蓮華殿、皆さんに慕われていらっしゃったのですね」

瑞奈が天狗に言う。

「坊主ども、明日からの飯がまずくなるからじゃろうな」

「・・・そういうことですか?」


「天狗殿ーっ!」


「もう来ないでくださいっ!!」

「修業が辛過ぎますーっ!!」

「人でなしーっ!!」

「大馬鹿天狗――っ!!」


「うるさいわい、怠け坊主ども!!あれくらいできぬで偉そうなこと抜かすなーっ!!」

怒る天狗。

顔はわからないが怒っていることは間違いない。



「あはは・・・・・・・・」


さすがに言葉が出ない瑞奈であった。





「わぁ・・・・これが海ですかっ!?広い!」

瑞奈は東雲山の高台から見える湖に目を丸くする。

「あれは海ではないですよ、瑞奈様」

蓮華がにこやかに言う。

「え、違うのですか?あんなに広い池なのに?」

「あれは湖と言ってな。海のように水に塩味がついておらんのだ」

天狗が言う。

「へぇー、そうなんですか?では、塩を入れると海になるんですか?」

「塩味って・・・。またおかしなこと教えて・・・」

蓮華が渋い顔をする。

「蓮華殿は海を見たことがあるのですか?」

「いいえ、ないんです!でも、伊豆というのは海が見えるところと皆様から聞いておりますので、とても楽しみにしております!それに、ものすごく大きな魚が獲れるとか!鯖とか、鯵とか!」

「そうなんですか・・・・鯖・・・鯵・・・焼いたら美味しいのでしょうね・・・・」



ぐぅ。



「す、すみません。鯖と鯵という名前を聞いたらつい・・・」

「瑞奈様のような綺麗な方でもお腹がすくと鳴るんですね!」

・・・どういう感心の仕方ですか。


「人の体はだいたい同じだと思うので・・・」

ちょっと恥ずかしい。


「よし、大津の町まで行って飯にしよう」

天狗がそう言ったとき、蓮華が大津の町の方を指さした。

「天狗様、あれ・・・・」

「あれは・・・」

町の家々の先、大きな寺があり山門が見える。そのあたりに集団がうじゃうじゃと動いているのが見えた。ここからだと胡麻粒のように見える黒い集団。

その数は、あまりに多くてすぐには数えられない。

「ざっと二百といったところか・・・」

天狗が顎に手をやる。

「まさか・・・・」

蓮華は不安そうな表情に変わり、天狗を見上げた。

「ああ、行園寺(ぎょうおんじ)の僧兵じゃな」

「行園寺とは?」

瑞奈が聞く。

「幾代か前の緋家の当主が建立した寺でな。蓮華寺とはずっと仲が悪い。今までも何度か蓮華寺が霞家に肩入れしておると難癖をつけて攻めてきおってな」

「天狗様が蓮華寺の筋肉坊主さんたちを取りまとめて、返り討ちにして追い返したのです!」

蓮華は誇らしそうだ。

「今、行園寺が動くとは・・・」

「筋肉坊主さんたち、だいじょうぶでしょうか?」

「これからは奴等だけで寺を守っていかねばならない。いつまでも、指南役に頼っているわけにもいかんでな」

「ですが、今日の今日で・・・・」

「あ、あれって・・・・!」

瑞奈が何かに気づいた。

僧兵たちの向こうに、大きな荷車が寺に入って行くのが見える。

蓮華たちが引いてきたのと同じ大きさ。

「・・・御体車か。しかも、二つ」

「天狗様、どうしましょう!?敵が戦御体では・・・・」

「瑞奈殿、しばし時間をいただいてもよろしいか?奴らを足止せねば」

天狗が瑞奈を見る。・・・見ていると思われる。

「・・・でも、たったお二人で・・・?」

「はい、だいじょうぶです。わたしには紫雲(むらくも)があるので!」

蓮華はそう言って胸を叩いた。

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