102 花舞ノ章 伍
「も、もう駄目・・・・足が動きません・・・・ぜぇ、ぜぇ・・・・」
東雲山の中腹、道場のような建物に着いたところで瑞奈は解放された。
「天狗様はこの中で瞑想していらっしゃいますよ」
怪力娘はそう言うと、息も切らさず、瑞奈をずるずると引き摺って中へ入って行った。
「あれが天狗様です」
指さした先、道場の真ん中で足を汲んで佇む・・・天狗の面。
・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・え!?面!?
・・・・ほんとに天狗だった!?
普通、愛称か何かと思うのに、ほんとに天狗!?
娘はその天狗に近づいていく。
「天狗様!!」
「・・・・・・・・・」
「天狗様っ!!」
「・・・・・・・・・・・・・」
天狗の反応はない。
「あの、瞑想中でしたら終わりまで待ちますが・・・・」
「ぐぅ・・・・・」
え?
「またっ!」
娘が天狗の後ろに立つ。
「やっぱり、寝てる!」
べきっ!!
娘はあの怪力で天狗の頭を思い切り殴った。
吹っ飛ばされる天狗。
ごきゅっ!!
「ひぃっ!?」
瑞奈は恐怖の声を上げる。
普通、人がしてはいけない吹っ飛び方をしたけど!?
「しまった、寝てしもうた」
・・・やっぱり天狗。普通じゃない。
「天狗様にお客様です。とっても綺麗な人」
「何っ!?」
天狗の面がこっちを向く。
え、怖い!!
赤い顔、長い鼻、ぎょろっとした目、白い口髭。
怖い!!
天狗はゆっくりと立ち上がり、一歩一歩こちらへ歩いてくる。
瑞奈にとって、もう恐怖以外の何物でもない。
物の怪!妖!化け天狗!!
「ひ、ひぃぃぃ・・・・」
逃げたいが、もう足が動かない。
「これは確かにお美しい方だ」
天狗は瑞奈を見てそう言うと、口元に手を当て、格好良い(?)姿勢をとった。
「このようなお方が、このわし、天狗にどのような御用向きで・・・・・」
天狗は顔を上げると、さらに近づいてくる。
「ここまでいらしたのかねーっ!!!???」
「きゃああああああああっ!!」
瑞奈、恐怖のあまり絶叫。
「こら、駄目天狗」
ごん!
再び殴られる天狗。
「す、すまん。やり過ぎたかのう?」
「当たり前でしょ。慣れないうちは天狗様は怖いんだから」
「あんまり綺麗な方だったので・・・つい・・・・」
「あー、気を失っちゃってる・・・・・」
「母様・・・・・わたしも、白拍子になります!」
母様は笑顔だった。
いつも優しい母様。
稽古の時はとても厳しいけど、いつも優しく笑顔でいてくれる・・・・。
「はっ!?」
目を覚ました瑞奈。
「おお、気が付かれたか!!」
視界一面、天狗の面。
あ、だめ・・・・。
ばたり。
「あ、また!?」
「天狗様ー!?」
「いやあ、もう見慣れたのかと・・・・」
「そんなにすぐ見慣れるわけないでしょうがっ!!・・・・・」
声が遠のいていく・・・。
母様・・・・・。
いや、このくだりはもういいや。
「・・・・ええと」
「気が付かれましたか!?よかった!」
あの娘が顔を覗き込んでいる。
「わたし、あまりに怖くて気を・・・・・」
「安心してください!わたしがしっかり叱っておきましたから!」
見ると、道場の隅の方で小さくなってこちらを見ている。
・・・それはそれで怖い。
「す、すみません。本当に天狗だと思っていなかったので、心の準備が出来ておりませんでした」
瑞奈はなぜか頭を下げた。
「いえ、悪いのはあの化け天狗ですから」
「・・・・・・・聞こえてましたか?」
「何がですか?」
「あ、いえ。・・・なんでもありません」
では、改めて。
「天狗殿、霞宗影殿よりこの書状を預かってまいりました」
懐から書状を取り出すと、天狗の前に差し出す。
「若から?」
天狗は書状を受け取ると、開いて目を通す。
・・・見にくいだろうな・・・・・。
「宗影様から?何と書いてあるのですか?」
怪力娘が覗き込む。
化け天狗と怪力娘、――ここは妖怪屋敷か。
「何か?」
二人が同時にこちらを見る。鋭いなっ。怖っ!
「いえ、何でもありません!」
「こほん。読むぞ。道中この子を守り、無事に伊豆へ辿り着かせよ。この子に一切の傷つけること、これを許すな。この子に一切のお手付あること、絶対になきこと。この子の命失うこと、何事にも代えるべき無し」
「伊豆ぅ!?」
怪力娘が歓喜の声を上げる。
「いよいよ、伊豆へ行くのですかっ!?白結丸様のいる、伊豆へっ!!」
天狗の肩をもってぶんぶん振り回す怪力娘。
「わたしも行きますね、わたしも!!」
「は、はい・・・・・」
こちらへ抱きついてきそうな勢いだったので、ちょっと身を引く。
「申し遅れました、わたしは蓮華!これからよろしくお願いします!」
そう言うと、低く頭を下げた。
「はい・・・瑞奈と申します」
あくる日、瑞奈は用意してもらった床で目覚めた。
・・・外が嫌に騒がしい。
「えいっ!やぁっ!えいっ!やぁっ!・・・」
皆もう起きて修行しているのだろうな。
初めての旅と、山登り、さらに石段を無理やり駆け登った疲れで寝過ごしてしまったようだ。
布団をたたみ、着替えをして外へ出る。
「おや、お目覚めですか?旅の方」
そこには蓮華寺の僧正、静円がいた。
「はい、静円殿。ありがとうございました。おかげで・・・・」
外の眩しさにうっすら眼を慣らす。すると・・・・。
「!!??」
そこには棒術の稽古をしている筋肉坊主たち・・・修行僧たち、三十人ほど。
ずらりと整列して、こちらを見ながら棒を振るっている。
「えい!やぁ!!えい!やぁ!!・・・・」
・・・しかも、褌一枚っ!?
ぼっ、と顔が一気に熱くなる。
見ているこっちも恥ずかしいが、筋肉坊主たちもこっちを見てちょっと恥ずかしそうにしているのが余計に恥ずかしい!
「こら!麗人に見られて恥じるようでは修行が足りん!!集中せい!!」
「えい!やぁ!!えい!やぁ!!・・・・」
「あ、あの・・・」
手で顔を隠しながら声を絞り出す。
「ああ、ちょうど朝の修練の時間でな。冬でも皆、体を鍛えるために裸でやるのですよ」
「す、すみません・・・顔を洗ってまいります!」
見ていられないので後ろを向いて走り出す。
・・・それにしても、皆すごい体だった。
ぼんやりと思い出す。ぼっ、と顔がまた赤くなる。
「い、いやぁ・・・・!」
ひとりで恥ずかしがっている時に、人影が見えた。
「あ、瑞奈様、おはようございます」
蓮華だ。
「お、おは、おはようございます」
「・・・?」
「・・・す、すみません。その・・・えと・・・・」
「どうかなさったのですか?」
「き・・・筋肉・・・裸の・・・坊主さんたちが・・・・」
「ああ、朝の修練ですね!ご案内しましょうか?」
「い、いえ!け、結構ですっ!!」
「ご遠慮はいりませんよ!わたしも最初はびっくりしましたけど、ただの筋肉坊主ですから!」
そう言って笑顔で瑞奈の手を握ると、ぐん!と引っ張る。
「ひっ!?」
蓮華のすごい力で引っ張られ、瑞奈は成す術なくずるずると引き摺られる。
・・・腕が、腕が抜けるっ!
そして抵抗もできずに筋肉坊主たちのところへ引き戻されていった。
「さ、さ、こちらです!」
「い、いやぁ―――――っ!」




