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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
四章 花舞 はなまい

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101 花舞ノ章 四

それから数日、瑞奈(はな)は少しづつ、心を開いていった。

特に澄玲(すみれ)にはいつも寄り添い楽しげな様子で、とても懐いているように見える。宗影も、清葉(すみは)墨羽(すみは)が一緒なら当たり前だった光景に、やや心を痛めながら楽しそうな二人を見ていた。

澄玲も時折、瞼の裏に清葉を思いながらも瑞奈を我が娘のように思い始めていた。


そんな中でも、瑞奈は毎日、舞の鍛錬を欠かさない。

どのような境遇にあろうとも、舞を舞うのは瑞奈にとって呼吸することと同じだった。

澄玲は毎日その様子を見て、この世のものとは思えない美しさに賛美を与える。それが日常になっていった。


ある時、宗影が瑞奈を呼んだ。



「失礼します」

瑞奈が宗影の前に出ると、澄玲が暗い顔で瑞奈を見る。

異様な空気を感じはしたが、二人の前に腰を下ろす。

「瑞奈、おまえに頼みたいことがある」

「はい、何でしょう」

「伊豆へ行ってほしい」

きょとんとした顔で宗影を見る。

「伊豆・・・ですか?」

「ああ。伊豆へ行って、その書状を霞宗近へ渡してほしい」

二通の書状が宗影の手によって、瑞奈の前に置かれる。そのうちの一つを指さす。

「ひとつは上皇から宗近へ」

皇室の正式な書状であることを表す朱印が押されている。

瑞奈にとっては、手を触れるのも恐れ多い。

「・・・ですが、そのような遠いところへ。わたしは京を出たことがありません」

「うむ。おれたちの中から供を出してやりたいところではあるが、今は戦の最中。いつ緋家が攻めて来るやもしれぬ。なので、おれたちの中から供を出すことが出来ない。だが・・・」

宗影はそこで言葉を切った。

「お供するにちょうど良い者たちがいる。ここから半日もかからず行ける場所だ」

そう言ってもう一つの書状を指さした。

「まずは東雲山(しののめさん)蓮華寺(れんげじ)に行ってくれ」


春の風が吹いている、穏やかな温かい日だった。





翌日朝早く、瑞奈は旅装束に身を包み、杖を持って笠を被った。

「どうして皆、離れて行ってしまうのでしょうか」

澄玲が弱弱しい声で言う。

「わたしは・・・ここへ戻ってくるのでしょうか?戻ってきてよいのでしょうか?」

宗影は深く息をついて、瑞奈の肩に手を置く。

「伊豆からここへ帰りたくなったらいつでも帰ってきてよい。待っている」

「ありがとうございます」

瑞奈は頭を下げた。

そして澄玲の胸に顔をうずめると、「澄玲様、行ってきます」と小さく言った。

澄玲は無言で何度も頷くと、瑞奈を抱き寄せた。


瑞奈は牛車に乗り、東雲山へ向けて旅立った。





東山(ひがしやま)は古くからある寺が並ぶ。

粟田口(あわたぐち)から都を出たところで牛車を降り、徒歩で山を登る。

東へ向かう街道は人通りも多く、沢山の荷車が威勢よく行き交う。そんな姿を見ていると、京を出たという実感が沸いてくる。

ここから東雲山まで陽が高くあるうちに着きたい。

やや足早に歩き始める。


壺装束(つぼしょうぞく)と呼ばれる着物の裾を帯で上げて歩きやすくする衣裳ではあるが、急な上り坂はやはり歩きにくい。内股でしずしずと歩いていると、なかなか前に進めない。

辺りを見渡す。

・・・誰もいない。

ちょっとだけ・・・。

着物のすすを両手でたくし上げ、大股で歩く。

うん、楽だし早い!

人が向こうからくる。

裾をおろし、内股で歩く。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・やっと着いた!」

かなりの上り坂をずっと歩いてきた。やや息も切れている。

そして大きな石柱に彫られた”東雲山蓮華寺”の文字。

で、そこから見上げる、どこまでも続く長い登り石段・・・・。

「はぁ、はぁ・・・。まだですか・・・・。」


少し休めるところはないかと、あたりを見渡す。

すると、ちょうど腰掛けるのによさそうな石を見つけた。

「まだ日暮れには時間があるし・・・一休みしてから登りましょう」

そして石に腰を下ろし、石段を見つめる。

ここで暮らしている僧侶たちは、いつもここを上り下りしているのかしら・・・。

いくら修業とはいえ、不便極まりない。

そんな不謹慎なことをぼんやり考えていると、石段の上の方から、ひょいひょいと石段を飛び跳ねながら降りてくる影があった。

「あ、小僧さんかしら・・・」

その影はとても小柄で、身軽。最初は子供にしか見えなかった。

だが、ようく見ると・・・娘?

瑞奈よりも少し年下に見える娘。

・・・東雲山は女人禁制と聞いているけど・・・?

おかしいな・・・?

だがその娘はひょいっと下まで降りてくると、手に持っている箒で地面を掃き始めた。

・・・掃除しているということは、蓮華寺の人?

と思わず見ていると、その娘と目が合う。


「あ・・・・・」

「・・・・・・」


向こうもこちらに気づく。

瑞奈は仕方なく笠をとり、近づく。

「あの、こちらのお寺の方でしょうか?」

声をかけると、その娘は瑞奈に真ん丸な目を向ける。

「・・・・・・・・・」

驚いた表情のまま、固まっている。

「あの・・・・・・・・こちらのお寺の・・・・」

恐る恐るもう一度声をかける。

「わぁ・・・・・・・・」

「?」

「綺麗な人・・・・・・」

「あ、ああ。ありがとうございます」

そう言いながら頭を下げる。

・・・・いや、そうでなくて。

「あの、こちらに天狗殿という方はいらっしゃるのですか?あるお方に、ここの天狗殿を訪ねるように仰せつかってきたのですが・・・」

すると、明らかに娘は顔を引きつらせる。

「天狗様に、こんな綺麗な方がぁ・・・?」

「あ、いえ、わたしはお会いしたことはないのですが・・・」

「ちょっと待ってください!」

言いかけた瑞奈を、娘は片手で制する。

「こんな綺麗な方が、このまま寺に入ると、大騒ぎになります!考えてください!蓮華寺には、血気盛んな筋肉坊主がうじゃうじゃいるんですよっ!しかも、ここは女人禁制!」

「あの、あなたはよろしいのですか?」

「お気になさらず!わたしはこう見えても、この寺のどの筋肉坊主よりも強いので!」

「いえ、そうではなくて、女人禁制・・・」

「よし、こっそり行きましょう!」

娘はいきなり瑞奈の手を握ると、階段を一気に駆けのぼり始めた。

「ちょ、ちょっと!!」

あ、足がついて行かない!

それと・・・・この娘、何でこんなに強いの!?

ちょっとくらい引っ張ってもびくともしない。

あ、足が!足がーっ!!

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