第9話 重力魔法と星 秘密の未来視
無事に冒険者登録の書類を書き終えた後、私はルーシーさんから「魔法使い専用のテスト」を受けるようにと案内された。
なんでも、一口に魔法と言っても系統が無数にあるため、どんな魔法が使えるのかをギルド側がある程度把握しておかないと、最適な依頼を振り分けられないからだという。
同じ攻撃魔法でも、火に弱く水に強い相手に水を扱う魔法使いを送るわけにはいかないでしょ?とのことらしい。
私たちはルーシーさんの案内に従って、ギルドの裏手にある広々とした訓練所へとやってきた。
頑丈な石壁で囲まれたその場所には、剣の素振り用なのか、あちこちに傷だらけの木製の的――木人が立ち並んでいる。
「お姉さん、頑張ってね!」
ルルが私のボロボロの黒いローブにビタッとくっつき、下から満面の笑みで応援の言葉を投げかけてくれる。
「ここには私たち以外誰もいませんから、怪我の無い範囲で、好きに試してみてください」
ルーシーさんが少し離れた安全な場所から、ニコニコと微笑みながら促した。
好きに、と言われても。
故郷の村にいた頃は、魔法なんて重い農具や木材を運ぶ時、あとは土壌の改善くらいにしか使っていなかった。
明確に「攻撃魔法」として対象に向けて放ったのは、あの決死の逃走劇の時が初めてだ。
だから私自身、自分の魔法が対象にどんな破壊をもたらすのか、冷静にこの目で確かめたことがなかった。
……重力を操る星魔法、出来る攻撃手段、分かりやすいのは重力で押すことかな。
私はゆっくりと右手を上げ、十メートルほど先に立つ新品の木人へと狙いを定めた。
――目標の……重力を、いじる。
対象の中心に重力の特異点を作る。ただそれだけを意識して、微かな魔力を指先から放った。
――メキ、メキメキッ!!
ひどく不気味な音が訓練所に響き渡った。
木人の中央に発生した目に見えない『重力点』。
それに向かって、木人の頭も、胴体も、腕も、まるで周囲の空間そのものから凄まじい圧力で押し込まれるようにして、一瞬でひしゃげていく。
バキィッ! という破裂音とともに、人間の背丈ほどあった木人は無惨に砕け散り、ただの極限まで圧縮された木屑の塊となって地面にドスリと落ちた。
「……こんな力、だったんだ」
自分の手から放たれた魔法の威力を左目ではっきりと捉え、私は呆然と呟いた。
一歩間違えれば、人間など簡単に紙くずのように丸めてしまえる、恐ろしい破壊の力。
王国が「特級」と評価し、軍隊を差し向けてまで欲しがるわけだ。
自分の手のひらが恐ろしくなり、少しだけ背筋が寒くなった、その時。
「すごいよお姉さん!! あんな硬そうな木が、一瞬でぺちゃんこになっちゃった!」
私のローブを掴んだままのルルが、恐怖など微塵も感じていない無邪気な声で、ぴょんぴょんと飛び跳ねてはしゃいでいた。
その底抜けに明るい反応に、私の強張っていた肩の力がふっと抜けた。
……そっか。恐れるだけじゃなくて、ちゃんとコントロールできれば……。
私はもう一度右手を上げ、今度は別の木人を狙う。
破壊するのではなく、動きを封じるための『足止め』
木人の足元だけを局地的に重くするイメージで、魔力を慎重に調節する。
ギシッ……と鈍い音を立てて、木人の両足が石畳に深くめり込んだ。そのまま、上から見えない鎖で縛り付けられたようにピクリとも動かなくなる。
「おおー!今度は地面にガッチリくっついた!すごいっ!」
私が魔法の形を変えるたびに、ルルは目を輝かせて拍手喝采を送ってくれる。
人を殺せるかもしれない恐ろしい力なのに、彼女の手にかかれば、まるで手品か大道芸のように明るく肯定されてしまう。
私が少しだけむず痒いような、安堵したような気持ちになっていると、少し離れて観察していたルーシーさんが感心したように歩み寄ってきた。
「……素晴らしいですね。破壊だけでなく、対象を生かしたまま無力化する精密なコントロール。これなら護衛や捕獲の依頼も難なくこなせそうです。何より、この重力という物理的な干渉には、明確な属性の弱点が見当たりません」
ルーシーさんは、ペシャンコになった木屑と、地面に縫い付けられた木人を交互に見比べる。
しかし、彼女はそこでふと顎に手を当て、考え込むように目を細めた。
「ただ……一つ気になることがあります」
「気になること、ですか?」
「ええ。王国があなたの力を『魔法適性・星』と形容していた点です」
ルーシーさんの鋭い視線が、私の左目をスッと射抜いた。
「もし重力を操るだけなら、彼らも素直に『適性・重力』と形容するはず。にもかかわらず、わざわざ『星』というスケールの大きな言葉を使っている……。
これなら、重力の他にも『星』にまつわる何らかの魔法的特性が、あなたには隠されている可能性がありますね」
ルーシーさんのその的確すぎる考察に、私は思わず息を呑んだ。
「……実は、故郷の村にいた頃、星の力を感じ取って、重力魔法と組み合わせて土壌の改善をしていたんです」
「土壌の改善、ですか」
「はい。星の運行や微かな魔力の流れを読み取って、それに合わせて大地を重力で耕したり、土を柔らかくしたり……。おそらく、そういった星との結びつきも含めて『星』という適性で呼ばれているんだと思います」
私は少しだけ言葉を区切り、伏し目がちに続けた。
「……それと。もう一つ、自分でも認識している魔法の特性があるのですが……そちらは、払う代償が大きすぎるので、伏せさせてください」
未来視の魔法。
使うたびに私の五感を奪っていく、呪いのような力。
……これ以上の感覚を失うのは恐ろしい、できることならもう、使いたくはない。
私の言葉に、ルーシーさんは顎に手を当てて少しだけ考え込むように沈黙した。
詮索されるだろうか。
それとも、ギルドに登録する以上、能力の全容を明かすよう義務付けられるだろうか。
私が緊張で身を硬くしていると、やがてルーシーさんはふっと優しい微笑みを浮かべた。
「分かりました」
「え……いいんですか?」
「ええ。私たちギルドは、所属する冒険者に命や身体の『代償』を強いるような危険な魔法を使わせる依頼をお願いすることはありません。ですから、使わない魔法の情報は必要ないですね。全く問題ありませんよ」
ルーシーさんはそう言って、手元の書類の『備考欄』にさらさらと何かを書き足した。
「それに、土壌の改善ができるという情報だけでも十分すぎる収穫です。戦闘だけでなく、農地の開拓や復興支援の依頼でも活躍できそうですね。アストラさんは、本当に素晴らしい才能の持ち主ですよ」
あっさりと私の隠し事を受け入れ、さらに私の力を「素晴らしい才能」だと肯定してくれたルーシーさん。
「ほらね、お姉さん! ギルドの人たちはみーんな優しいんだから!」
ルルが私の腕にぎゅっと抱きつきながら、自分のことのように誇らしげに胸を張る。
その温もりに触れながら私は、感じていた重苦しい鎖が、また一つ解けていくのを感じていた。




