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星降るラストスタンド〜五感を代償にする魔女、最果ての村で愛され村娘にだめにされる〜  作者: R.D


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第8話 冒険者登録 黒い手紙の内容

「お姉さん、行ってみようよ!」


 ルルに手を引かれ、私たちは一番端の空いている受付カウンターへと向かう。


「あら、ルルちゃん。こんにちは。今日はどんな依頼を持ってきたの?」


 カウンターの奥に立っていたのは、知的な雰囲気を纏った赤髪の受付嬢だった。


 ルーシーという名札をつけた彼女は、ルルを見るとふわりと親しげな笑みを浮かべる。


「ルーシーさん、こんにちは!今日はね、お仕事の依頼じゃなくて、この魔女のお姉さんの冒険者登録をお願いしたくて来たんだ!」


「……魔女……、冒険者登録ね。なるほど」


 ルーシーさんは私の方へと視線を移し、受付嬢としての真剣な眼差しで、上から下まで私を観察した。


 血の跡が付いたブラウス、ボロボロの黒いローブに、焦点の定まらない両目。


 とても冒険者には見えない風貌《ふうぼう》だろう。


「分かりました。登録にあたって、何か身分を証明できるものはありますか?」


「えっ……身分証明……」


 私は言葉に詰まった。


 王国軍の追っ手から逃れるため、着の身着のままで文字通り崖から飛び降り魔法で自分もろとも吹っ飛ばしたのだ。


 身分を証明するものなんて、あるはずが――


「すみません。後ろから聞こえてしまって」


 不意に、背後からスッと静謐《せいひつ》な声がした。


 振り返ると、いつの間にか私たちの真後ろに、魔法使いのスイさんが立っていた。


「スイさん!?」


「偶然ですね、アストラさん。あの『黒い手紙』が、強力な身分証明になりますよ」


 スイさんは私の耳元でそうアドバイスすると、受付のルーシーさんに軽く会釈をした。


「では、私は自分の依頼報告を、席で待たせてもらいますね」


 そう言い残し、スイさんは音もなく人混みの中へと消えていった。


 相変わらず、魔法のように神出鬼没な人だ。


 私は言われた通り、ローブの懐を探り、あの忌まわしい手紙を取り出した。


 王家の紋章が赤い蝋で封印された、黒い封筒。


 それをカウンターの上にそっと置くと、ルーシーさんの目の色が微かに変わった。


「……なるほど。王国の『国家資産』接収令状ですね」


 ルーシーさんは封筒には触れず、ただ深く息を吐き出して、私を労わるように見つめた。


「よく生きて、ここまで逃げ切ることができましたね」

 

 その瞳はひどく優しく感じた。


「……この手紙で、身分証明になるんですか?」


 こんな得体の知れない黒く不吉な手紙、これが役にたつの?


「ええ、十分すぎます。この王家の紋章を模した黒い手紙は、製造が王国しかできず、偽装は不可能な紙でできています。なのでこれを持っているということ自体が、強力な身分証明書になります。


 加えて王国が直々に『国家資産』として認定し、軍隊を差し向けてまで欲しがるほどの才能。この手紙を持ってここまで逃げ切ること自体が、あなたが非常に優秀な実力の持ち主であるという何よりの証明なんです」


 ルーシーさんは、手慣れた動作でカウンターの下から一枚の真新しい羊皮紙《ようひし》を取り出し、私の前に置いた。


「身分は保証されました。あとは、ここに個人情報を記入してください。それで登録は完了です」


 差し出された羽ペン。


 私はそれを、恐る恐る右手で持ち上げようとした。


 ――しかし。


 触覚が失われている私の指は、羽ペンの細い柄をうまく掴むことができず、コロン、と木の上に転がしてしまった。


 ……ああ……。


 力加減が全く分からない。


 拾おうと手を伸ばしたけれど、それより早く、小さな手が私の右手をそっと包み込んだ。


「お姉さん、まだケガが治ってないんだから無理しちゃだめだよ。アタシと一緒に書こっか!」


「え……一緒に?」


 ルルは私の背後に回り込むと、私の右手に自分の右手を重ね、羽ペンをしっかりと握らせてくれた。


 私の指先には何も感じないけれど、彼女の温かい息遣いと体温がすぐ横から、心にじんわりと伝わってくる。


「はい、まずは名前と年齢!」


 ルルのリードに合わせて、ペン先が羊皮紙の上を滑る。


 『アストラ・リベリオン』 『20歳』


「次は住所!えーっと『ルルの家』っと」


「ちょ、ちょっとルル。住所って……」


「だって、お姉さんはこれからアタシの家に住むんだから、住所はそこでしょ? 連絡先として必要だよ!」


 有無を言わさぬルルの勢いと気遣いに押し切られ、私は苦笑しながらその文字を受け入れた。


「あとで、ルルちゃんの家の住所を書いておきますから、気にせずに次を書いちゃってください」


 促すようにルーシーさんが話す。


 そうして項目を埋めていき……ふと、ペンの動きが止まった。


「……ルーシーさん、ここの『魔法適性』と『備考』は、一体何を書けばいいんですか?」


「あぁ、そこはですね――」


 ルーシーさんが口を開きかけた、その時だった。


「あの黒い手紙を開けてみてください」


「っ!?」


 不意に、またしても真後ろから静謐《せいひつ》な声が響いた。


 振り返ると、依頼報告を終えたスイさんが、いつの間にか背後に立って羊皮紙を覗き込んでいたのだ。


「実はあの手紙の中には、あなたの魔法能力やパーソナリティを詳細に記したプロファイリングが同封されているんです。王国がどうやってそこまで調べているのかは、私にも分かりませんでしたが……それを書けば間違いありませんよ」


「えっ、そうなんですか……?」


「ええ。ですから、それを丸写しすれば――」


「ちょっと、スイさん!」


 パンッ、とルーシーさんがカウンターを軽く叩いて制止した。


 さっきまで冷静だった受付嬢が、少しだけ呆れたように眉を吊り上げている。


「アドバイスはありがたいですが、そういう案内は私の役目ですよ、スイさん!それに、今は個人情報を書いている最中なんですから、後ろから勝手に見ちゃダメです!」


「おや。これはこれは、申し訳ありません」


 ルーシーさんの勢いに怒られたスイさんは、全く悪びれた様子もなく、くすりと笑って軽く頭を下げた。


「では、私は今度こそ退散しますね。登録、頑張ってください、アストラ・リベリオンさん」


 そう言い残し、スイさんはまたしてもスッと人混みの中へ消えていった。


 スイさんが去った後、私は手元の黒い封筒に視線を落とした。


 息を呑み、赤い蝋の封印を割る。中から一枚の分厚い羊皮紙を取り出す。


 そこには、私の名前と共に『国家資産・接収対象個体査定表』と仰々しい題字が記され、六段階評価の冷たい数字が並んでいた。


【魔力出力:6+】【魔力量:6+】


【魔法適性『星』:6+】【魔法耐性:5−】


【物理強度:2−】【魔力自然回復力:4+】


 そして、その下には『運用局・特記事項』として、血も涙もない文章が綴られていた。


『本個体は、物理的強度は低いが、3つの項目で歴代最高値を更新。脆弱な肉体という器が割れる前に早急に確保し、固定砲台としての運用が推奨される。


 五感の喪失は魔法の純度を高める触媒となるため、治療の必要は認められない。固定砲台として運用した場合全感覚喪失までの推定期間は、一ヶ月と推測』


「……なに、これ」


 私の横で一緒に羊皮紙を覗き込んでいたルルが、震える声で呟いた。


 私にペンを握らせてくれている彼女の小さな手が小刻みに震え、次第にぎゅっと強い力を帯びていく。


「全感覚喪失ってなに……!治療の必要がないって、どういうこと!? お姉さんは道具じゃない! 人間なのに……こんなの、あんまりだよっ!」


 ルルの大きな瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。


 触覚はないはずなのに、私の冷たい右手に、ひどく熱くて温かい雫が落ちたのを感じた気がした。


 怒りと悲しみ。私自身でさえ「そういうものだ」と諦めかけていた理不尽に対して、ルルは自分のことのように本気で怒ってくれている。


 受付カウンターの向こう側では、ルーシーさんもまた、表情を険しくして羊皮紙を睨みつけていた。


「……吐き気を催すほどの悪意ですね。人間をただの魔力生成炉としか見ていない。王国から逃げ出してくる魔法使いはギルドでもたくさん見てきましたが、ここまで酷い査定表は初めてです」


 ルーシーさんはそう吐き捨てると、ふうっと深く息を吐き、いつものプロの笑顔を取り戻して私を見た。


「アストラさん。こんなゴミみたいな文章、丸写しする必要はありません。魔法適性の欄には『星』 備考欄には『A級相当の出力あり』とだけ書いておいてください。それで十分です」


「ルーシーさん……」 


「あとは、そうですね。ギルドの特記事項として『本人の意志を最大限尊重する』とでも追記しておきましょうか」


 ルーシーさんの粋な計らいに、私は言葉にならない温かいものを胸の奥で感じた。


「ほら、お姉さん! こんな手紙の内容なんて忘れちゃお!アタシと一緒に、お姉さんの本当のプロフィールを書くんだから!」


 涙を拭ったルルが、再び私の右手に自分の手を重ね、力強く羽ペンを握らせてくれる。


 王国に刻まれた冷たい数字の羅列ではなく、私が、私として生きていくための証明書。


 私は小さく頷き、ルルの温もりと一緒に、羊皮紙の残りの空白を埋めていった。

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