第7話 冒険者ギルド 聖国の二面性
「ここがアタシ達の街、ラストスタンドだよ」
その言葉と景色に圧倒されていた私を引き連れ、ルルは再びずんずんと石畳の小道を進んでいく。
「稼ぎ口を探すんでしょ?魔女のお姉さんに案内する場所は、やっぱりここかな!」
ルルが足を止めたのは、街の中央広場に面した、一際大きくて頑丈そうな石造りの建物の前だった。
入り口には、剣と盾、そして星をあしらった重厚な看板が掲げられている。
「ここは……?」
「『冒険者ギルド』ラストスタンド支部だよ! さ、入ろ入ろ!」
冒険者、ギルド。
どちらも、私の故郷や王国の書物では見聞きしたことのない単語だった。
ルルに手を引かれて中に入ると、酒場とはまた違う、熱気と活気に満ちた空間が広がっていた。
大きな掲示板の前に群がる武装した人々、受付のカウンターで羊皮紙をやり取りする職員たち。
左目の視界と左耳の音だけでその光景を観察していると、不意に大きな影が近づいてきた。
「よう、ルル。それに……おっ、昨日の病人の姉ちゃんじゃねえか。もう出歩いて大丈夫なのか?」
「あ、ビルおじさん! おはよう!」
昨日の夜、酒場で真っ先に酔い潰れていた大柄な男性、ビルさんだった。
今日は酒臭さもなく、使い込まれた革鎧を身に纏い、背中には身の丈ほどもある大剣を背負っている。その出で立ちは、歴戦の戦士そのものだ。
「おはようございます。あの、ビルさんはここで何を……それに、この『冒険者ギルド』というのは一体?」
私の問いに、ビルさんは少し驚いたように目を丸くし、それから「ああ、なるほどな」と顎を撫でた。
「お前さん、王国の出身か。じゃあ、この組織のことは知らねえのも無理はねえか」
ビルさんは、近くの空いている丸テーブルの椅子を引いて、私たちに座るよう促した。
「『冒険者』とは名ばかりでな。俺たちの基本任務は『民間人の保護』と『治安の安定』だ。薬草の収集から危険な魔獣の退治、要人の護衛……中には、国そのものからの要請で動くこともある」
「国からの、要請……?」
「おう。実はな、西の帝国、南の共和国、そして北の聖国……王国を除く三大国は、すべてこの冒険者ギルドと正式に契約を結んで、各街に支部を置いてるんだよ。俺たちギルドの人間が動くことで、国は軍隊を動かさずに治安を維持できるってわけだ」
その説明に、私は衝撃を受けた。
大陸のほとんどの国に根を下ろし、国家とも対等に契約を結ぶほどの巨大な民間武力組織。
そんなものが存在しているなど、王国にいた頃は欠片も教えられなかった。
「……どうして、王国にはギルドがないんですか?」
私がかすれた声で尋ねると、ビルさんは鼻で笑い、鋭い眼光を放った。
「簡単なことさ。王国の上層部は『力』を自分たちだけで独占しておきてえのさ。民間組織が武力を持つことも、他国の人間が自由に出入りすることも許さねえ。
すべての人間と才能を『国家資産』として管理するためにな。だから、お前さんやスイの奴みたいな才能ある魔法使いが逃げ出すハメになるんだ」
ビルさんの言葉は、王国の歪んだ実態を正確に突いていた。
情報を遮断し、恐怖で縛り付け、国民をただの「資産」として扱う国。
私がどれほど狭く、閉ざされた世界で生きてきたのかを、このギルドの喧騒が教えてくれているようだった。
「それに、このギルドの成り立ちを知れば、王国が警戒するのも無理はねえって分かるさ」
ビルさんは腕を組み、かつての歴史を紐解くように低い声で語り始めた。
「数百年前、昨日の夜にスイが話しただろ。聖国が周辺の組織や国を飲み込んで、残虐な『国取りゲーム』をしてた頃の話だ。
当時の聖国の第三王子が、戦争で国を追われたり失業した連中が溢れて、治安が悪化することを懸念してな。失業者たちに仕事を斡旋するための『箱』として、このギルドの原型を作ったんだ」
「仕事を、斡旋……?」
「ああ。例えば、大工みたいな職人が戦争の影響で職を失ったとする。最初のうちは、第三王子の権限で国の事業なんかを無理やり立ち上げてでも、ギルド経由で仕事を回して食わせた。
そうして生活が安定してきたら、今度はギルドを通さずに個人で直接働けるようにサポートしたんだ」
「どうしてですか? ギルドに所属させ続けた方が、国としては管理しやすいんじゃ……」
「ギルドを通せば、どうしても手数料の分だけ労働者が損をするからな。そこまで考えて、自立を促したのさ」
私は思わず息を呑んだ。
昨日は暴力で他国を捻り潰す狂気の宗教国家と聞いた。
しかしその裏では、敗戦国の民でさえも手厚く保護し、自立するまで徹底的に支援する緻密なシステムが構築されていたのだ。
「その手厚い保護のおかげで、聖国は侵略した先でも民衆から絶大な支持を得ながら領土を拡大していったってわけだ。
……だが、職人たちが自立してギルドを卒業していく中で、最後までギルドに残った連中がいた」
「それが……」
「結局、戦うことしかできない、戦いが本業の連中さ。そうして武力組織としての側面ばかりが色濃く残り、今の『冒険者ギルド』として再出発したんだよ」
圧倒的な武力と、民衆を味方につける狡猾で完璧な統治システム。聖国が大陸を揺るがす大国である理由が、痛いほど理解できた。
「……ここなら」
私は、自分の手を見つめた。
感覚はなくても、魔法を練り上げる力は残っている。
「ここなら、私にもできる仕事がありますか?」
王国に縛られない、自分の足で生きていくための仕事。
私の真剣な左目を見て、ビルさんは豪快に笑った。
「がははっ! 当たり前だ!成り立ちは今話しただろう?仕事を斡旋して自立できるまでサポートする。その信念は今も変わっちゃいないさ、そこの受付に聞いてみるといいぜ」
俺も仕事だ、それじゃあな!と外に出ていくビルさんを見送り私は受付カウンターを睨みつけていた。
「お姉さん、行ってみようよ!」
ルルのその一言で、自然と私は睨みつけた先へ進む覚悟ができた。




