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第七章 当主の責任

内部調査は二か月を超えた。


 そしてアーサーは、婚約問題が例外ではなかったことを知った。


 侯爵夫人は善意から、さまざまな例外を認めていた。


 長年仕えた使用人の息子が仕事で損失を出したとき、処分を軽くするため帳簿上の扱いを変更した。


 知人の未亡人が困窮した際には、正式な決裁を通さず侯爵家の倉庫から食料を送った。


 親しくしている貴族夫人に頼まれ、侯爵家の別邸を無償で貸したこともある。


 一つひとつを見るなら、悪事と呼ぶほどではない。


 むしろ事情を聞けば、多くの者が「そのくらいなら」と思うような内容だった。


 問題は、すべて同じ方法で処理されていたことだった。


 規則を曲げる。


 記録を残さない。


 責任者に報告しない。


 自分の裁量で例外を作る。


 そして、その考え方をアルフレッドも身につけていた。


 友人に侯爵家の馬を貸した。


 知人を会員制の狩猟場へ侯爵家名義で入場させた。


 支払いに困っていた学友のため、商会宛てに侯爵家の紹介状を書いた。


 どれも友人のためだった。


 本人に利益はない。


 賄賂を取ったわけでもない。


 だからこそ、アーサーには深刻に思えた。


 ある日の午後、彼は妻と息子を同じ部屋へ呼んだ。


 机には調査結果がまとめられていた。


「これを見て、どう思う」


 エレノアが最初に口を開いた。


「確かに、手続きが不十分だったところはあります」


「不十分?」


「ですが、誰かを助けるためにしたことばかりです」


 アーサーは息子を見た。


「お前は?」


「母上と同じです」


 アルフレッドは以前より慎重に答えた。


「今後は正式な手続きを取るべきだったと思います。ただ、悪意があったわけではありません」


 アーサーは目を閉じた。


 その言葉を、この二か月で何度聞いたか分からなかった。


「悪意」


 ゆっくりと目を開く。


「私は一度でも、お前たちに悪意があったと責めたか」


 二人とも答えなかった。


「悪人なら簡単だった」


 アーサーは言った。


「金を盗んだ。罰する。賄賂を取った。罷免する。それなら話は簡単だ」


 彼は書類の束を指で押さえた。


「お前たちは、善意なら規則を破っていいと思っている」


「そこまでは」


「思っている」


 声は低かった。


「相手が困っている。かわいそうだ。長い付き合いだ。今回だけだ。その言葉を使って、毎回誰か別の人間に負担を押しつけた」


 エレノアが顔を上げる。


「私は誰かに負担を――」


「リディアに劇場を見せるため、誰が席を失った」


 妻が黙る。


「アルフレッドの友人に馬を貸したとき、予定されていた訓練は誰が延期した。別邸を無償で貸したとき、維持費は誰が払った。帳簿を書き換えて使用人を救ったとき、損失はどこへ消えた」


 答えは必要なかった。


「善意には費用がかかる」


 アーサーは二人を見た。


「その費用を自分で払うなら、私は止めん。だが、お前たちはいつも他人に払わせた」


 長い沈黙が続いた。


 エレノアの指が膝の上で強く組まれていた。


「私は」


 夫人が小さく言った。


「侯爵夫人として、この家を守ってきたつもりです」


「分かっている」


 アーサーは答えた。


「だから、ここまで気づかなかった」


 その言葉に、エレノアは顔を上げた。


「お前が悪いとだけ言えば、私は楽だ」


 アーサーは椅子に深く座った。


「だが、家を任せたのは私だ。報告制度を作らず、印章の権限も曖昧にし、問題が起きなければそれで良いと思っていた」


 机の上に視線を落とした。


「侯爵家の信用を壊した責任は、当主である私にある」


「では」


 エレノアが息をついた。


「私だけを責めるのは――」


「責任が私にあることと、お前に職務を任せ続けられるかは別だ」


 夫人の顔から、わずかに血の気が引いた。


 アーサーは用意していた書類を取り出した。


「エレノア。離縁を申し入れる」


 アルフレッドが立ち上がった。


「父上」


「座れ」


「しかし」


「座れ」


 息子はゆっくり座り直した。


 エレノアは書類を見ていた。


 すぐには手を伸ばさなかった。


「私を追い出すのですか」


「相応の財産分与はする。実家へ戻る必要もない。王都に屋敷を用意する」


「そういうことを聞いているのではありません」


「分かっている」


 アーサーは妻の顔を見た。


「だが、侯爵夫人として家政の最終決裁を任せることはできない」


 夫人は何も言わなかった。


 やがて書類を手に取った。


 指先がわずかに震えていた。


 アーサーはそれを見ていたが、目を逸らさなかった。


 その日の夜、離縁書類への署名は行われなかった。


 エレノアは一晩考えたいと言った。


 アーサーは認めた。


 翌朝、彼女は署名した。


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