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青春ロッカーのラブコメ背信~現実はギャルゲーほど甘くない~  作者: 創華


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8/11

08.居座る女子高生

 沈黙を破ったのは俺だった。

「帰らないんですか?」

「どのタイミングで抜けていいのか、分からなくて」

 分かるかも。なんか帰るのが相手に失礼だと思ったりもするんだよな。

「別にいいっすよ、気にしなくて」

「そう、ですか」

 彼女は少し安心したように肩の力を抜くと、その場に腰を下ろした。

 距離は一メートル強。俺と同じく川を向くようにコンクリート壁に背中を預け、膝を立てた。違う違うそうじゃない。

 俺が言ったのは『気にせず帰っていいですよ』であって、『気にせずごゆっくり』ではない。

「シンさんは何でここで弾いているんですか」

 シンさんって俺のことだよな。だって、ここにギター弾いているシンって俺しかいねーもん。

 俺がここで弾く理由は中二の夏の夜に家でギターを弾いていたら木乃香に五月蠅いと言われたからだ。自分の家を侵食された挙句、母の形見のギターさえも弾けなくなる悲しみに嘆いた覚えがある。だけど、そんなことを、彼女に言えるわけがない。

「……なんとなく、ですかね。雄大な川が目の前に広がっていて、人気も少ないでしょ?」

 それと、川に突き刺さる二本の橋脚も好きだ。

「わかります。なんだか、落ち着きますね」

 落ち着く。そうそれだ。俺が言い表せなかったこの気持ち。

 頬を撫でる風も、川の流れる音も、目の前の景色も、同じように感じているはずなのに。

 彼女はそれを「落ち着く」と言葉にした。

 ああ、適切な言葉を選べる彼女が羨ましい。

 俺は言葉にならない感情をギターに乗せる。多分、俺がギターを弾く理由はそういうことだ。

 彼女を気にせず俺はギターに手をかけた。


 しばらく経っても彼女はまだ隣にいた。

 何を考えているかなんて俺には分からない。だけどこの場所を『落ち着く』と表現した彼女を無理やり返す気にはならなかった。

「なぁ、そろそろ帰らないのか? 門限とか夕食とかあんたにもあるだろう」

「私は詩織といいます」

 確かに、あんた呼ばわりは失礼だよな、すまん。木乃香がうつっちまった。

 俺は心の中で謝りながら彼女の方へ向いた。その横顔は川の流れかどこか遠くを見ているようだった。だけど、そろそろ配信の時間だ。

「シオリさんは、そろそろ帰らないんですか? 夜風が冷たいでしょ?」

「シンさんは私に帰ってほしいのですか?」

 うん、いろいろと言葉を取り繕ったけどぶっちゃけ帰ってほしい。

「いや、なんていうか、俺、これからネット配信するんだ」

「素敵ですね。ユーチューバーってやつですか?」

 彼女は柔らかに微笑み期待を寄せるようにこちらを向くが、ユーチューバーではない、音楽のリアルタイム配信者だ。

「そう、そんな感じ。シオリさんが映ったりしたら大変だし、ネット越しの観客としゃべったりして、少しうるさくなるからさ」

「別に構いませんよ?」

 こっちが構うんだよ。

「……あまりプライベートなことってさ。自分を知る人には聞かれたくないというか」

「恥ずかしいということでしょうか」

「そうそれ!」

 思わずシオリさんに指をさして同意しちゃったけど、恥ずかしいって言い当てられて俺は恥ずかしい。

 何なんこの子。ニコニコしてないで早く帰ってくれよ。

「別に恥ずかしがることないんじゃないですか?」

「いや、ハズいだろ」

「それは変に私を意識しているだけだと思いますよ?」

 変に意識するってなんだろう。

 たまたまここに居合わせた木乃香と同じ学校の生徒だと思っている。

「ネット越しの人と私の違いってなんですか?」

「……身体があるかないか?」

「いいえ違います。私がシンさんのプライベートに入っていく可能性があるかないかです」

「……確かにそうかもしれないな」

 意外と哲学的な問いと答えだったが、ネット越しの観客はその場で娯楽を消費し、俺に関わってくることはない。有名人とかになったらサインを求められたりするかもしれないけど、赤の他人が俺個人のプライベートに侵食してくるリスクは低い。だからプライベートを晒せるし、晒している。その一方で、身近にいる人間は配信での俺の赤裸々な心を知った時に俺を弄ぶ可能性があるのだ。

「私はただ聴くだけでシンさんのプライベートに関わらないと約束しましょう」

 勝手に約束と宣っているが、今この瞬間も俺のプライベートを侵食していると言えるのではないか。いや、ただそこにいるだけなら、プライベート侵食ではないと言えるのか?

 一メートル強離れていて、パーソナルスペースも確保されている。

 彼女は俺の心を察するのが上手いようだが、俺は彼女の柔和な笑みの下に何を思って何を考えているのか全く分からない。だから教えて欲しい――。

「なんで、そうまでして聴こうとするんだ?」

「シンさんの音色に私の心が解放されたからです」

「……意味が分からないな」

「私って普段あまりしゃべらないんですよ」

「……結構しゃべってんじゃん」

「私って、大人しそうに見えるでしょ?」

「まあ」

「綺麗だとか可愛いとか言われることも多いんです」

「それが何か?」 

 たしかに綺麗で可愛い部類かもしれないけど、『ありがとう』ってほどほどに捉えてればいいじゃん。それと守谷さんには遠く及ばないぜ。ついでに言っておくとシオリさんよりも木乃香の方がレベル高いと思う。

 ちなみに俺はリスナーから「カッコイイ」とか言われると普通に嬉しいし「イケメン死ね」なんてコメントも誇らしく思う。

「教室にいても、部活にいても、何処にいても有象無象から関心を示されてしまうんです。理想を押し付けられるのって結構辛いのですよ?」

「有象無象なんて、って、ああ、こういうことか」

 たった今、俺も彼女に理想を押し付けたと言うことだ。『見た目に反してなんだか口悪くない?』的なやつ。

「シンさんは好きでもない人から向けられる下卑た視線や気色の悪い好意というものは分からないかもしれませんが、女性というのはそういうものに敏感なんです」

 少し話がズレた気がしなくもないが、女性は視線に敏感っていう話もよく聞く。ソースはマイリトルシスター。だから俺は普段から木乃香や聡子さん、守谷さんへの視線には気を配っているわけだしな。

「まあ、それもよく聞くな」

 ちなみにシオリさんのスカートが木乃香と同じように腿丈だったら、つい何度も腿をチラ見してしまったと思う。そんなことより今日ほんのちょっと守谷さんの張った胸を見たことってバレてんのかな、だとしたらヤバい。

「だからそう言ったものは内心で『気持ち悪い』とぼやきながら、笑顔を張り付けて流すんです」

 彼女はにこやかに笑っている。

 ひきつった笑顔とかじゃないとさすがの俺も内心まで察することができない。

 会話が終わった後に『さっきの言動は気持ち悪かったかな?』って一人反省会するだけだ。

「だけど、シンさんは私に関心を示さないです」

「いや、そんなこともないけど」

 木乃香と同じ一高生だなとか、何となく聡子さんに似ているなとか思っている。

「きっと、私はネット越しの観客と同じ扱いなのでしょう?」

 どちらかというと、ガキンチョたちや、たまに声かけてくるおじさんおばさんと同じ扱いのつもりだが、彼女がここに居たがる理由が分かったかもしれない。

「つまり、下心を感じさせない俺に惚れたってことだな?」

「ち、違います! 変な誤解をしないでください!」

 思いのほか可愛らしい反応じゃないか。リアルオーディエンス。

 冗談はさておき、きっと彼女が言った『音色に心が解放された』ってのは、人から押し付けられる理想とか身勝手な好意とか。そういう鬱陶しいものが、この川の景色とギターの音に流されていったってことだろう。リスナーたちが俺の音楽を聴いて感動を表現するのと、案外似たような話なのかもしれない。だけど――。

「俺もシオリさんが気持ち悪いと思う有象無象の男子高校生なんだぜ?」

「それがどうかしましたか?」

「身近なところにシオリさんみたいな美人さんがいたら、そのうち下卑た視線や気色の悪い好意を向けると思う」

「それは普通ではないですか?」

 下卑た視線や好意を持たれるのが普通だなんて、慣れているのか自信家なのか。

 なんだか羨ましいな。俺も先ほどの崩れた反応が可愛らしいと思ってしまったし。

「普通以上だぜ。エロい目で見たりもすると思う」

「だけど、今は向いていません」

 本当に分かるものなのかな、その通りだが。

 だけど、やっぱり帰ってくれないのか。

「どうしても聞くってならさ、配信で見てくれない?」

「なぜですか?」

「誰もいないところに発言していると思われるとハズいから」

 俺の言葉はキャッチボールであって、虚言や独り言ではない。

「わかりました」

「リスナーとの下品な会話も多いんだ。内容に幻滅したら、帰ってくれていいから」

「わかりました」

「あと、カメラには絶対映らないで欲しい」

「わかりました」

「あと、物音は絶対立てないで欲しい」

「わかりました」

 こんなに細々としたことを言ったのに柔らかい笑みのままだ。

「シンさん。ハズくないです。シンさんの紡ぐ音、私は好きですよ」

 彼女らしくない略語。けれど、それ以上に真っすぐな言葉と綺麗な瞳だった。

「……あ、そう」

「ですから、気にせず始めてください。私はここで静かに聴いています」

「……アプリとチャンネル登録するからスマホ貸してくんない?」

 膝をついたまま俺に近づいてきた彼女は柔らかく甘い香りがした。

 俺は警戒心なく手渡されたスマホを淡々と操作する。

 出来れば配信の前に帰って欲しかった。


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