07.放課後の出会い
しばらく弾いているとガキンチョたちが歌うのをやめ少しざわついた。なんだよ、と思いつつ俺はそのまま曲を通しで弾き続ける。例え不格好でも最後までやりきるのが俺のポリシーだ。弾き終えた後にあったのはまばらな拍手と報告。
「おいシン! お前の彼女が来たぞ!」
俺に彼女はイネーヨと思いながら、ガキンチョ共の方を見ると4人目の観客がいた。膝丈の青いチェックのスカートに紺のブレザー。風に靡く黒い長い髪、義姉と同じ学校の生徒だ。顔つきは木乃香ほどきつくなく、どちらかといえば聡子さんに近い印象だった。
「珍しいな、一高生が河原に、しかもここにわざわざ来るなんて」
「子供たちがギターに合わせて歌っているのが聞こえたから覗きに来たんです」
物腰もやわらかそうだが、半分も答えてないなそれ。音を聞いて来たのは分かったが、そもそもこの辺を歩いていた理由は分からない。この場所は一高からも土手の散歩コースからも少し外れている。
「この女の人シンの彼女か!?」
「チューしろチュー!」
「ギャハハハハ」
俺が小五の時はもっと慎みがあったぞ。思わずため息が漏れる
彼女の優しげな表情に変わりはない。俺と同じく大人だ。
「お前らと同じただの観客だよ」
ガキどもはニヤニヤと楽しそうにしている。
「またまた~」
「たまたま~」
「こんなところに偶然居合わせることあるぅ?」
ガキンチョ共の好奇心は既に俺ではなく彼女の方に向いていた。彼女も可哀相に俺と同じくガキンチョ共の娯楽の獲物だ。
「ええ、偶然ですよ。曲に合わせて歌うあなたたちの声が楽しそうだったから来たんです」
「えっ! お姉さんシンじゃなくて俺たち狙い?」
「そういうのショタっていうんだよ!」
「ちなみに俺らの中で一番のタイプは?」
最近の小学生ってすごい。なんていうか、Fランの大学にすぐに馴染めそう。
俺は綺麗なお姉さんにそんなふうに声なんてかけれない。
「私のタイプは物静かな人です」
「「「うわ~俺たち全滅じゃん」」」
ワロス。お前らは騒がしいからな、人生楽しそうで嫌いじゃないけど。
「大人しそうな人だから勢いで行けると思ったのに!」
「クッソ美人なお姉さんに振られた。まあ俺の姉ちゃんのほうがクッソ綺麗だけど!」
「シイイインッ! なんでもいいから俺たちを慰める曲弾いてぇぇぇ!」
まったく、喧しいガキンチョ共だぜ。
「しゃーねえな」
俺は弦を抑えて激しくギターを鳴らした。
――ジャジャジャジャーン。交響曲第5番ハ短調『運命』
「「「ふざけるな」」」
ガキンチョ共の突込みに被せるようにクスリと彼女の漏れる声が聞こえた。
そちらを振り向くと口を隠し、顔を俯かせ隠すように背けられた。
「ショックなのは最初だけさ。お前らは黙って聞いとけ」
この曲は悲劇のようなメロディから交流のような優雅さを経て喜劇のようなメロディーに変わっていく。
そして早く活き活きとした疾走感と躍動感はギターととても合う。
思い浮かんだ曲を選択しただけだが、意外と今日という日には適した選択かもしれない。学校で『運命みたいね!』と彼女に声を掛けられた時のフレーズが眩い明るい笑顔と共に頭の中でリフレインしていく。
手が攣りそうになりながらも、おおよそ七分の第1楽章:アレグロ・コン・ブリオが終わった。
ギターのあったのは四人の笑顔と拍手。
「からかわれたのかと思ったけど感動した!」
「ギターのクラシックってクソカッケーよな」
「シン! 他のクラシックもギターで弾いて!」
ガキンチョ共は単純だな、もう振られたことを忘れている。
俺は守谷さんに振られたら、たったの数分で忘れることなく、一生引きずると思うぜ。
さて、リクエストに応えて次はトッカータとフーガ イ短調へのアレンジでも弾こうか。
喰らえガキンチョ共!
ポロリーン。ポロリロリンローン。
「「「ふざけんな!」」」
ガキンチョ共の突込みに、噴き出して笑った音がした。
すぐに彼女を確認するが顔を背けられてしまったせいで、どう表情を変えたのか見られなかった。
「これ鼻から牛乳の奴だろ!」
「俺らが振られたショックを抉るな!」
「これもクラシックなのか!?」
「お前らもバッハくらい知ってるだろ、いい曲だから静かに聞いてくれ」
印象的な旋律を、一本一本の弦を確かめるように響かせる。トッカータは音を探るように始まり、急速な音の重なり合いが重厚さと切なさを醸し出す。フーガは心地よく目の前を流れる川に身を任せるように音楽に浸れる。既に俺は目を閉じていた。中世の貴婦人が吟遊詩人を追いかける姿が浮かぶ。
だが、いつの間にか追う者と追われる者は入れ替わり、最後には吟遊詩人が彼女の手を取って物語は幕を閉じた。
拍手のあとに騒がしさが戻ってきた。
「シンすげー!」
「さすシンだぜ!」
「外国にいる感じした!」
「俺もヨーロッパの建物が見えた!」
「俺も教会が見えた!」
「俺は外国のロマンスが見えた!」
「「なんだそれ」」
ガキンチョ共がゲラゲラ笑う。別に何を感じたっていいさ。
河原に夕焼け小焼けの無線チャイムが流れ始めた。
「あ、まだ明るいのにもうこんな時間だ」
「お前もう帰るの?」
いいぞ、はよ帰れ。
「俺んち今日カレーだから」
「いいなー俺んちもカレーだったりしねぇかなー」
「うわ~なんか腹減ってきた。帰ろうぜ!」
「「おう」」
「じゃあなシン!」
「また弾けよ!」
「あばよっシン!」
「へーへー」
嵐のように去っていくガキンチョ共に手をひらひらとさせる。
残ったのは嵐のあとの静けさと一人の女子高生。えっ、帰らないの?




