10.リアルリスナー
「配信はまた明日の七時から九時過ぎくらいまでの予定な、お前らのリクエスト待ってるぜ! そいじゃあアディオス!」
プツリと配信を切って、一息ついた。
隣にはシオリさん膝立てて座っている。
何を思ってか、配信を終わった後も横にしたスマートフォンをまだ見ていた。
たしか数秒間リスナーたちはコメントを打てるんだっけ。
「どうだった?」
彼女のビクッと肩が跳ねたような気がする。
思わず声を掛けてしまったが、これは俺のプライベートに立ち入って良いという許可をしてしまったことになるのだろうか。
物理的距離は遠く心が近いリスナーと、物理的距離が近いけれど心に壁を設けて接してきた人たち。そしてそれらと異なる第三者である彼女。俺はネット越しではないリアルリスナーのシオリさんにどう接したらいいのか、いまいち距離感が掴めなかった。
途中で帰ってないし、表情も歪に引きつったりしてないことに軽い安堵を覚えた。
「新しい世界が見れました。ありがとうございます」
「新しい世界ってリアルタイムの配信文化のこと?」
「それもありますが、人の物語に立ち会えたことに感動しています。この感覚は小説を読むことに似ていますね」
「そっか、リスナーの話も俺の話も人の人生だからな」
「はい。熱がありとても面白かったです」
俺はギターを弾いて配信しているときに熱をぶつけているし貰ってもいる。
なんだか、それを知っている人が目の前にいると思うと急に恥ずかしさが込みあがってきた。
この熱は少し冷たい夜風を浴びても冷めない。
目の前にはいつもの景色。雄大な利根川。
いつものように片づけ始めるが、自分の心音がやけに大きく聞こえる。
時折響いていた電車の音が今はない。
そわそわとした空気をあじわいながら、機材を片し始めた
「あの」
「ん?」
「途中で音を立ててしまい、すみませんでした」
「そんなこと、別に気にしてないぜ。俺が大きな声出したから驚いたんだろう?」
「い、いえ。入り込んでいた世界から現実に戻された感じでした」
「寝ているときに身体がビクッってなる感じ?」
「少し違います」
「そっか」
「シンさんは小説を読んだり、ドラマを見ることはありますか?」
手を止めて、普段の生活を思い出すが、休日や寝る前にスマホで動画を見るくらいだった。
「ドラマはたまに見るかな」
「ドラマを見ているときに電話がかかってきた感じです」
「なるほど」
シオリさんって普段しゃべらないって言っていた割によくしゃべるよな。
後、ジロジロと観察されている気がする。
「なあ、明日も来たりするの?」
「来て欲しいですか?」
「いや、来て欲しいわけじゃない。むしろ来ないで欲しい」
「随分と遠慮のない物言いですね。悲しくなってしまいます」
くしゃりと柔和な笑みがつぶれた。
「……来ないで欲しいっていうのは言い過ぎたかも、ごめん」
謝れた俺偉い。
「ええ分かっています。ハズいのですよね」
さっきの悲しみはどこに行った。それとそんな意地悪な笑顔するとは思ってもいなかった。
「そうハズいからだ」
「変に私を意識して?」
「もしかしてシオリさんって俺を揶揄ってる?」
「すみません。ちょっと楽しくて」
「プライベートに関わらない約束だっただろ?」
「関わってないですよ。私はリスナーさんと同じく音楽とお話を聞いているだけです」
「なんか腑に落ちないんだが」
「腑に落ちないのはですね、私がシンさんの使い分けている顔を知っていて、シンさんが私の使い分けている顔を知らないからですよ」
「なるほど」
「私だけシンさんを知っているのは不公平かもしれませんね」
「そんなこともない。リスナーは俺のことを知っているけど俺はリスナーの事を知らない」
「だけど私はここにいて、あなたのプライベートに立ち入る可能性を孕んでいます」
シオリさんが俺のことが好きだなんて己惚れることはないけど、何となくわかったことがある。
「なあ、もしかしてだけどさ、シオリさんって俺に自分のこと話したいの?」
「んえっ……」
そんな顔もするのか。お淑やかな最初の印象からどんどん変わっていく。
すぐに取り繕われてしまう点が難点だが、リアルリスナーって反応がその場でわかるのは面白いかも。
「……シンさんって空気を察するのがお上手ですね」
「まあな」
リスナーのコメントを拾っていれば、言葉の裏くらいは何となく分かる。複雑な家庭事情ならなおさらだ。彼女は自由にコメントを飛ばすリスナーに感化されたってとこだろう。
「どしたん? 話きこっか?」
「んふふ。それでは少し聞いてください。私が今日ここに来てしまった理由を」
「帰りながらな」
「はい」
彼女はにこやかに小さく頷いた。決して作ったような笑みではなかった。
俺たちは利根川から駅の西口方面に向かって歩きだした。東口方面には彼女の通う一高と俺の通う二高があるし、守谷さんが使用しただろうカラオケ店もあるからだ。
最も駅のショッピングモールは西口側なので、学生と鉢あう可能性がある点はやむを得ないが、守谷さんとばったり会ってしまうよりかはましだと思った。
「私は文芸部に所属しているんです」
「ふーん。それが何で河川敷に来ることにつながるの?」
「まあまあ、せかさずに聞いてください」
そうだね、話聞くって答えを催促することではないもんね。
「ああ、悪い」
「ちなみに文芸部所属ですが、詩の詩に、織物の織で詩織です」
「本に挟む方じゃないってことか?」
「そうです。そちらも文学的で素敵ですけどね」
「へえ、まあ詩織って名前もよく合ってんじゃね?」
「はい。私らしくて、とても気に入っています」
名前からも人柄って出るからな。
「そして、私は大人しくって綺麗なので、文芸部の男子からモテてしまうんです」
ブフッ。いきなり笑わせんな。
「笑いました?」
「笑ってない。続けてどうぞ?」
「だけど男子は私のことを好きなんじゃないんです」
「モテるのに好きじゃないってどういうことだ?」
「男子は自分の理想的な女子が好きなだけなんですよ」
ふむ、俺は守谷さんを理想化してしまっているのだろうか。可愛いし気立て良くって明るくって最高なのは事実だ。非の打ち所がない。隣の席で授業のペア組んだ時だっていろいろとカバーしてくれて何度も助けられた。つまり、優しい。それなのに、俺が理想的としているってだけで、実際は守谷さん自身を見ていないということなのか?
「シンさん、話聞いています?」
「ん、あ、いや、上の空だったかも、つまり詩織さんは文芸部の男子が理想とする女子ってこと?」
「そうだと思います」
まあ、美人でお淑やかだし、頑張れば手が届きそうな感じが男心擽るのは分かる。
「……そして、文芸部の女子からは目の敵にされていると思います」
「それはナチュラルに人を見下しているのがバレたんじゃね?」
「いいえ、バレてません」
やっぱり、見下しているんだ、お淑やか仮面の擬態を見破る俺ってすごい。
「上辺でにこやかに会話は成立しますが、『男子に人気のある私』を嫌っていることがわかります」
「そうなのかなぁ、俺の隣の席の子は男子にモテモテだけど、女子からも好かれていると思うぜ」
主観の域を出ないが、守谷さんを嫌う女子はいないはずだ。
「そういう部類の人もいるかもしれませんが、私は違うのです」
まあ、守谷さんと詩織さんは確かに違うな。
「そっか」
「そうです」
「じゃあ、文芸部はカオスな雰囲気になるってこと? 詩織さんが行くと」
「その通りです。なので私は最小限でしか文芸部に行っていません」
「ふーん」
「その代わりに図書館に行きます」
「ああ、だからこっち側に来てたのか」
確かに川の近くに図書館がある。まあ、川沿いの散歩コースを歩く理由にならないけど。
「お察しの通り、今日はやっていませんでしたけどね」
「あ、そうなの。俺は何も察してないぜ」
「月曜日って図書館お休みなんです」
ンふっと鼻から息が漏れた。頭よさそうなのにな。
「笑いましたね」
「ちょっとだけな」
「いつもと違うことがあると、当然のことを忘れて行動してしまうことってありますよね」
「わかる」
今日は春休み明けの始業式だったしな。
「最初は部室にいたんです。だけど、割と人が集まってきてしまって、息苦しくなって、図書館に向かったんです」
「ああ……」
たぶん、本に集中できなかったんだろ、自分に関心が向いているような気がして。
「目当ての図書館がやっていなかったから、駅に戻って帰る。そんなのつまらないと思いませんか」
「まあ、わからなくもない」
「ちょっと気晴らしに遠回りしようと思ったんです」
「なるほどなー」
「そしたら音楽と大きな歌声が聞こえてきて」
ガキンチョ共って声大きいもんな、そしてここからは俺でもわかる。
「俺たちは運命の出会いを果たしちまったわけか」
もちろん冗談。だけど彼女と出会って最初に引いた曲は『運命』だった。
それと少し揶揄って、また顔を崩した彼女が見たかった。
「いいえ、『たまたま』です」
残念ながら彼女は微笑みを張り付けて俺を見ていた。
だけど、その返しに俺がたまらず声を漏らすように笑うと、彼女も声を漏らして笑った。




