第五話 哀しい日のためのラブレター
彼女を見送って家へ戻ると、部屋は朝のままだった。
洗い籠に伏せた茶碗。椅子の背に掛けた上着。
修一は魔法瓶を流しの脇に置いた。
ポケットから紙を出し、机に広げた。
折り目のところで、二人の字が少し重なっていた。
携帯が鳴った。
《今日は、来てよかったです》
続いて、窓枠の写真が届いた。
端に修一の指が写っていた。
窓の中には、劇場の何もない壁が見えた。
《これからも、安心して話せると嬉しいです》
修一は椅子に座った。
その文をもう一度読んでから、返事を書いた。
《私も、話せてよかった。四角い鳥も、見つけたら見せて》
送り、机の紙に目を戻した。
紗季が、帰ってから書きたいと言っていた余白があった。
夜、紙の写真が届いた。
紗季は自分の帳面に書き写していた。
縦書きの便箋ではなく、横罫の入った、いつもの稽古の帳面だった。
先生が、好きだと言ってくれた。
嬉しかったけれど、同じ言葉を返せなかった。
それでも、最後まで話せた。
次に何かあったら、話したいと思った。
修一は手を止めた。
紙の上で、彼女がまだ話していた。
《ここまでで、今日は眠くなりました》
少し後に、もう一通。
《先生も、書いてくださいね》
修一は鉛筆を持った。
今日は、君の話を聞けてよかった。
ここへ来てくれたことが嬉しかった。
帰り道に、やっぱり少し寂しくなった。
でも、また話せると思って、帰ってきた。
書き終えると、胸の奥が熱くなった。
見せるには、少し恥ずかしかった。
読める角度で写真を撮り、送った。
紗季から、小さな花の絵が届いた。
それからしばらく、便りが行き交った。
四角い鳥は、なかなか見つからなかった。
代わりに、潰れた丸いパンの写真が来た。
修一は、劇場の床から出てきた、古い切符を送った。
閉館の日、紗季は仕事で来られなかった。
修一は戸締まりを済ませた玄関を撮って送った。
夜になって、長い返事が届いた。
次に会うまで、ひと月近くかかった。
その次は、もう少し空いた。
劇場がなくなると、修一にも別の仕事が来た。
紗季は昼の稽古へ通い、家では夕食を作り、買い忘れたものを帰り道に思い出した。
洗濯物は毎日出た。
電話の充電は、ときどき切れた。
短い便りにも、返事があった。
明日にしようと思う夜が増えた。




