第四話 小さい窓
帰りの汽車まで、まだ少し時間があった。
二人で劇場へ寄った。
客席の後ろ半分は、もう床板が見えていた。
紗季は入口で立ち止まった。
「こんなに広かったんですね」
修一も、初めて見る場所のように眺めた。
舞台の端には、窓枠が置いてあった。
「これ、どうするんですか」
「欲しいかと思って、取っておいた」
紗季は近寄り、指を沿わせた。
何層もの塗料が、夕方の光を受けていた。
「持って帰りたいけど」
両手で幅を測り、自分の鞄を見た。
「うち、置くところがないです」
「そうだろうな」
修一は、思ったより素直に笑えた。
「断るの、悪いなって思った?」
「ちょっと」
「取っておいただけだよ」
紗季はもう一度、窓枠に触れた。
「写真、撮ってもいいですか」
修一が壁から離して支えると、彼女は携帯を向けた。
「先生、手が入ってる」
「手を離したら倒れる」
「じゃあ、そのままで」
シャッターの音がした。
駅までの道を、並んで歩いた。
金物屋は雨戸を閉めかけていた。
紗季は焼き菓子の店を覗き、修一は立ち止まって待った。
「帰り、何時になるんだ」
「七時くらいです。今日は、遅くなるって話してあります」
修一は頷いた。
自分の知らない家の食卓が、遠くに一つある。
胸のあたりに、小さく硬いものが触れた。
彼は魔法瓶の袋を持ち替えた。
駅前の横断歩道で、信号が変わった。
渡った先で紗季が言った。
「次は、片付けが終わってからですね」
「終わったら、ここにはいないよ」
言ってから、言葉が足りなかったと気づいた。
「劇場には、という意味」
「分かってます」
紗季は笑った。
「でも、今、ちょっと寂しい言い方でした」
修一も笑った。
「そうだな」




