第三話 次の便り
コップが二杯目になると、話す速さが変わった。
言葉の間に、外の風の音が入るようになった。
「これから、会いたくなったら、連絡してもいいですか」
紗季が尋ねた。
「いいよ」
「私から、行けそうな日を幾つか送ります。
先生も、都合のいいところがあれば」
修一は頷いた。
「この前、変なパンが売ってたんです」
「また魚みたいな?」
「今度は四角いのに、鳥って書いてあって」
「四角い鳥」
「送ろうと思ったんです。
でも、こんなこと送っていいのかなって」
修一は目を伏せた。
話してほしかったことは、そういうことだった。
「見たかったな」
「次、あったら送ります」
紗季は、空いた菓子の包みを鞄へしまった。
「私、どう話せばいいか分からないと、黙っちゃうんです。
うまく言おうとしてる間に、時間が経って。
それで、もっと話しにくくなって」
修一は上着の内側に触れた。
紙の角があった。
「私は、分からないところを、勝手に書き足す」
「何をですか」
「相手の気持ち。大抵、あまりよくない方へ」
紗季は頷きかけて、修一を見た。
「じゃあ、聞いてください」
「聞いてもいいのか」
「答えにくかったら、そう言いますから」
修一は、手をポケットから出した。
「君も、私の言い方が変だったら、聞いて」
「先生、時々、舞台の人みたいなこと言いますもんね」
「舞台の人だよ」
「そうでした」
紗季が笑った。
修一は、彼女からの便りを待つ自分を思った。
今日話したからといって、急に待つことが上手になるわけではない。
返事がなくて、また携帯を伏せる夜もあるだろう。
「寂しくなることは、あると思う」
口にすると、紗季の笑みが少し静かになった。
「その時は、寂しいって言ってもらえたら」
彼は頷いた。
「すぐに会えないことも、あるけど」
「うん」
修一は窓の外へ顔を向けた。
街路樹の枝に、葉が一枚だけ残っていた。
風が来るたびに、裏側が白く光った。
壁の時計を見て、修一は魔法瓶の蓋を閉めた。
紗季はまだ座っていた。
「先生、今日話したこと、忘れちゃうと思いますか」
「全部は、覚えていられないだろうな」
「私、また、うまく話せなくなるかもしれないです」
修一は、テーブルの小さな水の輪を見た。
コップを持ち上げれば、そこに跡がある。
しばらくすれば、乾く。
「私は、君が話してくれたことより、自分が寂しいことばかり考えるかもしれない」
紗季は頷いた。
「今は、こんなに喋れるのに」
修一は上着の内側から、折った紙を出した。
朝まで考えていたことが、細かな字で書いてあった。
紗季が覗き込んだので、少し照れた。
「話す順番まで、考えてた」
「順番通りでしたか」
「最初から違った」
修一は紙を裏返した。
「今日のことを、ここに書いておこうか」
紗季は鞄からペンを出した。
修一は、何を残すか考えた。
次に会う日や、便りの回数が浮かんだ。
それから、電話の向こうの、紙をめくる音を思い出した。
寒いところだと、右手が痛むでしょう。
椅子を二脚、用意してもらいました。
声にしながら書くと、紗季が笑った。
「それ、私が言ったことばかり」
「嬉しかったんだよ」
修一は鉛筆を置き、紙を彼女の方へ向けた。
紗季はしばらく眺め、少し離れたところに書いた。
今日は、話せてよかった。
そこで止まった。
「それだけ?」
「まだ、考えてます」
修一は黙って待った。
紗季は下へ書き足した。
先生が、もう少し聞かせて、と言ってくれた。
うまく説明できなくても、話してよかった。
四角い鳥の話も、聞いてくれた。
修一はその字を読んだ。
自分が言ったことが、彼女の字になっていた。
「ここ、私が帰ってから書いてもいいですか」
紗季は空いたところを指した。
「いいよ。まだ余ってる」
日付を入れ、二人で写真を撮った。
紗季は画面を拡大して確かめた。
「先生の字、読みにくい」
「今日なら、まだ読める」
「じゃあ、今日中に直してください」
修一は鉛筆を持ち直した。




