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『役立たずと追放された「魔力譲渡」スキルの俺、実は美少女騎士団の「聖魔力源」だった件』  作者: 常陸之介寛浩 本能寺から始める信長との天下統一


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第7話『聖魔力源、それは失われた王国の秘宝級スキル』

 白銀聖騎士団の訓練棟に、朝から妙な札が掛けられていた。


『魔力適合検査中につき、関係者以外立入禁止』


 そこまではいい。


 問題は、その下に小さく追記されていた文字だった。


『見学希望者はリーネまで。差し入れ歓迎』


「……おい」


 レオンは札の前で立ち止まり、横にいたリーネを見た。


 リーネはにこやかに首を傾げた。


「どうかしましたか?」


「関係者以外立入禁止って書いてあるよな」


「はい」


「なのに見学希望者を受け付けてるのは、どういう理屈なんだ」


「見学許可が出た時点で、関係者になります」


「理屈が強引すぎる」


「騎士団では、柔軟な運用も大切ですから」


 リーネは穏やかな顔で言い切った。


 この人、優しい顔をしてたまに押しが強い。


 レオンはそう学び始めていた。


 訓練棟の中に入ると、すでに数名の団員が並んでいた。


 その手には小さな菓子包みや、温かい茶の入った水筒。


 完全に検査というより、順番待ちの診療所兼お茶会だった。


「あ、レオンさん、おはようございます!」


「今日もよろしくお願いします!」


「昨日、肩を整えてもらった子、夜よく眠れたそうです」


「私も腰の魔力詰まりを見てもらいたくて」


 次々に声を掛けられる。


 昨日までは遠巻きに見ていた団員たちが、今日はずいぶん距離を詰めてきている。


 ありがたい。


 ありがたいのだが、近い。


 全員が美少女騎士で、訓練着姿で、しかも期待に満ちた目でこちらを見てくる。


 元冒険者パーティーで「役立たず」と呼ばれていた男には、なかなか刺激が強かった。


「レオン」


 背後から低い声がした。


 振り返ると、セリアが立っていた。


 白銀の軽鎧姿。


 朝の光を受けた銀髪が、淡く輝いている。


 凛々しい。


 文句なしに凛々しい。


 ただし、その視線はレオンの周囲に集まる団員たちへ向いていた。


「検査の順番は決まっている。勝手に距離を詰めるな」


「団長、距離ってどれくらいまでですか?」


 団員の一人が真面目な顔で聞いた。


「三歩以上だ」


「団長は昨日、一歩以内でした」


「私は治療枠だ」


「ずるいです」


「ずるくない」


「団長特権ですか?」


「必要な治療だ」


 セリアの声はきっぱりしていた。


 しかし耳が少し赤い。


 それを見て、ミラが横からぼそっと言う。


「団長、最近その言い訳だけで押し切ろうとしてますよね」


「言い訳ではない。事実だ」


「はいはい、治療治療」


「ミラ、訓練後に槍の型を二十本追加」


「すぐ増やす!」


 騎士団員たちから笑いが漏れる。


 レオンもつられて笑いかけた時だった。


 訓練棟の奥から、エルザが現れた。


 いつもの記録板ではない。


 今日は古びた分厚い本を抱えている。


 革表紙には、王国古語の紋章。


 ただの資料ではないと、一目で分かった。


「団長。王立魔導院からの回答が届きました」


 その一言で、空気が変わった。


 セリアの表情もすぐに引き締まる。


「早いな」


「昨日、私が提出した魔力反応記録を見て、向こうが急いだようです」


「何と?」


「結論から言うと」


 エルザは一度、レオンを見た。


「レオンさんの能力は、既存の《魔力譲渡》ではありません」


 訓練棟が静まり返った。


 昨日も似た話は出ていた。


 だが、王立魔導院の回答となれば重みが違う。


 王国中の魔法研究者、鑑定士、古代魔術の専門家が集まる機関だ。


 その彼らが否定した。


 レオンの力は、ただの外れスキルではないと。


「……じゃあ、何なんだ?」


 レオンは自分の手を見ながら言った。


 エルザは本を開く。


 古い紙の匂いがした。


「古代王国時代の記録に、類似する力が存在します。名称は《聖魔力源》。聖女、聖騎士、神官戦士など、聖属性を持つ者たちの魔力を回復・修復・増幅する希少能力」


「昨日の仮称、そのままだな」


「はい。仮称が正式名称に近かったようです」


 ミラが目を丸くする。


「え、じゃあ本当に聖魔力源なの?」


「記録上は、ほぼ一致します」


「なんか急にすごそうになったわね」


「元からすごかっただろ」


 レオンが苦笑すると、ミラは少し気まずそうに視線を逸らした。


「それは……まあ、認めるけど」


「認め方が不器用だな」


「うるさい」


 リーネは本のページを覗き込み、驚いたように息を呑んだ。


「これ……古代王国の聖女騎士団の記録ですか?」


「はい」


 エルザは淡々と頷いた。


「当時、聖女騎士団は魔王種との長期戦で魔力回路を損傷した。その時、唯一彼女たちを戦線復帰させた存在が《聖魔力源》と呼ばれる者だったそうです」


「聖女騎士団……」


 セリアが低く呟く。


 白銀聖騎士団の源流とも言われる、古代王国最強の女性騎士団。


 伝説の中の存在だ。


「ただし、記録は途中で途切れています」


 エルザが続ける。


「《聖魔力源》は極めて希少で、最後に確認されたのは二百年以上前。王国では失われた秘宝級スキルとして扱われています」


「秘宝級……」


 レオンは思わず乾いた笑いを漏らした。


「昨日まで役立たずだったのに、急に秘宝って言われても困るな」


 その言葉に、セリアが静かに首を横へ振った。


「昨日まで役立たずだったのではない」


「え?」


「昨日まで、誰もお前の価値を見なかっただけだ」


 訓練棟の空気が、少しだけ柔らかくなる。


 レオンは返事に詰まった。


 セリアはすぐに視線を逸らす。


「……事実を言ったまでだ」


 ミラが小声で言う。


「団長、最近そういうこと自然に言いますよね」


「何がだ」


「レオンが照れるやつ」


「照れてない」


 レオンとセリアが同時に言った。


 団員たちが一斉に笑う。


 ミラは勝ち誇った顔をした。


「ほら、息ぴったり」


「ミラ」


「はい、黙ります」


 笑いが広がる。


 だが、その笑いは長く続かなかった。


 訓練棟の扉が、強めに叩かれたからだ。


「白銀聖騎士団長セリア・ヴァルフレア殿に、王立魔導院より使者が参りました」


 外から職員の声が響く。


 セリアの表情が硬くなった。


「早すぎるな」


 エルザが頷く。


「回答と使者が同時に来たと考えるべきです」


「つまり、向こうは最初からレオンを見に来るつもりだったわけか」


 ミラの声が少し尖る。


 リーネも心配そうにレオンを見た。


「レオンさん、大丈夫ですか?」


「大丈夫……と言いたいところだけど、正直よく分からない」


 秘宝級スキル。


 失われた力。


 王立魔導院の使者。


 話が急に大きくなりすぎている。


 昨日まで、冒険者ギルドの酒場で追放されていた自分とは思えない。


 セリアが一歩、レオンの前に出た。


「心配するな」


「セリア?」


「お前は白銀聖騎士団の専属職員だ。魔導院が何を言おうと、本人の意思なく連れていくことはできない」


「連れていくって、そんな大げさな」


 レオンが言うと、エルザが静かに答えた。


「大げさではありません。秘宝級スキル保持者は、過去に王国管理下へ置かれた例があります」


「……それ、かなり大事じゃないか」


「はい」


 エルザは平然としている。


 レオンは額を押さえた。


 ミラが槍を肩に担ぐ。


「大丈夫よ。無理やり連れていこうとしたら、私が足を止めるから」


「それはそれで問題になるだろ」


「王立魔導院の使者くらい、足だけなら刺してもいいんじゃない?」


「よくない」


 リーネが苦笑しながらミラを止める。


「穏便にいきましょう。まずは話し合いです」


「リーネは優しすぎるのよ」


「でも、必要なら私も結界は張ります」


「意外とやる気!」


 リーネはにこりと笑った。


 その笑顔の奥に、絶対に譲らない芯がある。


 レオンは胸の奥が少し温かくなった。


 まだ騎士団に来て数日しか経っていない。


 それでも、彼女たちは自分を守ろうとしてくれている。


「ありがとう」


 レオンが言うと、セリアが振り返った。


「礼を言うのはまだ早い。これから面倒な相手を迎える」


「面倒なのか?」


「王立魔導院は優秀だが、研究対象を見つけると目の色が変わる」


 エルザが頷く。


「同意します。私も昔、珍しい氷属性魔力だという理由で三日間ほど質問攻めにされました」


「三日間?」


「睡眠時間も記録対象にされました」


「怖いな、魔導院」


 ミラが顔をしかめる。


「あいつら、興味あるものを見ると距離感おかしいのよね」


「お前が言うのか」


「どういう意味よ!」


 いつものようにミラが噛みつく。


 そのやり取りで少しだけ緊張がほどけたところで、セリアが扉へ向かった。


「通せ」


 扉が開く。


 入ってきたのは、一人の女性だった。


 年齢は二十代後半ほど。


 深い藍色のローブをまとい、眼鏡の奥の瞳が妙に鋭い。


 長い黒髪を後ろで束ね、手には銀の測定杖を持っている。


 美人ではある。


 だが、騎士団員たちとは別の方向で圧がある。


 研究者の目だ。


 こちらを人間として見ているのか、珍しい魔法道具として見ているのか、境界が怪しい目。


「王立魔導院、古代魔力技能研究室所属、イザベラ・ローエンと申します」


 彼女は丁寧に頭を下げた。


「白銀聖騎士団長セリア・ヴァルフレア様。このたびは急な訪問をお許しいただき、感謝いたします」


「形式上はな」


 セリアは短く返した。


「実際には、許可を出す前に来ている」


「それほど重要な案件と判断しました」


 イザベラは顔色一つ変えない。


 そして、視線をレオンへ向けた。


「あなたが、レオン・アルヴァス様ですね」


「はい」


「《魔力譲渡》持ちとして登録されていた冒険者。しかし現在、複数の聖騎士に対し、通常の魔力譲渡では不可能な回路修復反応を示した」


 彼女の目が、きらりと光った。


「実に興味深い」


 レオンは一歩だけ下がりたくなった。


 だが下がる前に、セリアが間に入る。


「イザベラ殿。先に言っておく。レオンは白銀聖騎士団の専属魔力供給士だ。本人の同意なく、検査・移送・拘束・研究対象化は認めない」


「もちろんです」


 イザベラは穏やかに微笑んだ。


「王立魔導院は、本人の意思を尊重します」


 そこでミラがぼそっと言う。


「尊重しながら外堀埋めるくせに」


 イザベラの笑顔が少しだけ深くなった。


「ミラ・フォルテ様。相変わらず率直ですね」


「あんた、私のこと知ってるの?」


「白銀聖騎士団の魔力損傷記録は、以前から魔導院にも共有されています。右肩の損傷、昨日改善したそうですね」


「うっ」


「その改善経過も、ぜひ詳しく」


「やっぱり距離感おかしいじゃない!」


 ミラが後ろへ隠れる。


 リーネが苦笑した。


「イザベラ様。検査を行う場合は、騎士団側の立会いと記録共有をお願いします」


「承知しています。私は奪いに来たのではありません。確認に来たのです」


 イザベラはレオンへ向き直る。


「レオン様。簡易鑑定を行わせていただけますか?」


「簡易鑑定?」


「はい。魔力源の質、属性変化、供給反応を見るだけです。身体に負担はありません」


 レオンはセリアを見る。


 セリアは小さく頷いた。


「嫌なら断っていい」


「いや、俺も知りたい。自分の力のことだから」


「分かった。私が立ち会う」


 ミラも槍を持ち直す。


「私も見る」


「ミラ、威嚇するな」


「してない。構えてるだけ」


「それを威嚇と言う」


 リーネとエルザも近くへ来る。


 イザベラは苦笑した。


「随分と守られていますね」


「ありがたいことに」


 レオンが答えると、セリアが少し満足げに見えた。


 簡易鑑定は訓練棟の中央で行われた。


 イザベラは床に銀の円環を置き、その上に透明な結晶を三つ並べる。


「この結晶は魔力属性に反応します。通常の《魔力譲渡》なら無色、聖属性なら白、回復属性なら緑、強化属性なら金に近い反応が出ます」


「なるほど」


「まずは、結晶に軽く魔力を流してください」


 レオンは頷き、手をかざした。


 魔力を少しだけ流す。


 結晶が淡く光った。


 白。


 緑。


 金。


 青。


 そして銀。


 次々と色が変わっていく。


 訓練棟の空気が固まった。


「……イザベラ殿?」


 セリアが低く呼ぶ。


 イザベラは結晶を見たまま、動かない。


「これは……」


「異常なのか?」


 レオンが聞くと、イザベラはゆっくり眼鏡を押し上げた。


「異常というより、規格外です」


「規格外」


「属性が一つではありません。かといって複数属性とも違う。相手に合わせて変化する前の、原初状態に近い魔力です」


「原初状態?」


「色を持つ前の光、と言えばいいでしょうか」


 イザベラの声が熱を帯びていく。


「古代記録にある《聖魔力源》の特徴と一致します。聖騎士の白銀、治癒騎士の緑、槍騎士の金、魔導騎士の氷影属性にも適応した理由はこれです。あなたの魔力は、渡す相手の器に合わせて最適化される」


 エルザが素早く記録を取る。


 リーネは感心したように呟いた。


「だから、私たち全員に馴染んだんですね」


「はい。極めて危険で、極めて貴重です」


「危険?」


 レオンが聞き返す。


 イザベラの表情が真剣になった。


「あなた自身が危険という意味ではありません。その価値を知った者たちが、危険です」


 その言葉に、セリアの目が細くなる。


 イザベラは続けた。


「古代王国で《聖魔力源》が失われた理由について、諸説あります。戦死、病没、記録消失。しかし別の説では――奪い合いによって歴史から消えた」


 訓練棟に、冷たい沈黙が落ちた。


 ミラが槍を握り直す。


「奪い合いって……」


「聖女騎士団、神殿、王族、貴族、軍部。皆が《聖魔力源》を欲しがった。誰に魔力を供給するかで争い、結果として本人を壊した、という説です」


「壊した……」


 レオンは喉の奥が乾くのを感じた。


 昨日まで役立たず。


 今日は秘宝。


 だが、価値があるということは、狙われるということでもある。


 それを実感した。


 セリアが静かに一歩前へ出る。


「なら、なおさら白銀聖騎士団が守る」


 その声は、迷いがなかった。


「レオンは道具ではない。聖魔力源である前に、一人の人間だ」


 リーネが頷く。


「そうです。治療や検査も、本人の意思が第一です」


 ミラも胸を張る。


「無理やり連れていこうとする奴がいたら、私が蹴り飛ばす」


「刺すから少し穏やかになったな」


 レオンが言うと、ミラはふんと鼻を鳴らした。


「団長に怒られるから蹴るだけにしてあげるの」


「十分物騒だ」


 エルザは記録板を閉じた。


「レオンさん保護規定の作成を提案します」


「保護規定?」


「接触、検査、依頼、魔力供給要請について、すべて団長承認制にするべきです。特に外部からの要請は危険」


「外部からって、そんなに来るのか?」


 イザベラが苦笑した。


「今日の鑑定結果が上へ届けば、来ます。王宮、神殿、軍部、貴族家。特に、聖属性持ちの令嬢や騎士を抱える家は、あなたを欲しがるでしょう」


「欲しがるって言い方が怖い」


「実際、怖い話です」


 イザベラは真顔だった。


 そこでセリアが、レオンの手を取った。


 突然だったので、レオンは少し驚く。


「セリア?」


「確認だ」


「何の?」


「お前の魔力が不安定になっていないか」


「今の流れで手を握る必要あるか?」


「ある」


 きっぱり言った。


 だが、その手は少しだけ強い。


 レオンは気づく。


 セリアも、緊張しているのだ。


 王立魔導院の話を聞いて、レオンが狙われるかもしれないと知って、不安になっている。


 それを隠すように、団長の顔をしている。


「大丈夫だ」


 レオンは小さく言った。


「俺はここを選んだ。勝手にどこかへ行ったりしない」


 セリアの指がわずかに震えた。


「……そうか」


「手は、もう少し弱く握ってくれると助かる」


「す、すまない」


 セリアは慌てて手を緩めた。


 ミラが見逃すはずもない。


「団長、今の完全に心配した恋人みたいでしたよ」


「ミラ!」


「はい、訓練追加ですね分かってます!」


 リーネがくすくす笑い、エルザが「恋人比喩、団長反応大」と記録しようとしてセリアに睨まれた。


 イザベラは、その様子をじっと見ていた。


「なるほど」


「何がだ」


 セリアが警戒する。


 イザベラは柔らかく微笑んだ。


「記録によれば、《聖魔力源》は単独で保管するより、信頼関係のある聖騎士と共にいる方が安定したそうです」


「保管と言うな」


「失礼。保護ですね」


「それも少し違う」


 レオンが突っ込むと、イザベラは楽しそうに笑った。


「つまり、レオン様にとって白銀聖騎士団は悪い環境ではないということです。魔力的にも、心理的にも」


「それは……まあ」


 レオンは訓練棟を見渡した。


 騒がしい団員たち。


 心配性なミラ。


 優しいが芯の強いリーネ。


 淡々としているのに不器用なエルザ。


 そして、不器用で真面目すぎるセリア。


 昨日まで知らなかった場所。


 けれど、もう少しここにいたいと思える場所。


「悪くないよ」


 レオンがそう言うと、セリアが小さく息を吐いた。


 安心したように。


 それを見て、ミラがまた何か言いかけたが、リーネに口を押さえられていた。


    ◇


 鑑定が終わった後、イザベラは正式な報告書を作成することになった。


 ただし、セリアの強い要求により、レオンの能力詳細は白銀聖騎士団、王立魔導院上層部、王宮の一部にのみ共有。


 少なくとも当面は、一般公開しない。


 訓練棟の端で、その取り決めを聞きながらレオンは肩の力を抜いた。


「秘密が増えたな」


「増えましたね」


 隣でリーネが微笑む。


「でも、完全に隠すのは難しいと思います」


「だろうな」


「昨日の変異黒牙狼討伐で、すでに噂は広がっています。『白銀聖騎士団長が謎の青年と手を繋いで聖剣を放った』と」


「そこだけ聞くと変な噂だな」


「実際、見た目は少し……」


 リーネが言葉を濁す。


 レオンはため息をついた。


「王都中でそう言われるのか」


「大丈夫です。すぐに別の噂で上書きされます」


「別の噂?」


「『白銀聖騎士団の美少女たちが、謎の青年に順番待ちで魔力を見てもらっている』という噂です」


「悪化してないか?」


「少しだけ」


「少し?」


 リーネはにこりと笑うだけだった。


 そこへミラが駆け寄ってくる。


「レオン! 午後の検査、予定通りやるの?」


「やるつもりだけど」


「よし。じゃあ私、立会人するから」


「ミラが?」


「変な空気にならないように見張るの」


「自分が一番騒ぎそうだけど」


「失礼ね!」


 ミラが頬を膨らませる。


 その後ろからエルザも来た。


「午後の検査には、魔導院式の記録結晶も使えます。より詳細な魔力変化が取れるでしょう」


「記録する気満々だな」


「大切です」


「俺の精神疲労も記録してくれ」


「すでに項目があります」


「あるのか」


「昨日から急上昇中です」


「だろうな」


 話していると、セリアも戻ってきた。


 彼女は少し難しい顔をしている。


「魔導院への報告は済んだ。ただし、数日中に王宮から呼び出しが来る可能性がある」


「王宮か……」


「不安か?」


「少し」


「なら、私も行く」


 即答だった。


「団長が?」


「当然だ。お前は白銀聖騎士団所属だ。上官として同席する」


「上官ってことになるのか」


「契約上はそうだ」


「じゃあ命令される側か」


「嫌か?」


「いや」


 レオンは少し笑った。


「セリアなら、悪くない」


 言った瞬間、セリアが固まった。


 ミラが「あー!」と叫び、リーネが口元を押さえ、エルザが記録板を構える。


「レオン」


 セリアの声が低い。


「はい」


「今の言い方は、少し問題がある」


「そうか?」


「そうだ」


 セリアの頬は赤い。


 だが、目は逸らさなかった。


「……だが、悪い気はしない」


 その一言で、今度はレオンの方が言葉に詰まった。


 ミラが両手で顔を覆う。


「もう駄目、この二人、無自覚で殴り合ってる」


「殴り合いなのか?」


「甘さで周囲を殴ってるの!」


 訓練棟にまた笑いが起こる。


 だが、その笑いの向こう側で、レオンは確かに感じていた。


 自分の立場が変わった。


 役立たずと追放された冒険者ではない。


 失われた秘宝級スキル《聖魔力源》の保持者。


 そして、美少女騎士団に必要とされる存在。


 それは嬉しい。


 でも同時に、危うい。


 価値を知られれば、欲しがる者が出る。


 奪おうとする者も、利用しようとする者も。


 その時、自分はどうするのか。


 誰のために、この魔力を使うのか。


 答えは、まだ完全には出ていない。


 けれど今は。


「セリア」


「何だ」


「午後の検査の前に、団長の治療枠を先にするか?」


 セリアの目が少しだけ揺れた。


「……必要ならば」


「必要だろ。朝から魔力が少し乱れてる」


「分かるのか」


「手を握った時に」


 セリアは黙った。


 耳まで赤くなっていく。


 ミラがにやっと笑う。


「団長、治療枠ですって」


「ミラ」


「はいはい、訓練十倍でも何でも受けますよー」


「開き直るな」


 レオンは笑いながら、セリアへ手を差し出した。


 セリアは一瞬だけ迷った後、その手を取る。


 今度は、彼女の方から。


 魔力が繋がる。


 白銀の光が、淡く二人の手元に宿った。


 訓練棟の団員たちが静かに見守る中、エルザがぽつりと呟いた。


「記録。聖魔力源、白銀聖騎士団長との共鳴率、過去最高」


 イザベラが遠くから興味深そうに目を細める。


「やはり、これはただの治療ではありませんね」


 セリアが鋭く振り返る。


「何か言ったか」


「いいえ。非常に有望だと思っただけです」


「何がだ」


「未来が、です」


 その言葉の意味を、その場の誰もすぐには理解できなかった。


 だが王都のどこかではすでに、レオン・アルヴァスという名が静かに広がり始めていた。


 役立たずと呼ばれた青年。


 白銀聖騎士団を蘇らせた魔力供給士。


 そして、失われた王国の秘宝級スキル――《聖魔力源》の持ち主として。

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