第6話『俺を追放した元仲間たち、魔力切れで大失敗する』
冒険者ギルド本部は、昨日とはまるで違う顔をしていた。
昨日、レオンが追放を告げられた場所。
酒臭く、騒がしく、誰もが他人の不幸を肴にして笑っていた場所。
その同じ建物の奥にある審議室では、今、笑い声など一つも聞こえなかった。
重い木の扉。
壁に掛けられた討伐記録。
中央には長机が置かれ、その向こうにギルド幹部が三人座っている。
その前に立たされているのは、《黒狼の牙》の面々だった。
ガルド。
フィオナ。
ダイン。
そして斥候役のルーク。
昨日まで王都で勢いのある中堅上位パーティーとして注目されていた彼らは、今や全員が青い顔をしていた。
包帯を巻き、泥を落としきれないまま、肩を縮めている。
その少し離れた場所に、レオンは立っていた。
隣にはセリア。
後ろにはミラ、リーネ、エルザ。
白銀聖騎士団の面々がいるだけで、部屋の空気は明らかに変わる。
ギルド職員たちも、いつもの冒険者相手の砕けた態度ではない。背筋を伸ばし、言葉を選んでいる。
「では、審議を始める」
ギルド幹部の一人、白髪交じりの男が低い声で言った。
「昨日発生した王都西区外縁部における変異黒牙狼討伐失敗、および救援要請の遅延、周辺区域への被害拡大について、《黒狼の牙》より説明を求める」
ガルドが唇を噛んだ。
「討伐対象が、依頼書と違っていたんです」
「それは報告を受けている」
「なら、俺たちに責任は――」
「ない、とは言えん」
幹部の声が鋭くなった。
「変異種と判明した時点で撤退、または即時救援要請が規定だ。君たちは戦闘続行を選んだ」
「倒せると思ったんです!」
ガルドは声を荒げた。
「いつもなら倒せた! あんな程度、俺たちなら――」
「いつもなら?」
セリアが静かに言った。
それだけで、ガルドの声が止まった。
セリアは椅子に座っていない。
あくまで同席者として壁際に立っている。
それでも、彼女が一言発しただけで、部屋の空気は一段冷えた。
「君たちは、昨日その“いつも”を再現できなかった。理由は何だ」
「それは……」
ガルドは言葉に詰まる。
フィオナが震える声で口を開いた。
「魔力が、思ったより早く切れました」
「思ったより?」
今度はエルザが反応した。
彼女は記録板を抱え、無表情のままフィオナを見ている。
「あなたは魔導士です。自分の魔力量の残量管理は基本技能のはずですが」
「分かってるわよ……!」
フィオナが悔しそうに言う。
「でも、今まではあれくらい撃っても、まだ動けたの。昨日は違った。二発目の大火球を撃った時点で、身体の奥が空っぽになって……」
「その時点で撤退判断は?」
「ガルドが、まだ行けるって」
「おい、フィオナ!」
ガルドが睨む。
だがフィオナは俯いたまま続けた。
「私も、行けると思った。今までも何度もそうだったから。でも……違ったのよ」
「違った、とは」
ギルド幹部が問う。
フィオナの視線が、レオンへ向いた。
その目には、責めるような色と、縋るような色が混じっていた。
「レオンが、いなかったから」
部屋が静かになった。
レオンは何も言わなかった。
胸が痛まないわけではない。
でも、昨日までの痛みとは少し違う。
彼女たちの言葉で自分の価値が決まるわけではない、と今なら思えた。
「レオン・アルヴァス殿」
ギルド幹部が、今度はレオンを見た。
「確認したい。君は《黒狼の牙》所属時、彼らに魔力譲渡を行っていたのか」
「はい」
「どの程度?」
「戦闘前の補助、戦闘中の緊急補給、戦闘後の回復補助です。特にフィオナには魔法詠唱前後に、ガルドには強化剣技を使う時、ダインには連続突撃の後に流していました」
「頻度は?」
「ほぼ毎戦闘です」
ギルド幹部たちが顔を見合わせた。
ガルドが苛立ったように口を挟む。
「でも、こいつは何も言わなかったんだ!」
「言ったことはある」
レオンは静かに答えた。
「魔力の流れが悪いから、一度休んだ方がいいって。フィオナには、連続詠唱の間隔を空けた方がいいとも言った」
フィオナの顔が歪んだ。
「……言ってた」
「だが、聞かなかった」
エルザが淡々と言う。
フィオナは何も返せない。
ガルドが机を叩いた。
「だからって、普通は支援してるならもっと分かるように言うだろ! こっちは、こいつがそんな重要なことをしてるなんて知らなかったんだ!」
「つまり」
セリアの声が静かに響いた。
「君たちは、仲間の働きを把握しないまま、その仲間を役立たずとして追放したわけだ」
ガルドの顔が赤くなる。
「そ、それは……」
「戦場で仲間の役割を理解していない。支援職の有無による戦力変化も把握していない。加えて、危険度上昇時の撤退判断も誤った」
セリアは淡々と言った。
「王都近郊で活動する上位冒険者としては、危ういな」
その一言は、剣で斬るより鋭かった。
ガルドは拳を握りしめたが、言い返せない。
ギルド幹部も厳しい顔をしていた。
「《黒狼の牙》については、一定期間の活動停止、ならびに再教育講習の受講を検討する」
「待ってください!」
ガルドが声を上げる。
「活動停止なんかされたら、俺たちは――」
「昨日、君たちの判断で民間区域に被害が出るところだった。白銀聖騎士団の介入がなければ、負傷者はさらに増えていた」
「でも、結果的に倒しただろ!」
「倒したのは君たちではない」
幹部の言葉に、ガルドが凍りつく。
ミラが小さく鼻を鳴らした。
「当然でしょ。あんたたち、地面で伸びてたじゃない」
「ミラ」
リーネがそっと窘める。
「ごめん。でも事実だもん」
「事実でも言い方があります」
「レオンと同じこと言う……」
ミラがむっとする。
レオンは思わず苦笑しそうになったが、今は場が場だ。黙っていた。
そこで、ガルドがレオンの方へ向き直った。
「なあ、レオン」
その声は、さっきまでより少し低かった。
怒鳴るのではなく、抑え込んだ声。
「戻ってこい」
部屋の空気が、また変わった。
フィオナが顔を上げる。
ダインも、ルークも、レオンを見る。
「昨日のことは、悪かった」
ガルドは歯を食いしばるように言った。
「俺たちは、お前の力を分かってなかった。それは認める。だから戻ってこい。お前がいれば、《黒狼の牙》はまたやれる」
それは謝罪のようで、謝罪ではなかった。
少なくとも、レオンにはそう聞こえた。
自分を必要としているのではない。
自分の力を、元通り使いたがっている。
その違いが、今なら分かる。
「ガルド」
レオンはゆっくり口を開いた。
「俺は戻らない」
「何でだよ!」
「昨日、俺は追放された」
「だから謝ってるだろ!」
「謝って戻せるなら、追放なんて軽すぎる」
ガルドの顔が強張る。
レオンは続けた。
「俺は三年間、君たちに魔力を渡してきた。見返りがほしくてやってたわけじゃない。でも、いなくても変わらないと言われて、役立たずだと言われて、退職金代わりに軽い金貨袋を投げられた」
フィオナが目を伏せた。
ダインは唇を噛んだ。
ガルドだけが、まだ納得していない顔をしている。
「それでも戻れって言うのか?」
「必要なんだよ!」
ガルドは叫んだ。
「お前の魔力がないと、俺たちは――」
「それが答えだろ」
レオンは遮った。
「俺が必要なんじゃない。俺の魔力が必要なんだ」
ガルドは言葉を失った。
レオン自身も、言いながら少し胸が痛んだ。
でも、もう逃げたくなかった。
「俺は、白銀聖騎士団と契約した。今はここの専属魔力供給士だ」
その言葉を口にした瞬間、後ろでミラが小さく「よし」と呟いた。
リーネは穏やかに微笑んでいる。
エルザは記録板に何かを書いた。
セリアは、何も言わずにレオンの隣へ一歩進み出た。
それだけで十分だった。
ガルドがセリアを見上げる。
「セリア団長……でも、こいつは元々俺たちの――」
「元々、という言葉で人を縛るな」
セリアの声は冷たかった。
「レオンは物ではない。貴様らの所有物でもない」
ガルドが息を呑む。
「彼は自分の意思で、白銀聖騎士団との契約を選んだ。私はその意思を尊重する」
「でも!」
「それ以上言えば、白銀聖騎士団専属職員への不当な勧誘妨害として扱う」
きっぱりとした言葉だった。
ガルドは完全に黙った。
ミラが腕を組んで頷く。
「団長、今のは格好よかったです」
「今のは、とは何だ」
「たまに変なこと言うので」
「ミラ」
「はい黙ります」
場違いなやり取りに、少しだけ空気が緩んだ。
だが、ガルドたちの顔は暗いままだった。
◇
審議はその後も続いた。
ギルドが用意した記録水晶には、昨日の戦闘の一部が映されていた。
変異黒牙狼を前に、ガルドたちは最初こそ勢いよく攻めている。
ガルドの剣撃。
フィオナの火球。
ダインの槍突撃。
ルークの牽制。
だが、動きはすぐに鈍った。
フィオナの魔法は二発目で明らかに威力が落ち、三発目は詠唱が途中で途切れる。
ガルドの強化剣技も、踏み込みの途中で魔力が乱れ、剣先がぶれた。
ダインは連続突撃の後に足を止め、呼吸を荒らげている。
ルークの短剣に込めた魔力も薄く、牽制になっていなかった。
そして、救援要請が遅れた。
映像が止まる。
ギルド幹部が重々しく言った。
「この時点で撤退できていれば、負傷者は少なかった」
誰も反論しなかった。
次に映し出されたのは、白銀聖騎士団到着後の戦闘だった。
ミラの槍が黒牙狼の足を止める。
エルザの魔法が周囲の被害を抑える。
リーネの結界が負傷者を守る。
そして、セリアの白銀聖剣。
その後ろで、レオンが彼女に魔力を渡している。
映像の中の二人は、手を繋いでいた。
正確には、戦闘中の魔力循環のために手を握っているだけだ。
だが、記録水晶に映るそれは、妙に絵面が強かった。
ギルド職員の一人が小さく咳払いする。
ミラが横からじとっとセリアを見る。
「団長、映像で見るとすごいですね」
「何がだ」
「戦場で手を握り合って魔獣討伐」
「魔力循環だ」
「はいはい」
「ミラ、後で訓練」
「すぐ訓練増やす!」
レオンは頭を抱えたくなった。
セリアも少し耳が赤い。
だが、ギルド幹部たちの反応は真面目だった。
「これは……確かに、通常の《魔力譲渡》ではないな」
「セリア団長の聖光剣がここまで安定している」
「半年前の災害以降、聖痕損傷で出力低下していたと聞いていたが……」
エルザが一歩前へ出た。
「補足します。レオンさんの魔力は、対象者の属性に応じて性質を変化させ、損傷した魔力回路を補修する傾向があります。仮称として《聖魔力源》と分類しています」
「聖魔力源……」
幹部の一人が呟く。
その言葉に、フィオナがびくっと肩を震わせた。
「そんな……本当に、ただの《魔力譲渡》じゃなかったの……?」
レオンは彼女を見た。
「俺も昨日まで知らなかった」
「じゃあ、私たちがもっと早く気づいていれば……」
「それは分からない」
レオンは首を横に振った。
「俺の力が変わったのかもしれないし、白銀聖騎士団との相性がよかったのかもしれない」
「でも……」
「ただ、一つだけ分かってる」
レオンは静かに言った。
「誰かの力を、見た目だけで決めつけるのは危ない」
それはフィオナに向けた言葉であり、自分自身への言葉でもあった。
フィオナは唇を震わせ、何も言えなかった。
ガルドは悔しそうに床を睨んでいる。
ダインが、ぽつりと言った。
「……すまなかった」
レオンは少し驚いた。
ダインは乱暴な男だが、ガルドほど意地を張るタイプではない。
彼は折れた槍の柄を握ったまま、深く頭を下げた。
「俺、お前が後ろで何してるか、ちゃんと見てなかった。楽に動けてるのが当たり前だと思ってた。悪かった」
その言葉は、不器用だった。
けれど、ガルドの言葉よりはずっとレオンに届いた。
「……分かった」
「戻ってくれとは言わねぇ。言えねぇよな、あんなこと言っといて」
ダインは苦笑した。
「ただ、一回だけ謝りたかった」
「ああ」
それ以上の言葉は必要なかった。
フィオナも、震えるように頭を下げる。
「私も……ごめんなさい」
ガルドだけが、最後まで頭を下げなかった。
それを見て、セリアは何も言わない。
ただ静かに見ていた。
◇
審議の結果、《黒狼の牙》には一ヶ月の活動停止と、ギルド指定の戦術講習、支援職連携講習の受講が命じられた。
さらに、昨日の被害補填として報酬の一部返還。
負傷者への見舞金。
そして当面、A級以上の依頼受注禁止。
彼らにとっては、かなり重い処分だった。
だが、命が残っているだけ軽いとも言える。
審議室を出た後、ギルドの廊下でフィオナがレオンを呼び止めた。
「レオン」
レオンは足を止めた。
セリアも隣で止まる。
ミラがすぐに警戒した顔になる。
「何よ。まだ何か言うつもり?」
「ミラ」
レオンが軽く制すると、ミラは不満そうに唇を尖らせた。
「……分かったわよ」
フィオナは以前よりずっと小さく見えた。
派手な魔導士ローブも、今日は煤けている。
「あの時、私……本当に、ひどいこと言った」
「覚えてる」
「うん」
フィオナは俯く。
「いてもいなくても変わらないって。あれ、取り消したい」
「取り消せはしないと思う」
「……そうね」
「でも、謝罪は受け取る」
フィオナが顔を上げた。
目元が赤い。
「ありがとう」
「これからは、自分の魔力残量をちゃんと見た方がいい」
「最後まで忠告なのね」
「もう同じパーティーじゃないからな。言えることはそれくらいだ」
フィオナは寂しそうに笑った。
「白銀聖騎士団では、大事にされてるみたいね」
「そうだな」
レオンは少しだけ後ろを見た。
ミラは腕を組んで睨んでいる。
リーネは心配そうに見守っている。
エルザはなぜか記録板を構えている。
セリアは、ただ静かに隣にいる。
「少し騒がしいけど」
「聞こえてるわよ!」
ミラが即座に叫んだ。
フィオナはその様子を見て、少し笑った。
そして、すぐに表情を曇らせる。
「ガルドは……たぶん、まだ認められないと思う」
「だろうな」
「でも、私は認める。あなたは役立たずじゃなかった」
レオンは何も言わずに頷いた。
その言葉が、もっと早く聞けていれば。
そう思わないわけではない。
でも、もう遅い。
遅いからこそ、今の自分の居場所を選ぶしかない。
「フィオナも、無茶はするなよ」
「うん」
短い会話だった。
けれど、それで十分だった。
フィオナは最後に一度だけ頭を下げ、去っていった。
その背中を見送りながら、ミラが小さく言った。
「……思ったより普通に終わったわね」
「何を期待してたんだ」
「もっと、レオンがびしっと言い返すとか」
「十分言っただろ」
「もうちょっと派手なざまぁがあるかと」
「現実のざまぁは地味なんだよ」
レオンがそう言うと、リーネがくすりと笑った。
「でも、ちゃんと届いたと思います」
「だといいけど」
エルザが記録板を見ながら言った。
「本日の結果。レオンさんは元パーティーへの復帰を明確に拒否。白銀聖騎士団への帰属意識が上昇」
「帰属意識って言い方が硬いな」
「では言い換えます」
エルザは一拍置いた。
「レオンさん、白銀聖騎士団にだいぶ馴染みました」
「急に柔らかくなった」
「リーネに表現改善を提案されました」
「いいと思う」
リーネが嬉しそうに頷いた。
セリアは少しだけ口元を緩める。
「では、帰るぞ。今日の午後は魔力適合検査の続きだ」
「午後もやるのか?」
「当然だ。希望者が多い」
「俺、審議よりそっちの方が大変な気がしてきた」
「安心しろ。立会人は付ける」
「そこじゃない」
ミラがにやっと笑う。
「レオン、午後は大人気よ。順番表、朝より増えてたから」
「増えた?」
「うん。ギルドに来てる間に、団員たちが希望欄を追加してた」
「何を追加したんだ」
レオンが嫌な予感を覚えると、ミラは紙を取り出した。
「えーと、『緊張しやすいので優しくお願いします』とか、『肩から背中にかけて重点的に』とか、『手を握る場合は両手希望』とか」
「最後のは却下だ」
「団長、聞きました? 両手は却下だそうです」
セリアがなぜか少しだけ目を逸らした。
「……私は何も言っていない」
「団長?」
「何も言っていない」
レオンはその反応を見て、思わず笑ってしまった。
セリアが睨む。
「何がおかしい」
「いや。帰る場所があるって、こういう感じなんだなと思って」
その言葉に、セリアの表情が変わった。
ミラも黙る。
リーネは柔らかく微笑んだ。
エルザは記録板を閉じた。
セリアは少しだけ間を置いてから、静かに言った。
「そうだ。お前の帰る場所は、もうこちらだ」
レオンは、その言葉を胸の奥で受け止めた。
昨日までの自分なら、うまく信じられなかったかもしれない。
だが今は、少しだけ信じられる。
「……ああ」
レオンは頷いた。
「帰ろう」
◇
その日の夕方。
白銀聖騎士団の訓練棟には、またしても妙な空気が満ちていた。
審議から戻ったレオンを待っていたのは、整然と並んだ団員たち。
そして、壁に貼られた大きな紙。
そこには、こう書かれていた。
『第一回・魔力適合検査希望表』
レオンはその文字を見て、しばらく黙った。
「……第一回?」
リーネがにこりと笑う。
「はい。継続予定ですので」
「継続」
「医療行為ですから」
「それを言えば何でも通ると思ってないか?」
「少しだけ」
「正直だな」
ミラが棒読みで読み上げる。
「本日の追加希望者、十二名。見学希望者、二十一名。応援係、三名」
「応援係って何だ」
「頑張れーって言う係じゃない?」
「余計にやりづらい」
エルザが淡々と付け加える。
「団長の治療枠は毎日固定です」
「エルザ」
セリアが低い声を出す。
「事実です」
「わざわざ言うな」
「隠す必要がありますか」
「……ないが」
セリアはレオンの方を見て、少しだけ頬を赤くした。
「必要な治療だ」
「分かってる」
「本当に分かっているか」
「多分」
「多分では困る」
昨日から何度目か分からないやり取りに、団員たちが笑う。
レオンも笑った。
午前中の審議で、過去と向き合った。
痛みもあった。
腹立たしさも、寂しさもあった。
だが、今この騒がしい訓練場にいると、不思議と呼吸が楽だった。
役立たずと呼ばれた男は、もうそこにはいない。
ここにいるのは、白銀聖騎士団の専属魔力供給士。
美少女騎士たちの傷を癒やし、戦う力を取り戻させる、ただ一人の聖魔力源だ。
「じゃあ、始めようか」
レオンが言うと、団員たちの顔が一斉に明るくなった。
その勢いに少しだけたじろぐ。
ミラが呆れたように笑った。
「大人気ね、聖魔力源さん」
「その呼び方、定着するのか?」
「もうしてるわよ」
リーネが優しく頷く。
「皆、あなたの力に希望を見ていますから」
エルザも記録板を構える。
「本日の検査開始。なお、レオンさんの精神疲労に注意」
「一番そこを注意してくれ」
セリアが一歩前に出る。
「無理はさせない。だが、頼りにはする」
その言葉は、今のレオンにとって一番心地よかった。
使い捨てられるのではない。
必要とされる。
守られる。
そして、自分も守りたいと思える。
「分かった」
レオンは笑った。
「頼ってくれ」
その瞬間、セリアの頬がまた赤くなった。
ミラがすかさず叫ぶ。
「だから二人とも! 検査前に変な空気出さないでってば!」
訓練場に笑い声が響く。
こうして、レオンの新しい日常が本格的に始まった。
だが彼はまだ知らない。
この騎士団での魔力譲渡訓練が、王都の噂になり始めていることを。
そして、彼を追放した《黒狼の牙》だけではなく、王国の上層部までもが、彼の《聖魔力源》に注目し始めていることを。




