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『役立たずと追放された「魔力譲渡」スキルの俺、実は美少女騎士団の「聖魔力源」だった件』  作者: 常陸之介寛浩 本能寺から始める信長との天下統一


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第5話『魔力譲渡訓練は、なぜか密着必須らしい』

 翌朝。


 白銀聖騎士団の訓練棟には、妙な緊張感が漂っていた。


 剣戟の音ではない。


 魔獣討伐前の張り詰めた空気でもない。


 もっとこう、別の種類の緊張だ。


「……何で全員、そんなにこっちを見てるんだ」


 レオンは訓練場の中央で、思わずそう呟いた。


 正面には、白銀聖騎士団の団員たちがずらりと並んでいる。


 人数は二十名以上。


 皆、鎧ではなく、動きやすい訓練着姿だ。


 白を基調とした上衣に、腰帯。脚には動きやすい革の防具。戦場の凛々しさとは違い、どこか柔らかい印象がある。


 そのせいで、余計に目のやり場に困る。


「見ているのではありません」


 エルザが記録板を抱えたまま淡々と言った。


「観察しています」


「言い換えても圧は変わらないぞ」


「重要な魔力適合検査ですので」


「そのわりに、みんな妙にそわそわしてないか?」


 レオンが言うと、団員たちの視線が一斉に泳いだ。


「そ、そんなことありません」

「医療行為ですし」

「団長が元気になった理由を知りたいだけです」

「手を握るくらいなら、別に……」

「背中に触れる場合もあるって本当ですか?」


「最後の人、声に出てるぞ」


 レオンが言うと、後列の団員が真っ赤になって俯いた。


 その横でミラが腕を組み、むすっとしている。


「だから言ったじゃない。こうなるって」


「俺に言われても困る」


「レオンが悪い」


「なぜだ」


「団長をあんなふうにしたから」


「俺は治療しただけだ」


「その治療の結果、団長が昨日から妙に機嫌いいのよ!」


 ミラの視線の先には、セリアがいた。


 訓練場の端で、剣帯を整えている。


 いつも通り凛としている。


 いつも通り姿勢も美しい。


 ただ、レオンと目が合った瞬間、ほんのわずかに頬を赤くして、視線を逸らした。


 レオンも反射的に視線を逸らす。


 それを見たミラが、すかさず指を差した。


「ほら! 今の!」


「何もない」


 セリアが低い声で言った。


「団長、昨日から『何もない』の言い方が増えています」


 エルザが記録板をめくる。


「昨日一日で七回。本日すでに三回目です」


「記録するな」


「比較対象として重要です」


「私の羞恥心は研究対象ではない」


「では魔力反応に限定して記録します」


「最初からそうしろ」


 団員たちから小さな笑いが漏れる。


 昨日までのセリアを知っている者からすれば、このやり取りそのものが珍しいのだろう。


 レオンは少しだけ肩の力を抜いた。


 騎士団に入ると決めたものの、まだ自分がここにいていいのかは分からない。


 だが、少なくとも敵意はない。


 好奇心と警戒心と、ほんの少しの期待。


 それが、今の空気だった。


「始めるぞ」


 セリアが声を張る。


 空気が引き締まった。


「本日の目的は、レオンの魔力が団員の損傷魔力回路にどの程度作用するかを確認することだ。検査は医療行為であり、訓練の一環でもある。不要な私語は慎め」


「団長」


 ミラが手を上げた。


「何だ」


「不要か必要かの判断基準は?」


「私が決める」


「つまり団長への茶々は全部不要扱いですか」


「当然だ」


「横暴です」


「団長権限だ」


「便利すぎる、その言葉!」


 また笑いが起きる。


 セリアは咳払いして、レオンへ視線を向けた。


「第一対象はミラ・フォルテ。本人も昨日から散々疑っていたからな。最初に確認してもらう」


「えっ、私!?」


 ミラが露骨に一歩後ずさった。


「希望順ではなかったのか?」


「ミラは希望していません!」


「一番うるさかった者を一番に回す。合理的だ」


「合理的ってそういう意味じゃないです!」


 ミラは不満げに言いながらも、渋々前へ出た。


 小柄だが、立ち姿は鋭い。


 槍騎士らしく、足の運びが軽い。金髪のツインテールが揺れるたび、どこか小動物めいた印象があった。


 ただし、目つきはかなり警戒している。


「言っておくけど」


 ミラはレオンの前に立ち、びしっと指を突きつけた。


「変なことしたら、即刺すから」


「検査前から物騒すぎる」


「私は団長みたいに簡単に懐かないからね」


「私は懐いていない」


 遠くからセリアの声が飛んだ。


「ほら、すぐ反応する」


「ミラ」


「はい黙ります」


 リーネが間に入り、柔らかく説明した。


「まずは手を握るところから始めましょう。魔力の流れを見るだけなので、力を抜いてくださいね」


「手……」


 ミラは自分の右手を見つめた。


 それからレオンを見る。


「本当に手だけ?」


「今のところは」


「今のところって言った!」


「いや、状態によっては背中とか肩の方が分かりやすい場合もあるから」


「やっぱり怪しい!」


「怪しくない。必要な検査だ」


 レオンはできるだけ落ち着いた声で言った。


 それでも、ミラはしばらく唇を尖らせていた。


 だがやがて、観念したように手を差し出す。


「……乱暴にしたら怒るから」


「しない」


「笑ったら怒る」


「笑わない」


「気持ち悪いって言ったら怒る」


「言わないよ」


「……じゃあ、いい」


 レオンはそっとミラの手を取った。


 小さい手だった。


 だが剣だこならぬ槍だこがあり、指先には訓練の跡が残っている。


 細く見えても、戦う者の手だ。


「力、抜いて」


「抜いてる」


「すごく入ってる」


「抜いてるってば」


「槍を握る時の力になってるぞ」


「う……」


 ミラは悔しそうに眉を寄せる。


 レオンは苦笑しながら、ゆっくり魔力を流した。


 最初はごく細く。


 水面に指を入れるように、相手の魔力へ触れる。


「……っ」


 ミラの肩が跳ねた。


「痛いか?」


「違う」


「苦しい?」


「違う」


「なら?」


「……変な感じ」


 ミラは顔を赤くして視線を逸らした。


「手から、あったかいのが入ってくるみたいで……気持ち悪くは、ない」


 周囲の団員たちが一斉に前のめりになる。


 ミラが叫んだ。


「見ないでよ!」


「見ていません。観察です」


 エルザが即答する。


「それが嫌なの!」


 レオンは魔力の流れに集中した。


 ミラの魔力回路は、セリアほど深刻ではない。


 だが、右肩から胸の奥にかけて、細かな傷がいくつもあった。


 おそらく、槍を振るうたびに魔力を一気に通す箇所だ。


「右肩、痛むことがあるか?」


 レオンが聞くと、ミラの表情が変わった。


「……どうして分かるの」


「そこだけ流れが引っかかる」


「別に、大したことないし」


「大したことない傷が、積み重なると動けなくなる」


 その言葉に、ミラは黙った。


 レオンは少しだけ魔力を強める。


「多分、手からだと届きにくい。肩に触れていいか?」


「えっ」


 ミラの声が裏返った。


「右肩だ。嫌ならやめる」


「い、嫌ってわけじゃ……」


「じゃあ?」


「……医療行為なら、仕方ないでしょ」


 ミラは小さな声で言った。


 その耳は真っ赤だった。


 レオンは慎重に、彼女の右肩へ手を添えた。


 訓練着越しに、細い肩の骨格が分かる。


 小柄な身体なのに、そこには驚くほど強い魔力の芯があった。


「息を吸って」


「すぅ……」


「吐いて」


「……はぁ」


「もう一回」


「ちょ、ちょっと、近くない?」


「呼吸を合わせないと流れが読めない」


「本当に?」


「本当」


 ミラは疑わしそうに見上げてくる。


 その距離が、思ったより近い。


 レオンは目を逸らしたくなったが、検査中なのでそうもいかない。


「……あ」


 ミラが小さく声を漏らした。


 肩から胸の奥へ、絡まっていた糸がほどけるように魔力が流れる。


 同時に、彼女の身体から淡い金色の光が浮かんだ。


 訓練場にどよめきが起きる。


「ミラの魔力光……」

「こんなに綺麗だった?」

「最近、槍に光が乗らないって言ってたのに」


 ミラ自身も驚いた顔をした。


「嘘……軽い」


 彼女は右肩を回す。


 次に、壁際に立てかけてあった訓練用の槍を取った。


「ミラ、無理は――」


 リーネが言い終える前に、ミラは床を蹴った。


 風が鳴る。


 槍の穂先が空気を裂き、訓練場の標的へ吸い込まれるように突き出された。


 木製の標的が、真ん中から綺麗に割れる。


「……戻ってる」


 ミラは呆然と呟いた。


「半年ぶりに、魔力が槍に乗った」


 声が震えていた。


 さっきまでの茶化すような態度はない。


 ただ、自分の身体が戻ったことを確かめるように、右手を握りしめている。


 レオンは静かに言った。


「完全じゃない。しばらく無理はしない方がいい」


「分かってる」


「本当に?」


「……多分」


「多分か」


 ミラは槍を下ろし、レオンの前に戻ってきた。


 そして、少し迷った後、小さく頭を下げる。


「ありがと」


「どういたしまして」


「あと」


「ん?」


「ちょっと疑って悪かったわ」


「ちょっと?」


「かなり疑って悪かったわよ!」


 ミラは顔を赤くして叫んだ。


 団員たちから笑いが起きる。


 その笑いの中で、ミラはぷいっと顔を逸らした。


「でも、調子に乗ったら刺すから」


「分かった」


「団長に近づきすぎても刺すから」


「それは検査内容による」


「検査内容でも刺す」


「理不尽だな」


 セリアが咳払いした。


「ミラ。検査結果は良好だな」


「はい。……正直、驚きました」


「そうか」


 セリアはレオンを見る。


 その目には、感謝と確信があった。


「やはり、お前の力は本物だ」


 その言葉に、レオンは少しだけ胸が熱くなった。


    ◇


 次はリーネだった。


 彼女は治癒騎士らしく、最初から落ち着いていた。


 少なくとも、ミラよりは。


「お願いしますね、レオンさん」


「ああ」


「私は回復魔法を使うので、魔力回路は手首から肘、胸元にかけて流れています。自分でも損傷箇所はある程度分かっていますから、何かあれば言ってください」


「助かる」


 リーネは柔らかく微笑み、右手を差し出した。


 レオンが手を取ると、リーネは少しだけ目を細めた。


「……なるほど」


「どうした?」


「セリア団長やミラさんが騒いでいた理由が、少し分かりました」


 その一言で、セリアとミラが同時に反応した。


「騒いではいない」

「私は騒いでない!」


「二人とも反応が早いですね」


 リーネはくすりと笑った。


 レオンは魔力を流しながら、リーネの魔力回路を探る。


 彼女の魔力は優しい。


 水のように流れ、傷を包み、痛みを薄める。


 だがその分、他人の傷を受け止め続けた痕跡があった。


「……リーネさん」


「はい」


「自分の回復、後回しにしてきただろ」


 リーネの笑顔が、少しだけ止まった。


「治癒騎士ですから」


「答えになってない」


「負傷者がいれば、そちらを優先します」


「だから、自分は後回し?」


「それが仕事です」


「仕事でも、限度がある」


 レオンは少し強めに言った。


 リーネは目を伏せる。


「……セリア団長にも、同じことをよく言っています」


「言う側もやってるなら説得力ないな」


「耳が痛いです」


 リーネは困ったように笑った。


 だが、その笑みの奥に疲れがある。


 レオンは彼女の手首から肘へと魔力を通した。


 細かい損傷が多い。


 特に胸の奥、魔力を練る中心部がひどく擦り減っている。


「手だけじゃ厳しいな」


「やっぱり、そうですか」


 リーネは少し頬を赤くした。


「治癒騎士の魔力核は、胸部の中心に近い場所にあります。直接触れる必要はありませんが……背中側から流した方が安全かもしれません」


 ミラが即座に口を開く。


「背中!」


「ミラさん、医療行為です」


「分かってるけど、分かってるけど!」


 リーネは訓練場の端に置かれた椅子へ腰かけた。


 レオンはその後ろに立つ。


「背中に触れるぞ」


「はい」


 彼女の背に手を添える。


 訓練着越しでも、背中がわずかに震えたのが分かった。


「大丈夫か?」


「はい。ただ、少し緊張しますね」


「無理ならやめる」


「いいえ。続けてください」


 リーネの声は柔らかいが、芯があった。


 レオンは静かに魔力を流す。


 リーネの魔力は、レオンの魔力に反応して淡い緑色に光った。


 それはセリアの白銀とも、ミラの金色とも違う。


 春の芽吹きのような、優しい光。


「……あたたかい」


 リーネが小さく呟いた。


「身体の奥の冷えていたところに、灯りがともるみたいです」


 その表現は、妙にリーネらしかった。


 周囲の団員たちも、静かに見守っている。


 先ほどまでの茶化した空気は、いつの間にか消えていた。


 リーネの回復魔法が、彼女自身の身体を包み始める。


 他者へ向けてばかりだった癒やしが、自分へ戻っていく。


「リーネさん」


「はい」


「しばらく、毎日少しずつ整えた方がいい。放っておくと、回復魔法そのものが使えなくなる可能性がある」


「……分かりました」


「本当に?」


「本当に」


「怪しいな」


「治癒騎士は、自分のことになると少しだけ不器用なんです」


「少し?」


「そこは流してください」


 リーネは振り返って、悪戯っぽく笑った。


 その笑顔に、団員たちがほっと息を吐く。


 どうやら彼女もまた、皆に心配されていたらしい。


 レオンは手を離した。


 リーネは胸に手を当て、深呼吸する。


「すごいです。呼吸が楽……」


「良かった」


「ありがとうございます、レオンさん」


 リーネは立ち上がり、丁寧に頭を下げた。


 その仕草があまりに自然で、レオンは少し困った。


「そんなにかしこまらなくていい」


「いいえ。これは、きちんと言わせてください」


 リーネはまっすぐにレオンを見た。


「あなたは、私たちをもう一度戦える身体に戻してくれているんです」


 その言葉に、訓練場が静かになる。


 レオンは返事に迷った。


 自分にそんな大層なことができている実感は、まだない。


 でも、目の前のリーネの顔色は確かによくなっている。


 ミラの槍にも、魔力が戻った。


 セリアも、昨日よりずっと立っていられる。


「……なら、ちゃんと最後までやるよ」


 レオンはそう答えた。


 リーネは嬉しそうに微笑んだ。


    ◇


 三人目はエルザだった。


 彼女は自分から前へ出ると、何の躊躇もなくレオンの前に立った。


「お願いします」


「エルザは落ち着いてるな」


「検査ですので」


「怖くないのか?」


「未知の現象には興味があります」


「俺は現象扱いか」


「現時点では、かなり興味深い現象です」


「褒められてる気がしない」


「褒めています」


 エルザは無表情のまま手を差し出した。


 レオンが握る。


 次の瞬間、彼は思わず眉をひそめた。


「……冷たいな」


「私の魔力属性は氷と影です」


「いや、手の温度じゃなくて。魔力の奥が冷え切ってる」


 エルザの瞳がわずかに動いた。


「分かりますか」


「ああ」


 彼女の魔力は綺麗だった。


 澄んだ氷のように、整っている。


 だが、整いすぎている。


 感情の波を押し殺し、痛みも疲労も凍らせて動いているような魔力だった。


「痛みに鈍いんじゃない。痛みを感じないようにしてるのか」


「必要でしたので」


「半年前の災害で?」


「はい」


 エルザは淡々と答える。


「魔導騎士は後衛ですが、撤退戦では最後尾を守ります。感情が乱れると術式が乱れるため、痛覚と恐怖を遮断しました」


「遮断って、そんな簡単に」


「簡単ではありません。戻せなくなりました」


 その言葉に、ミラが息を呑んだ。


「エルザ……それ、初耳なんだけど」


「言っていませんから」


「何で言わないのよ!」


「戦闘に支障はありません」


「あるでしょ! そういう問題じゃないでしょ!」


 ミラの声が震えていた。


 リーネも表情を曇らせる。


「エルザさん……」


「問題ありません」


「問題ある」


 レオンははっきり言った。


 エルザが彼を見る。


「痛みも怖さも、身体を守るためのものだ。全部切ったまま戦い続けたら、壊れるまで気づけない」


「承知しています」


「承知してて放っておいたのか」


「優先順位の問題です」


「その優先順位、今日から変えろ」


 エルザは少しだけ目を見開いた。


「命令ですか」


「専属魔力供給士としての意見だ」


「まだ職務初日ですが」


「初日でも言う」


 沈黙。


 エルザはしばらくレオンを見つめ、それから小さく頷いた。


「了解しました。では、修復をお願いします」


「簡単に言うな」


「先ほど命令したのはレオンさんです」


「口で負ける気がしてきた」


「記録。レオンさん、口論耐性は中程度」


「それ記録いるか?」


「後で更新します」


 少しだけ空気が緩んだ。


 レオンは魔力を流し直す。


 エルザの魔力回路は、セリアやリーネとは違う意味で難しかった。


 傷がないわけではない。


 むしろ傷は多い。


 ただ、それらが氷で固められている。


 痛みを止めるために凍らせた傷口が、治らないまま残っているような状態だ。


「これは……無理に溶かすと危ないな」


「そうですか」


「少しずつ温める。急に感覚が戻ると、痛みが一気に来る」


「構いません」


「俺が構う」


 レオンは短く言った。


 エルザはまた少し黙る。


 そして、ほんのわずかに口元を動かした。


「不思議です」


「何が?」


「痛みに配慮されるのは、久しぶりです」


 その言葉は淡々としていた。


 だからこそ、重かった。


 レオンは何も言わず、魔力を慎重に流した。


 彼女の氷を無理に砕くのではなく、表面から春の陽のように溶かす。


 エルザの指が、わずかに震えた。


「痛いか?」


「少し」


「やめるか?」


「続けてください」


「無理はするな」


「……少し、温かいです」


 その声は、いつもよりほんの少しだけ柔らかかった。


 ミラが目を丸くする。


「エルザが、温かいって言った……」


「私は氷属性ですが、温度感覚はあります」


「そういう意味じゃなくて!」


 リーネは目元を押さえていた。


「よかった……」


 セリアも静かに頷く。


 レオンは手を離した。


 エルザは自分の指先を見つめる。


 そして、ゆっくり握って、開いた。


「感覚が戻っています」


「完全じゃない。今日はここまでだ」


「了解しました」


「毎日少しずつな」


「はい」


「絶対に一人で術式をいじるなよ」


「……」


「エルザ」


「努力します」


「やる気だろ」


「好奇心が」


「禁止」


「……承知しました」


 エルザはわずかに不満そうだった。


 それを見て、ミラが大げさに目をこする。


「え、今の顔、もしかして拗ねた?」


「拗ねていません」


「絶対拗ねた!」


「記録を修正します。ミラ、観察眼だけは鋭い」


「だけって何よ!」


 訓練場に笑いが戻った。


 その笑いは、先ほどより少しだけ温かかった。


    ◇


 検査はそこで一度中断となった。


 理由は単純だ。


 希望者が多すぎた。


「次、私お願いします!」

「いえ、私の方が昨日から肩が」

「私は魔力が詰まりやすくて」

「背中が一番いいって本当ですか?」

「手だけでいいです! 手だけでも!」


「全員、落ち着け!」


 セリアの声が訓練場に響く。


 だが、団員たちはそわそわしたままだ。


 レオンは壁際の椅子に座り、深く息を吐いた。


「……これ、毎日やるのか」


「しばらくは必要だろうな」


 セリアが隣に立つ。


 訓練場の中央では、ミラが団員たちを押し戻し、リーネが順番表を作り、エルザが検査記録を整理している。


 セリアはその様子を見ながら、静かに言った。


「皆、限界だったのだ」


「そうみたいだな」


「だが、誰も弱音を吐かなかった。私が吐かせなかったのかもしれない」


 レオンはセリアを見た。


 彼女の横顔には、団長としての責任が滲んでいた。


「団長が倒れないと、部下も倒れられないからな」


「……耳が痛い」


「昨日のリーネさんみたいなことを言うな」


「私も同じことを言われる立場だったらしい」


 セリアは小さく笑った。


 それから、レオンの隣に腰を下ろす。


 少しだけ距離が近い。


「レオン」


「何だ?」


「疲れていないか」


「少し。でも魔力は減ってない」


「本当に不思議な力だな」


「俺もそう思う」


 レオンは手のひらを見つめた。


 ミラ、リーネ、エルザ。


 三人に魔力を流したのに、枯渇感はほとんどない。


 むしろ、彼女たちの魔力と触れ合うたびに、自分の奥にある何かが目覚めていくような感覚があった。


「セリアと繋いだ時が一番強かった」


 何気なく言った瞬間、セリアが固まった。


「……言い方」


「え?」


「今のは、少し問題がある」


「魔力の話だぞ」


「分かっている。分かっているが、団員が聞いている」


 レオンが周囲を見ると、近くにいた団員たちが一斉に目を逸らした。


 完全に聞いていた。


 ミラが遠くから叫ぶ。


「だから言ったでしょ! レオンも団長も言い方が危ないの!」


「俺もか?」


「二人ともよ!」


 セリアは片手で顔を覆った。


「威厳が……」


「まだあると思うぞ」


「本当か」


「多分」


「多分では困る」


 そのやり取りに、また笑いが起きた。


 セリアは困ったようにしながらも、どこか穏やかだった。


「……ありがとう」


 不意に、彼女は言った。


「何が?」


「皆の顔が、久しぶりに明るい」


 レオンは訓練場を見る。


 ミラは騒がしく怒っている。


 リーネは微笑みながら団員を落ち着かせている。


 エルザは淡々と記録しているが、時々指先を握って感覚を確かめている。


 他の団員たちも、どこか希望を見ている顔をしていた。


「俺は魔力を流しただけだ」


「その“だけ”に救われる者がいる」


 セリアは静かに言った。


「少なくとも、私は救われた」


 レオンは返事を探した。


 だが、うまく言葉が出てこない。


 セリアはそれ以上何も言わず、少しだけ視線を逸らした。


 その耳が赤いことには、気づかないふりをした。


    ◇


 夕方。


 初日の適合検査が終わる頃には、レオンは白銀聖騎士団の中で完全に別の扱いになっていた。


 朝は警戒と好奇心。


 昼には感謝と期待。


 夕方には、なぜか順番待ちの名簿ができていた。


「……これは何だ」


 レオンはリーネから渡された紙束を見て、真顔で聞いた。


「明日以降の検査希望表です」


「希望表」


「はい」


「項目が多くないか?」


 紙には名前だけでなく、魔力属性、損傷箇所、希望時間帯、希望する接触部位まで書かれていた。


 手。


 肩。


 背中。


 額合わせ可。


 呼吸同期可。


 相談希望。


「途中から明らかにおかしな項目がある」


 レオンが言うと、リーネは微笑んだ。


「医療上の参考です」


「本当に?」


「多分」


「多分って言った」


 ミラが横から紙を奪い取った。


「ちょっと! 誰よ、『額合わせ可』に丸つけたの!」


 後列の団員がびくっと震えた。


「医療上、必要かと思って……」


「絶対ちょっと期待してるでしょ!」


「してません! ほんの少ししか!」


「してるじゃない!」


 訓練場がまた騒がしくなる。


 セリアが深くため息をついた。


「明日から規定を作る必要があるな」


「規定?」


 レオンが聞くと、セリアは真剣な顔で言った。


「魔力譲渡訓練における接触範囲、時間、立会人、記録方法を定める」


「それは助かる」


「ただし、緊急時はこの限りではない」


「まあ、それはそうだな」


「そして私の治療は継続が必要だ」


「分かってる」


「だから、その……」


 セリアの声が少し小さくなる。


「私は、毎日受ける」


 周囲がぴたりと静かになった。


 ミラがゆっくり振り返る。


「団長」


「何だ」


「今の、言い方」


「治療の話だ」


「絶対そう言うと思いました」


 セリアは赤くなりながらも、堂々としていた。


 レオンは苦笑した。


「じゃあ、毎日様子を見る。無理しない範囲で」


「ああ」


「手だけでいいか?」


「……その日の状態による」


「団長ー!」


 ミラの叫びに、団員たちが笑った。


 だがその時、エルザが記録板から顔を上げた。


「団長。検査結果に重要な共通点があります」


 空気が少し変わる。


 セリアの表情も引き締まった。


「何だ」


「本日検査した三名全員に、レオンさんの魔力が高い修復効果を示しました。属性差による拒絶反応はありません。むしろ、各自の属性に合わせて魔力質が変化しています」


「つまり?」


「レオンさんの魔力は、単なる聖属性ではありません」


 エルザはレオンを見た。


「受け取る相手の魔力に合わせて形を変え、損傷部分に届く。これは既存の《魔力譲渡》では説明できません」


 訓練場が静まり返る。


 レオンは思わず自分の手を見た。


「じゃあ、俺のスキルは何なんだ?」


 エルザは少し間を置いて答えた。


「仮称ですが」


「ああ」


「《聖魔力源》」


 その言葉が、訓練場に落ちた。


「聖魔力源……」


 セリアが繰り返す。


 エルザは頷いた。


「美少女騎士団にとって、極めて相性のよい魔力供給源です」


「エルザ」


 セリアが低く言った。


「美少女騎士団という表現は、公式記録から外せ」


「団員の自己評価を反映しました」


「誰だ、自己評価したのは」


 何人かの団員が目を逸らした。


 レオンは思わず笑った。


 だが、胸の奥には別の感情があった。


 《聖魔力源》。


 役立たずの《魔力譲渡》ではない。


 自分でも知らなかった、本当の力。


 それが今、ようやく名前を持とうとしている。


 その時、訓練場の扉が開いた。


 若い騎士が息を切らして駆け込んでくる。


「団長! ギルドより急報です!」


「どうした」


「昨日の変異黒牙狼の件で、《黒狼の牙》の処分審議が始まりました。それと……」


 騎士は一瞬、レオンを見た。


「レオン殿を追放した経緯について、ギルドが事情聴取を行いたいとのことです」


 訓練場がざわついた。


 ミラが不機嫌そうに眉を寄せる。


「今さら何よ」


 リーネも表情を曇らせる。


 セリアは静かに立ち上がった。


「レオン」


「分かってる。行くよ」


「一人で行く必要はない」


 セリアは剣帯を手に取った。


「白銀聖騎士団専属魔力供給士への不当な扱いがあった可能性がある。団長として同席する」


「それ、かなり大ごとにならないか?」


「もうなっている」


 セリアは当然のように言った。


「お前を役立たずと呼んだ者たちに、正式に理解してもらう必要がある」


「何を?」


「白銀聖騎士団が、お前を必要としているということをだ」


 その言葉に、レオンは少しだけ息を止めた。


 団員たちの視線が集まる。


 そこにはもう、昨日のような疑いはなかった。


 期待と、信頼があった。


 レオンは静かに頷いた。


「分かった」


 役立たずと呼ばれた力は、もう一人のものではない。


 誰かを支え、誰かに必要とされ、そして――捨てた者たちの前で、その価値を証明する時が来ていた。

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