第4話『美少女騎士団に専属契約を申し込まれました』
王都西区へ向かう馬車の中は、思ったよりも静かだった。
白銀聖騎士団の出撃用馬車は、外から見ればただの頑丈な護送車に近い。だが中は魔法陣で揺れが抑えられ、武具を固定する金具や治療用の小棚まで備えられている。
レオンはその端に座り、目の前の光景に少しだけ圧倒されていた。
セリア・ヴァルフレア。
白銀聖騎士団長。
彼女はすでに治療着ではなく、白銀の鎧を身に着けていた。
昨日、路地裏で倒れていた女性とはまるで別人だ。背筋は伸び、蒼い瞳は鋭く、腰の剣には触れただけで空気が変わるような威圧感がある。
ただし。
「……レオン」
「何だ?」
「手を、こちらに」
「ここで?」
「ここでだ」
彼女は真顔でそう言い、レオンの右手を取った。
馬車の中にいたミラが、分かりやすく頬を引きつらせる。
「団長。出撃前です」
「分かっている」
「団員の前です」
「それも分かっている」
「なら、なぜそんな自然に手を握るんですか」
「魔力循環の確認だ」
「便利な言葉ですね、魔力循環!」
ミラの叫びに、リーネが困ったように笑う。
「まあまあ。実際、セリア団長の聖痕はまだ不安定ですから」
「リーネまで団長側につくの!?」
「事実ですから」
「エルザ! あんたも何か言って!」
黒髪の魔導騎士エルザは、馬車の隅で小型の記録板を見ていた。
「団長の魔力値、平常時の六十二パーセントまで回復。レオンさんと接触時は七十一パーセントまで上昇。手を離した場合、五十七パーセントまで低下」
「そういう数字じゃなくて!」
「では感情面の記録も述べますか」
「やめて! 嫌な予感しかしない!」
レオンは思わず苦笑した。
緊急出撃中なのに、このやり取りである。
だが、不思議と空気は緩みすぎていない。皆、装備の確認は怠っていないし、視線の奥には戦場へ向かう者の緊張がある。
そのうえで、冗談を挟める。
いい部隊なのだと思った。
「レオン」
セリアが低く言った。
「何かあったら、無理をするな。お前は前衛ではない」
「分かってる。俺は魔力を渡すだけだ」
「“だけ”ではない」
セリアはそこで、少しだけ手に力を込めた。
「お前の魔力があるから、私は剣を振れる」
その言葉は、まっすぐだった。
レオンは返事に詰まる。
昨日まで、そんなふうに言われたことはなかった。
役立たず。
足手まとい。
いなくても変わらない。
そう言われ続けた力を、彼女は当然のように必要だと言う。
「……そうか」
「何だ、その返事は」
「いや。慣れてなくて」
「褒められることにか」
「必要とされることに」
言った瞬間、馬車の中が少し静かになった。
ミラが気まずそうに視線を逸らす。
リーネは胸の前で指を組んだ。
セリアは、レオンをじっと見た。
「なら、慣れろ」
「簡単に言うな」
「簡単なことだ。これから何度でも言えばいい」
「何を?」
「お前が必要だと」
馬車の中の空気が、また少し変な方向へ傾いた。
ミラが小さく呻く。
「団長……そういうところですよ……」
「何がだ」
「もういいです。今は戦場前なので見逃します」
「なぜ私が見逃される側なのだ」
セリアは不服そうだった。
レオンは笑いかけて、それを飲み込んだ。
馬車の速度が落ちたからだ。
外から、金属音と悲鳴が聞こえ始める。
空気に焦げた匂いが混じっていた。
魔獣の匂い。
そして血の匂い。
「着いたな」
セリアの声が低くなる。
さっきまでの照れや困惑は消えていた。
ここにいるのは、白銀聖騎士団長だった。
「ミラ、先行して被害範囲を確認。リーネは負傷者の選別。エルザは魔力反応を解析。レオンは私の後ろだ」
「了解!」
「はい!」
「承知しました」
馬車の扉が開く。
熱を帯びた風が流れ込んだ。
◇
王都西区の外れにある討伐区域は、すでに半ば戦場になっていた。
倒れた木々。
砕けた柵。
燃えかけた荷馬車。
そして、その中央で暴れている巨大な魔獣。
狼に似ているが、普通の狼ではない。
背中から黒い棘が突き出し、赤く濁った目がぎらぎらと光っている。口元から垂れる瘴気は地面を焼き、爪が振るわれるたびに石が裂けた。
「変異黒牙狼……」
エルザが呟いた。
「通常個体の三倍以上の魔力反応。討伐難度はA級上位」
「《黒狼の牙》が受けた依頼は?」
「通常の黒牙狼討伐だったはずです」
リーネの顔が険しくなる。
「情報違いですね」
「あいつら……」
レオンは無意識に拳を握った。
視線の先に、倒れている冒険者たちがいた。
ガルド。
フィオナ。
ダイン。
昨日までの仲間たち。
ガルドは片膝をつき、剣を杖代わりにしている。フィオナは魔力切れを起こしているのか、杖を抱えたまま青い顔で震えていた。ダインの槍は半ばから折れている。
ひどい状態だった。
だが、命はある。
「レオン……?」
最初にこちらに気づいたのはフィオナだった。
彼女の目が大きく開かれる。
「なんで、あんたが……」
レオンは答えなかった。
答えるより早く、変異黒牙狼が咆哮した。
空気が震える。
負傷者たちが耳を押さえ、何人かが倒れ込んだ。
「総員、散開!」
セリアの声が響く。
白銀聖騎士団が一斉に動いた。
ミラが槍を構え、低い姿勢で魔獣の横へ回る。
「こっちよ、黒い毛玉!」
軽口と同時に、鋭い突きが魔獣の前脚を狙う。
だが、黒牙狼の動きは速い。
棘のある尾が鞭のようにしなり、ミラを吹き飛ばそうとした。
「ミラ!」
レオンが声を上げる。
その瞬間、セリアが前へ出た。
白銀の剣が尾を受け止める。
硬い衝撃音。
セリアの足元の地面が割れる。
「っ……!」
彼女の顔が一瞬歪んだ。
まだ万全ではない。
レオンは迷わず手を伸ばし、セリアの背中に触れた。
鎧越しに魔力を流す。
「セリア!」
「分かっている!」
セリアの剣が白く輝いた。
レオンの魔力が彼女の聖痕へ入り、そこから剣へ巡る。
不思議な感覚だった。
自分が戦っているわけではない。
なのに、セリアの剣筋が分かる。
彼女がどこへ踏み込もうとしているのか、次にどれほど魔力を欲しているのか、手のひらから伝わってくる。
「少し強めに流す!」
「来い!」
セリアが叫ぶ。
レオンは魔力を押し出した。
白銀の光が弾ける。
セリアの一閃が、黒牙狼の棘をまとめて斬り飛ばした。
周囲からどよめきが起きる。
「団長の聖光剣……!」
「撃てるの!?」
「半年ぶりじゃない……?」
騎士たちの声に、セリアは答えない。
ただ前を見る。
だが、レオンには分かった。
彼女の身体はまだ痛む。
魔力回路は完全ではない。
だから無理はさせられない。
「セリア、長引かせない方がいい」
「同感だ」
「一気に行くなら、もっと近い方が流しやすい」
「……どれくらいだ」
「背中じゃ少し遠い。肩か、腕。できれば手」
「戦闘中に手を握れと?」
「無理なら肩でいい」
「いや」
セリアは一瞬だけ迷い、それから左手を後ろへ伸ばした。
「握れ」
「いいのか?」
「戦場で恥ずかしがっている暇はない」
そう言いながら、耳が少し赤い。
レオンは苦笑しつつ、その手を握った。
指が絡む。
直後、魔力の通りが一気に変わった。
「っ……これは」
セリアの声がわずかに震える。
「大丈夫か?」
「問題ない。ただ……」
「ただ?」
「後で言う」
ミラが横から叫んだ。
「団長! 戦闘中に照れないでください!」
「照れていない!」
「耳が赤いです!」
「魔力循環の影響だ!」
緊張感があるのかないのか分からない。
だが、そのやり取りの間にも、セリアの剣は一切鈍らなかった。
むしろ鋭くなっていた。
レオンの魔力が、彼女の動きに合わせて流れる。
セリアが踏み込む。
レオンが支える。
ミラが側面を突く。
エルザが魔法で黒牙狼の足場を凍らせる。
リーネが負傷者へ結界を張る。
白銀聖騎士団は、完璧に連携していた。
そしてその中心に、レオンの魔力がある。
「馬鹿な……」
地面に膝をついたガルドが、呆然と呟いた。
「あいつ、何をしてる……?」
フィオナも顔を引きつらせていた。
「セリア団長に、魔力を……? でも、あんな量……どうして平気なの……?」
ダインが苦しそうに呻く。
「俺たちの時と、全然違うじゃねぇか……」
レオンには聞こえていた。
だが、振り返らなかった。
今見るべきは、過去の仲間ではない。
目の前の戦場だ。
「レオン」
セリアが言った。
「最後に大きく使う」
「どれくらい?」
「昨日のお前なら倒れていたかもしれん」
「今なら?」
「私を信じろ」
「分かった」
即答だった。
セリアが一瞬だけこちらを見る。
「早いな」
「昨日、俺を信じてくれたからな」
「……そうか」
セリアの口元が少しだけ緩んだ。
「なら、応えよう」
彼女は剣を構える。
白銀の光が集まる。
レオンは彼女の手を握ったまま、魔力を流し込んだ。
熱い。
けれど苦しくない。
むしろ、身体の奥から新しい魔力が湧いてくる。
セリアの聖魔力が、レオンの魔力源を刺激する。
レオンの魔力が、セリアの聖痕を満たす。
循環。
共鳴。
二人の間に生まれた光が、剣へ宿る。
「白銀聖剣――」
セリアが踏み込んだ。
「ルミナス・ブレイク!」
一閃。
黒牙狼の咆哮が途切れた。
白銀の光が戦場を貫き、巨大な魔獣の身体を浄化するように斬り裂いた。
瘴気が霧散する。
巨体が地面に崩れ落ちる。
静寂。
それから、騎士たちの歓声が上がった。
「討伐確認!」
「負傷者、生存!」
「団長、すごい!」
セリアは剣を下ろした。
だが、その直後、膝がわずかに揺れる。
「セリア!」
レオンが慌てて支える。
彼女の身体が胸元へ寄りかかった。
鎧越しでも、体温が伝わる。
「……すまない」
「無理しただろ」
「少しだけだ」
「少しの意味を辞書で調べた方がいい」
「騎士団長用の辞書では、今のは少しだ」
「その辞書、捨てろ」
セリアは小さく笑った。
その顔を見て、レオンも息を吐く。
助かった。
彼女も、負傷者たちも。
その時だった。
「レオン!」
ガルドの声がした。
レオンはゆっくり振り返る。
昨日、自分を追放した男が、泥だらけでこちらを見ていた。
その顔には、怒りと困惑と、ほんの少しの焦りが混じっていた。
「お前……何だよ、それ」
「何って?」
「何で白銀聖騎士団と一緒にいるんだよ! 何でセリア団長に魔力を渡してる! お前のスキルは、役立たずの魔力譲渡だっただろうが!」
その言葉に、ミラの眉が跳ね上がった。
「役立たず?」
リーネの表情も変わる。
エルザは無表情のまま、かなり冷たい目になった。
セリアが、レオンの支えからゆっくり身を起こす。
「今、何と言った」
声が低い。
ガルドは一瞬たじろいだ。
「いや、その……こいつは俺たちのパーティーにいた奴で」
「役立たずと言ったのか」
「そ、それは……」
「彼は、私の命を救い、この場の負傷者を救い、変異黒牙狼討伐において決定的な支援を行った」
セリアは一歩前に出た。
白銀の鎧が、朝の光を受けて輝く。
「その彼を、貴様は役立たずと呼ぶのか」
ガルドは口を開いたが、言葉が出なかった。
フィオナが青い顔で呟く。
「だって……私たちの時は、そんな力……」
「使っていたよ」
レオンは静かに言った。
全員の視線が彼に集まる。
「戦闘前も、戦闘中も、魔力が切れそうな時も。ずっと渡してた」
「うそ……」
フィオナの声が震えた。
「だって、私、自分の魔力管理はできてたはず……」
「足りない分を渡してたからな」
「そんな……」
ダインが折れた槍を握りしめる。
「じゃあ、今まで長期戦で動けてたのは……」
「俺だけの力じゃない。でも、少しは役に立ってたと思う」
レオンの声は淡々としていた。
怒りがないわけではない。
悔しくないわけでもない。
ただ、今さら叫ぶ気になれなかった。
彼らはもう、レオンの居場所ではない。
そのことだけが、はっきりしていた。
「レオン」
フィオナが唇を震わせる。
「戻って……」
「フィオナ」
レオンは遮った。
「俺は昨日、追放された」
「それは、ガルドが勝手に――」
「君も言っただろ。いてもいなくても変わらなかったって」
フィオナは黙った。
その顔が歪む。
レオンは責めるつもりで言ったわけではない。
ただ、事実だった。
「俺は戻らない」
短い言葉。
それだけで十分だった。
ガルドが歯を食いしばる。
「てめぇ……調子に乗るなよ。たまたま白銀聖騎士団に拾われたからって」
次の瞬間、セリアの剣先がガルドの足元に突き立った。
地面が小さく割れる。
「拾った、ではない」
セリアは冷たく言った。
「こちらが協力を願ったのだ」
ガルドの顔から血の気が引いた。
セリアはさらに続ける。
「負傷者の治療が優先だ。貴様らへの事情聴取はギルドを通して行う。討伐対象の確認不足、救援要請の遅れ、周辺被害への対応不備。言うべきことは多い」
「……っ」
「リーネ、負傷者を運べ。ミラ、周辺警戒。エルザ、魔獣の残留瘴気を記録」
「了解!」
騎士たちが動き出す。
レオンも手伝おうとしたが、セリアがそれを止めた。
「お前は私と来い」
「まだ何か?」
「ある」
セリアは、ほんの少しだけ目を逸らした。
「大事な話だ」
◇
戦場から戻った後、レオンは白銀聖騎士団の団長室へ通された。
団長室といっても、豪華さはない。
剣と地図と書類棚。
壁には過去の討伐記録が並び、机の上には未処理の書類が積まれている。
いかにもセリアらしい部屋だった。
「座れ」
「ああ」
レオンは椅子に腰を下ろした。
正面にはセリア。
その横にリーネ、ミラ、エルザ。
妙に改まった空気だ。
「まず、今日の働きに感謝する」
セリアは深く頭を下げた。
レオンは慌てる。
「いや、頭を下げなくていい」
「命を救われた。礼は必要だ」
「なら受け取る。どういたしまして」
「軽いな」
「重くされると困る」
セリアは少しだけ笑った。
それから、机の引き出しから一枚の書類を取り出した。
羊皮紙ではなく、正式な契約用の魔法紙だ。
王国の紋章と、白銀聖騎士団の印が入っている。
「レオン・アルヴァス」
セリアの声が変わった。
騎士団長としての声。
「白銀聖騎士団は、お前に専属魔力供給士としての契約を申し込みたい」
レオンは書類を見る。
専属魔力供給士。
聞いたことのない役職だった。
「そんな役職あるのか?」
「今作った」
「今作ったのかよ」
「必要な役職なら作る。それだけだ」
セリアは当然のように言った。
ミラが横から口を挟む。
「団長、言い方。普通はもう少し根回しとか説明とかするんですよ」
「説明はこれからする」
リーネが補足するように前へ出る。
「契約内容は、白銀聖騎士団所属の特別支援職です。戦闘員ではなく、医療・魔力補助担当。住居は騎士団詰所内、食事つき。報酬は王国騎士補佐官と同等以上を予定しています」
「待遇が良すぎないか?」
「良すぎません」
リーネは即答した。
「セリア団長の聖痕を回復させ、変異黒牙狼討伐を支援した時点で、それくらい当然です」
「でも、俺は冒険者だし、騎士団の規律とか分からないぞ」
「それはこれから覚えればいい」
セリアが言う。
「お前に騎士の作法を求めるつもりはない。必要なのは、お前の魔力だ」
「……またすごい言い方するな」
「何かおかしいか?」
「いや、うん。おかしくはない」
ミラがぼそっと呟く。
「団長、自分が男の人に言ってる言葉の危うさ、本当に分かってないですよね」
「ミラ、聞こえているぞ」
「聞こえるように言ってます」
エルザが記録板をめくる。
「契約に関する補足事項があります」
「補足?」
レオンが見ると、エルザは淡々と言った。
「レオンさんの魔力は、団長以外の団員にも有効である可能性が高いです。したがって、契約後は団員全員の魔力適合検査を行う必要があります」
「全員?」
「はい」
「それは、つまり……」
レオンは嫌な予感がした。
リーネが頬を少し赤くしながら説明する。
「魔力譲渡の効率を見るために、手を握ったり、背中に触れたり、場合によっては呼吸を合わせたりする必要があります」
「場合によっては?」
ミラが腕を組みながら言う。
「変なことしたら斬るから」
「しないよ」
「本当に?」
「本当に」
「団長には手を握ってたけど」
「必要だったからだ」
「団長、ちょっと嬉しそうだったけど」
「ミラ」
セリアの声が低くなる。
「今日は訓練五倍だ」
「増えた!?」
「当然だ」
レオンは額を押さえた。
「待ってくれ。団員全員って、何人いるんだ?」
「現在、常勤団員は二十七名です」
エルザが答える。
「二十七……」
「非常勤と後方支援を含めると四十三名」
「増えた」
「段階的に検査します」
「俺の身が持つかな」
「魔力的には問題ありません」
エルザは真顔で言った。
「精神的には未知数です」
「そこが一番心配なんだけど」
リーネがくすりと笑った。
「皆、いい子たちです。少し個性的ですけど」
「その“少し”は信用していいのか?」
「白銀聖騎士団基準では」
「ますます不安だ」
セリアは契約書をレオンの前へ押し出した。
「もちろん、無理にとは言わない。お前には断る権利がある」
その声は真面目だった。
「昨日追放されたばかりのお前に、すぐ次の居場所を選べと言うのは酷かもしれない。だから、返答は急がなくても――」
「受ける」
レオンは言った。
今度は、セリアが驚く番だった。
「早いな」
「さっきも言われたな」
「本当にいいのか」
「いい」
レオンは契約書を見た。
そこに書かれている条件は、破格だった。
だが、それだけで決めたわけではない。
「俺は、役立たずって言われて追い出された」
静かに言う。
「でもここでは、俺の力を必要としてくれる人がいる。なら、やれるだけやってみたい」
リーネが柔らかく微笑んだ。
ミラは少し照れくさそうに鼻を鳴らす。
エルザは「記録」と呟きかけて、セリアに睨まれて黙った。
セリアは、レオンをまっすぐ見た。
「後悔するかもしれないぞ」
「騎士団の空気を見てると、その可能性はあるな」
「どういう意味だ」
「主に精神面で」
ミラが即座に叫ぶ。
「それ、絶対私たちが変な集団みたいに聞こえるじゃない!」
「違うのか?」
「違うわよ!」
リーネが目を逸らす。
エルザは記録板を見る。
セリアは沈黙した。
「誰か否定して!」
ミラの悲鳴が団長室に響いた。
レオンは久しぶりに、声を出して笑った。
その笑いは、自分でも驚くほど自然だった。
昨日までの重さが、少しずつ剥がれていくようだった。
セリアもまた、小さく息を吐く。
「では、契約成立だな」
「ああ」
「レオン・アルヴァス。今日からお前は、白銀聖騎士団の専属魔力供給士だ」
セリアは右手を差し出した。
レオンも手を伸ばし、握る。
契約の握手。
そのはずだった。
だが、手が触れた瞬間、セリアの肩がぴくりと震えた。
「……っ」
レオンも気づく。
魔力が勝手に流れた。
昨日よりも自然に、今日よりも深く。
セリアの頬が、じわりと赤くなる。
「団長?」
ミラが目を細める。
「今、また何か感じました?」
「何もない」
「本当に?」
「何もないと言っている」
「じゃあ、手を離してください」
「……契約の握手は大切だ」
「長くないですか?」
「大切だ」
「団長ー?」
セリアは無言でレオンの手を握り続けた。
レオンは天井を見上げる。
この騎士団での生活は、どうやら想像以上に騒がしくなりそうだった。
その時、エルザが静かに告げる。
「明日の予定を共有します」
「予定?」
「朝一番より、魔力適合検査。第一対象、ミラ・フォルテ。第二対象、リーネ・クラウディア。第三対象、私。以降、団員の希望順」
「希望順?」
レオンは聞き返した。
エルザは無表情で頷く。
「すでに廊下で十名ほど順番待ちをしています」
「早くないか!?」
扉の向こうから、慌てたような気配がした。
どうやら本当にいるらしい。
ミラが顔を真っ赤にする。
「ちょっと! みんな何期待してるのよ!」
扉の向こうから、小さな声が返ってきた。
「だって、団長があんなに元気になったし……」
「手を握るだけなら私も……」
「背中に触れる場合もあるって聞いたけど……」
「医療行為よ、医療行為」
「聞こえてるわよ!」
ミラが叫ぶ。
レオンは頭を抱えた。
セリアは咳払いする。
「静粛に。これは騎士団の再建に必要な正式検査だ。不純な目的は認めない」
扉の向こうが一瞬静かになる。
だが、すぐに誰かが小声で言った。
「団長が一番不純っぽかったような……」
「誰だ、今のは」
セリアの声が低くなる。
廊下が一斉に逃げる足音で騒がしくなった。
レオンはもう笑うしかなかった。
追放されたその翌日。
役立たずと呼ばれた男は、美少女騎士団の専属魔力供給士になった。
そしてどうやら、彼の初仕事は。
王国最強の騎士団員たちと、一人ずつ魔力の相性を確かめることになりそうだった。




