表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『役立たずと追放された「魔力譲渡」スキルの俺、実は美少女騎士団の「聖魔力源」だった件』  作者: 常陸之介寛浩 本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/46

第38話『休むことが一番難しい騎士』

 アリア・グランフィールの休養一日目は、朝から波乱含みだった。


 理由は単純だった。


 本人が、休むのに向いていなかったからである。


 近衛騎士団宿舎、東翼静養室。


 白いカーテンの揺れる部屋で、アリアは寝台に座っていた。


 剣はない。


 制服もない。


 今日は治療後の完全休養日。

 王宮防衛任務なし。

 儀礼警備なし。

 剣術訓練なし。

 魔力結界展開なし。

 待機任務すらなし。


 すべて禁止。


 そして、その「すべて禁止」が、アリアにとっては想像以上に苦痛だった。


「……暇ですわ」


 アリアはぽつりと呟いた。


 窓の外では、近衛騎士たちが交代のため中庭を歩いている。


 白い制服。

 整った足並み。

 腰に剣。

 王宮を守る者の空気。


 昨日まで、自分もあちら側にいた。


 いや、二日後には戻る予定だ。


 分かっている。


 分かっているのに、剣のない腰が落ち着かない。


 胸の奥は、昨日より少し軽い。


 痛みは三。

 呼吸も深い。


 治療は成功したのだろう。


 だからこそ、動けそうな気がしてしまう。


「……少しくらい、歩くだけなら」


 アリアが立ち上がりかけた瞬間、扉が叩かれた。


「入るわよ」


 返事を待つ前に、ミラが入ってきた。


 手には紙袋。

 顔には完全な警戒。


「今、立とうとしたでしょ」


 アリアは微笑んだ。


「ごきげんよう、ミラ。朝から鋭いですわね」


「ごきげんようじゃない。立とうとしたでしょ」


「少し、窓辺へ」


「駄目」


「窓辺くらい」


「駄目」


「厳しいですわね」


「休養一日目の患者が、剣のない腰でそわそわしながら窓辺へ行こうとしてる時点で、もう怪しいのよ」


 ミラは椅子を引いて、アリアの正面に座った。


「痛みは?」


「三ですわ」


「本当?」


「本当です」


「胸の違和感は?」


「あります」


「剣を取りに行きたい?」


 アリアは一瞬、黙った。


 ミラの目が細くなる。


「今の沈黙、はいってことね」


「……見に行きたいだけですわ」


「駄目」


「見るだけでも?」


「見ると触りたくなる。触ると持ちたくなる。持つと振りたくなる。振ると怒られる。だから最初から駄目」


 アリアは小さく笑った。


「見事な論理ですわね」


「経験則よ」


「あなたも、槍を見たら触りたくなりますの?」


「なる」


 即答だった。


 そのあまりの正直さに、アリアは少し驚いた。


 ミラは少し視線を逸らしながら続ける。


「だから、分かるの。武器を遠ざけるのって、理屈よりしんどい。手が勝手に探す。体が重さを思い出そうとする」


 アリアは、自分の腰に手を当てた。


 剣の重さがない。


 その空白が、朝からずっと気になっている。


「寒いですわ」


「うん」


「昨日より、少し楽になった分、余計に剣を持てそうな気がします」


「うん」


「それが怖いです」


「言えたじゃない」


 ミラは紙袋を机に置いた。


 中には焼き菓子が入っていた。


「朝ごはん食べた?」


「少し」


「少しって?」


「パンを半分ほど」


「少ない。食べなさい」


「ミラ、あなた本当に見舞いではなく監視ですわね」


「見舞い兼監視って言われてるから」


「律儀ですわ」


 アリアは焼き菓子を一つ取った。


 小さくかじる。


 甘い。


 胸の奥の軽さとは違う、普通の温度が口の中に広がる。


「美味しいですわ」


「厨房のだからね」


「今日も自作とは言わないのですね」


「嘘ついてどうするのよ」


 アリアは微笑んだ。


 この正直さが、少し羨ましかった。


    ◇


 同じ頃、白銀聖騎士団の支援室では、アリアの朝の状態報告を待ちながら、別の報告が整理されていた。


 クラウディアからは、短い手紙が届いていた。


『本日は、右手を添えて本を閉じました。軽い詩集ですが、表紙を押さえることができました。槍はまだ見ていません』


 ノエルからも連絡があった。


『白い布を握って、聖歌集を机に置いた。今日は開かない。声も出さない。でも、それでいい気がする』


 レオンは二つの報告を見て、静かに息を吐いた。


「みんな、休み方を覚えていってるんだな」


 リーネが頷く。


「はい。とても大事なことです」


 エルザは予定板にそれぞれ追記する。


『クラウディア:詩集の表紙保持成功』

『ノエル:聖歌集を開かない選択継続』

『アリア:休養一日目/朝報告待ち』


 セリアは腕を組み、アリアの欄を見つめていた。


「ミラから連絡は?」


「まだです」


 エルザが答える。


「ただし、予定では朝の見舞い兼監視後に状態報告が来ます」


「ミラなら、何かあればすぐ騒ぐだろう」


 レオンが言うと、セリアは頷いた。


「そこは信頼している」


「ミラが聞いたら喜びそうだな」


「本人には言うな。調子に乗る」


「言わないのか?」


「必要なら言う」


 セリアらしい返事だった。


 レオンは少し笑った。


「今日は俺、行かない方がいいんだよな」


「ああ」


 セリアは即答した。


「アリア殿は昨日、お前の魔力で痛みが軽くなったばかりだ。今日会えば、温度を思い出す可能性がある」


「分かってる」


「不安か?」


「少し」


「ミラとリーネが見る。午後にはエルザも確認に行く。必要なら私も行く」


「俺だけ行かない」


「それも支援だ」


 レオンは、自分の手を見た。


 何もしないこと。


 会わないこと。


 それが支援になる。


 最近、何度も学んできたことだ。


 でも、やはり難しい。


「分かった。俺は支援室で待つ」


「それでいい」


 セリアは短く言った。


 その短さが、今日はありがたかった。


    ◇


 東翼静養室では、ミラがアリアに「休む練習」をさせていた。


「まず、椅子から立たない」


「それは練習と言いますの?」


「言う。次、窓の外を見すぎない」


「それは難しいですわ」


「じゃあ、三回に一回は室内を見る」


「雑ですわね」


「雑でもいいの」


 ミラは机の上に小さな紙を置いた。


 そこには、白銀支援室の文字でこう書かれている。


『今日の目標:剣を見に行かない。痛みを少なく言わない。暇だと言ったら深呼吸する』


 アリアはそれを読んで、肩を震わせた。


「暇だと言ったら深呼吸」


「リーネ案」


「リーネ様、意外と容赦ありませんわね」


「優しい人ほど、こういうところちゃんとしてるのよ」


 アリアは紙を指でなぞった。


「剣を見に行かない……」


「うん」


「……見たいですわ」


「言えた。よし」


「あなたは本当に、言えたらよしと言いますのね」


「言わないよりずっといいから」


 ミラは少しだけ表情を緩めた。


「剣を見たいって言うのはいいの。勝手に行くのが駄目」


「では、言います。剣を見たいです」


「はい、駄目」


「即答」


「即答」


 二人はしばらく見つめ合った。


 先に笑ったのはアリアだった。


「あなたがいてよかったですわ」


 ミラは固まった。


「……急にそういうこと言わないで」


「本心ですわ」


「余計に照れる!」


 アリアは焼き菓子をもう一口食べた。


「昨日の治療の温かさを思い出します」


 その言葉に、ミラの顔がすぐ真剣になる。


「今?」


「ええ。胸が少し軽いと、あの温かさをもう一度欲しくなります」


「痛みは?」


「三」


「欲しさは?」


「……六」


 ミラは少し驚いた。


 アリアがそこまで正直に言うとは思わなかったのだ。


 しかし、すぐに頷いた。


「よし。支援室に送る」


「送りますの?」


「送る。欲しさ六は重要」


「恥ずかしいですわね」


「隠す方が危ない」


「ええ。分かっています」


 アリアは胸元に手を当てた。


 内ポケットには、クラウディアとノエルの手紙がある。


 槍を置く時間。

 歌を休む時間。

 今日はここまでの日。


 自分も今、その中にいる。


「ミラ」


「何?」


「私は今、剣を見たいです。治療の温かさも、もう一度欲しいです。でも、ここにいます」


 ミラは、まっすぐアリアを見た。


「うん。今の、すごく大事」


「大事?」


「動かずに言えたから」


 アリアは少しだけ目を伏せた。


「では、今日の私は少しだけ勝っていますわね」


「何に?」


「剣を見に行きたい私に」


 ミラはにっと笑った。


「そういう言い方なら、認める」


    ◇


 支援室に、ミラからの報告が届いたのは昼前だった。


 エルザが読み上げる。


「アリア様、痛み三。発熱なし。呼吸安定。剣を見たい欲求あり。治療の温かさを再度求める感覚あり。本人申告、欲求六。ミラの制止により外出なし。焼き菓子摂取」


「最後いるか?」


 レオンが聞くと、エルザは真顔で答えた。


「食事状況も重要です」


「そうか」


 リーネは少し安心したように微笑んだ。


「欲求六を言えたのは大きいですね」


 セリアも頷く。


「隠して動くよりいい」


「ミラ、ちゃんと見てるな」


 レオンが言うと、セリアは短く答えた。


「ああ。よくやっている」


「本人に言う?」


「……必要なら言う」


 エルザが記録板を上げる。


「団長、ミラ評価を保留」


「記録するな」


「保留も記録対象です」


「違う」


 レオンは少し笑った。


 それから、アリアへの短い返事を書く。


『剣を見たい、温かさが欲しい、と言えたことが大事だと思います。今日は動かずに言えたので、それだけで前進です。午後も無理をしないでください』


 書き終えると、リーネが見て頷いた。


「よいと思います」


 セリアも短く言う。


「送れ」


    ◇


 午後、アリアはレオンからの短い返事を読んだ。


 何度も。


『今日は動かずに言えたので、それだけで前進です』


 動かずに言えた。


 ただそれだけ。


 けれど、確かに今の自分には難しいことだった。


 剣を見に行きたい。

 治療の温かさをもう一度欲しい。

 それでも部屋にいる。


 それを、前進と言ってくれる人がいる。


「本当に、困った方ですわ」


 アリアが小さく呟くと、向かいに座るミラが焼き菓子をかじりながら言った。


「レオンの手紙?」


「ええ」


「変なこと書いてあった?」


「優しいことが書いてありました」


「ああ、いつものやつね」


「あなた、慣れていますの?」


「慣れないわよ。毎回変なところに刺さる」


 アリアは微笑んだ。


「分かりますわ」


「分からないでほしい」


「無理ですわね」


 二人は少し笑った。


 午後の静養室は、午前より穏やかだった。


 剣を見たい気持ちは消えていない。


 温かさが欲しい気持ちもある。


 でも、それを言葉にして、誰かに見張られて、焼き菓子を食べている。


 それが、今のアリアの休養だった。


    ◇


 夕方、事件は小さく起きた。


 廊下の向こうで、近衛騎士たちの足音がした。


 その中に、聞き慣れた金具の音が混じっていた。


 剣の鞘が揺れる音。


 アリアの身体が反応した。


 椅子から立ち上がりかける。


 ミラがすぐに腕を伸ばし、アリアの前に立った。


「座る」


「……今の音」


「剣の音ね」


「近衛の交代ですわ」


「分かってる。でも、アリアは座る」


 アリアの呼吸が少し速くなる。


「確認だけ」


「駄目」


「何かあったのかもしれません」


「何かあったなら、ガレス副長が来る。来てないなら、何もない」


「でも」


「アリア」


 ミラの声が低くなった。


「今行ったら、明日の朝めちゃくちゃ怒る」


「今ではなく?」


「今は止めるのが先。怒るのは明日」


 アリアは、その言葉に少しだけ笑ってしまった。


 笑ったことで、呼吸が一つ戻る。


「……あなた、怒る予定を翌日に回せますのね」


「怒りの予約よ」


「怖いですわ」


「座る?」


「座ります」


 アリアはゆっくり椅子に戻った。


 胸に手を当てる。


「今、行きたかったです」


「うん」


「剣の音がしただけで」


「うん」


「情けないですわ」


「情けなくない。反応しただけ」


 ミラはアリアの前に立ったまま言う。


「座れたから勝ち」


「また勝ちですの?」


「今日は勝ちを増やす日」


 アリアは目を伏せた。


「では、二勝目ですわね」


「そう。午前に剣を見に行かなかった。一勝。今、剣の音で立ちかけたけど座った。二勝」


「……悪くない数え方ですわ」


 ミラは胸を張った。


「でしょ」


    ◇


 その報告が支援室へ届いた時、レオンは思わず息を止めた。


「剣の音だけで?」


「それだけ、身体が覚えているということです」


 リーネが言った。


「でも、座れたのはとても大きいですね」


 エルザが追記する。


『剣音反応あり。立ち上がり未遂。ミラ制止により着席。本人、行きたい欲求を言語化』


 セリアはその記録を見て、静かに言った。


「今日の最大の山だったかもしれないな」


「行かなかったんだな」


 レオンが言う。


「ああ。行かなかった」


 それだけなのに、胸が熱くなった。


 アリアは今、剣を持っていない。


 剣の音がすれば、身体が動く。


 それでも座った。


 それは、確かに勝ちだった。


    ◇


 夜。


 アリアの静養室に、ガレス副長が顔を出した。


「どうだ」


「痛みは三。欲求は……剣に関しては五、治療の温かさに関しては四ですわ」


 ガレスは一瞬だけ眉を上げた。


「ずいぶん正直になったな」


「白銀式です」


「便利な言葉だ」


「ええ」


 アリアは少し笑った。


「今日、剣の音を聞いて立ちかけました」


「報告は受けている」


「行きたかったです」


「だろうな」


「でも、座りました」


 ガレスは静かに頷いた。


「よく座った」


 アリアは目を見開いた。


 副長からそんな言葉が出るとは思わなかった。


「……ありがとうございます」


「明日も座っていろ」


「はい」


「剣は逃げん」


 そう言って、ガレスは部屋を出ていった。


 アリアはしばらく扉を見ていた。


 それから、小さく笑う。


「皆様、同じことを言いますのね」


 剣は逃げない。


 分かっている。


 それでも、誰かに言われると少し楽になる。


    ◇


 白銀聖騎士団詰所の夜。


 レオンは今日の報告書を読み返していた。


 アリア休養一日目。


 剣を見たい欲求。

 温かさを求める感覚。

 剣の音への反応。

 それでも、外へ出なかったこと。


 最後に、セリアの追記があった。


『動かずに言えた日。座り直せた日』


 レオンはその一文を見て、静かに息を吐いた。


 壁の向こうから声がする。


「まだ起きているのか」


「起きてる」


「寝ろ」


「今日はアリアさん、頑張ったな」


「ああ」


「治療した昨日より、今日の方が大変だったのかもしれない」


「そうだな」


「動かないって、難しいんだな」


「難しい。特に動ける者ほど」


 レオンは少し黙った。


 アリアはもう動ける。


 痛みも少し軽い。


 だからこそ、動かないことが難しい。


「ミラも頑張った」


「ああ。よく止めた」


「本人に言う?」


 壁の向こうが少し静かになる。


「……明日、言う」


「お」


「何だ」


「いや、セリアが素直だと思って」


「必要な評価だからな」


「万能返答」


「便利だからな」


 二人とも少し笑った。


 レオンは報告書を閉じる。


「俺、今日会わなくてよかったのかな」


「よかった」


「即答だな」


「アリア殿は今日、治療の温かさを求めていた。お前が行けば、欲求が強まった可能性がある」


「分かってる」


「会わないことも支援だ」


「うん」


 その言葉は、昨日より少しだけ胸に馴染んだ。


 何もしないこと。

 会わないこと。

 距離を取ること。


 それも、誰かを守る方法なのだ。


「おやすみ、セリア」


「ああ。おやすみ、レオン」


 灯りを落とす。


 アリアは一日目を越えた。


 剣の音を聞いても、座り直した。


 治療の温かさを欲しても、言葉にした。


 休むことが一番難しい騎士は、今日、確かに休むことと戦っていた。


 そして支援室は、彼女が剣のない一日を越えられるように、遠くから支えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ