第29話『金色の近衛騎士と、胸の奥に残る傷』
アリア・グランフィールの初回治療準備は、思った以上に面倒だった。
理由は三つある。
一つ目。
アリアは近衛騎士団所属であり、王宮防衛任務の要員だったこと。
二つ目。
損傷箇所が胸部中央から左腕にかけてであり、通常の腕や肩の治療より慎重な手順が必要だったこと。
三つ目。
「絶対に、アリアの調子に乗せられないこと!」
朝の支援室で、ミラが机を叩いて宣言した。
それが三つ目だった。
レオンは治療計画書を手に、苦笑する。
「三つ目だけ、個人的感情が強くないか?」
「強くない。これは白銀聖騎士団の安全保障問題よ」
「そこまで?」
「そこまで!」
ミラは真顔だった。
リーネが隣で柔らかく笑っている。
「でも、ミラさんの警戒は分かります。アリア様は言葉の距離が近い方ですから」
「ほら、リーネも言ってる」
「ただし、悪意ではないと思いますよ」
「悪意じゃないから厄介なの!」
ミラは椅子に座り直し、腕を組んだ。
「悪意があれば叩き落とせる。でもアリアは、礼儀正しくて、筋も通すし、わりと正しいこと言うし、そのくせさらっとレオンに近づこうとする」
「俺に?」
「そう!」
ミラの声が一段上がる。
エルザが記録板に目を落とした。
「ミラ、アリア様の接近行動に対する警戒心が高い。理由は護衛意識と個人的感情の混在と推測」
「後半いらない!」
「重要です」
「重要じゃない!」
セリアは机の上の治療計画書を見ていた。
今日はいつものような軽口にすぐ乗らない。
表情が硬い。
アリアの治療は、それだけ慎重に扱う必要があった。
「話を戻す」
セリアの一言で、部屋が引き締まった。
「アリア殿の初回治療は、まだ確定ではない。今日は治療前面談と追加診断だ」
「追加診断?」
レオンが聞くと、エルザが資料を出した。
「前回は左手からの接触診断のみでした。胸部中央から左腕への損傷反応は確認できましたが、実際にどの程度の魔力循環が可能かは未確認です。初回治療に入る前に、非接触測定と短時間接触確認をもう一度行います」
「つまり、今日も治療じゃないんだな」
「はい。治療準備です」
リーネが続ける。
「アリア様は痛みを隠す癖があります。前回も、ご自分では『少し』と表現していましたが、記録上はかなり負担が出ていました」
「近衛騎士だから?」
「それもあるでしょうね」
リーネの声は静かだった。
「人を守る立場の方ほど、自分が弱っていることを言いづらいものです」
セリアの目が、ほんの少しだけ動いた。
レオンはそれに気づいた。
セリアもきっと、似たようなところがある。
白銀聖騎士団長として、痛みを隠すことに慣れている。
「何だ」
セリアが気づく。
「いや、セリアもそういうところあるなと思って」
「私は今、アリア殿の話をしている」
「逃げた」
ミラが小声で言う。
「ミラ」
「はい、でも今のは言う価値ありました」
セリアは軽く咳払いした。
「とにかく、今日の目的は三つ。アリア殿本人の意思確認。近衛騎士団としての任務状況確認。そして、初回治療の条件決定だ」
「任務状況?」
レオンが首を傾げる。
エルザが資料をめくる。
「アリア様は現在も王宮防衛任務に入っています。痛みがある状態で任務継続しているため、治療によって一時的に魔力循環が変わると、逆に剣術感覚が乱れる可能性があります」
「治療すればすぐ良くなるわけじゃないってことか」
「はい。クラウディア様の槍と同じです。戻ること自体が負担になる場合もあります」
ミラが真面目な顔で頷く。
「分かる。急に感覚が戻ると、身体がびっくりするのよ。前と同じつもりで動くとズレる」
「だから、治療後に任務制限が必要になるかもしれません」
リーネが言った。
「それをアリア様が受け入れられるかが重要です」
レオンは何となく想像できた。
アリアはきっと、簡単には休まない。
優雅に笑って、大丈夫ですわ、と言うだろう。
そして痛みを隠して剣を振る。
そういう人だ。
「今日、ちゃんと聞かないとな」
レオンが呟くと、セリアが頷いた。
「ああ。今日はアリア殿の本音を聞く」
「聞けるかな」
「聞かせる」
即答だった。
ミラがにやりとする。
「団長、怖い」
「必要なことだ」
「それ、最近の万能返答ですね」
「便利だからな」
セリアが真顔で返したので、ミラは笑い出した。
少しだけ空気が軽くなる。
しかし、レオンの胸には緊張が残っていた。
アリアの傷は、胸の奥にある。
魔力回路の傷だけではない。
たぶん、近衛騎士として期待され続けてきた彼女の誇りにも関わる場所だ。
触れるなら、慎重に。
いや。
今日はまだ、触れるかどうかを決める日なのだ。
◇
アリアが白銀聖騎士団の詰所へ来たのは、午後一刻だった。
今日も近衛騎士団の白い制服を完璧に着こなし、金髪は乱れなく結い上げられている。
ただ、前回より少しだけ顔色が悪かった。
レオンがそれに気づくより早く、ミラが目を細めた。
「あんた、昨日も訓練したでしょ」
アリアは優雅に微笑む。
「ごきげんよう、ミラ様。開口一番がそれですの?」
「挨拶より大事。したの? してないの?」
「軽く」
「軽くって言う人ほど軽くない」
「経験者の言葉ですわね」
「茶化さない」
ミラの声が本気だったので、アリアは少しだけ笑みを薄めた。
「……剣を持たないと、感覚が鈍りますから」
「痛むのに?」
「痛みも含めて、今の私の感覚ですわ」
「それが危ないって言ってるの」
アリアは答えなかった。
その沈黙が、答えだった。
セリアが一歩前へ出る。
「アリア殿。本日は治療前面談と追加診断だ。治療ではない」
「承知しております」
「その上で、昨日の訓練内容を正確に報告してもらう」
「あら。近衛の訓練内容は機密ですのよ?」
「なら治療計画は立てられない」
セリアの返しは早かった。
アリアは一瞬だけ目を丸くし、それから小さく笑った。
「本当に容赦ありませんわね」
「患者が情報を隠せば、治療は危険になる」
「患者、ですか」
アリアはその言葉を口の中で転がすように呟いた。
自分が患者と呼ばれることに、まだ慣れていないのだろう。
ミラが腕を組む。
「今日は近衛騎士じゃなくて患者。そこを間違えたら駄目」
「あなたに言われると、少し悔しいですわね」
「悔しくてもいいから聞きなさい」
「……分かりましたわ」
アリアは素直に頷いた。
レオンは少し驚いた。
アリアはミラにからかいを返すことが多い。
でも、今のミラの言葉は受け取った。
やはり、この二人はただ仲が悪いわけではない。
ライバルなのだ。
◇
面談は、支援室ではなく医務室で行われた。
アリアは椅子に座り、正面にセリア。
斜めにリーネとエルザ。
レオンは少し離れた席。
ミラは壁際で腕を組んでいる。
配置だけ見れば取り調べのようだった。
アリアもそれに気づいたらしい。
「何だか尋問される気分ですわね」
「治療前確認だ」
セリアが言う。
「尋問に近いかもしれない」
「認めましたわね」
「必要ならな」
アリアは苦笑した。
「では、正直に答えます。昨日は通常の剣術訓練を半分、対人組手を三本、魔力結界展開を二回行いました」
ミラが即座に反応する。
「軽くない!」
「私にとっては軽い範囲ですわ」
「基準がおかしい!」
リーネが静かに記録を見る。
「訓練後の痛みは?」
「少し」
全員が黙った。
アリアは視線を泳がせる。
「……中程度、ですわ」
エルザが淡々と言う。
「痛みを一から十で表すなら」
「五」
ミラがじっと見る。
「本当は?」
「……六」
リーネが優しい声で言った。
「治療計画に必要です。強がらなくて大丈夫ですよ」
アリアはしばらく黙った。
「七、ですわ」
部屋の空気が重くなる。
ミラが低く言った。
「それで訓練続けたの?」
「近衛騎士は、王宮を守るためにいます。痛みを理由に剣を置くわけにはいきません」
「剣を置けって言ってるんじゃない。壊れる前に休めって言ってるの!」
ミラの声が鋭くなった。
アリアは少しだけ驚いたようにミラを見る。
「あなたに本気で怒られるのは、妙な気分ですわ」
「怒ってるわよ。かなり」
「なぜ?」
「なぜって……!」
ミラは言葉に詰まった。
それから、少しだけ目を伏せる。
「剣を持てなくなったアリアなんて、見たくないからよ」
医務室が静かになった。
アリアの表情から、笑みが消えた。
「……そういうことを、あなたが言いますの?」
「言うわよ。ライバルだから」
ミラは顔を赤くしながらも、逃げなかった。
「あんたが勝手に壊れたら、私は誰に勝てばいいのよ」
アリアはしばらく黙っていた。
そして、ふっと息を吐く。
「まったく。あなたは本当に、真正面から来ますわね」
「悪い?」
「いいえ」
アリアは小さく微笑んだ。
「少し、胸に来ました」
「損傷箇所だけに?」
レオンが思わず言うと、全員がこちらを見た。
レオンはすぐ後悔した。
「……今のは忘れてくれ」
ミラが口元を押さえる。
「レオンが珍しく変な冗談言った」
リーネがくすくす笑う。
エルザが真顔で記録板を開く。
「記録。レオンさん、胸部損傷に関連した不意の言語反応――」
「記録しなくていい!」
レオンが慌てて止める。
アリアは少し肩を震わせていた。
笑っている。
「素晴らしいですわ、レオン様。緊張がほぐれました」
「それならよかったですけど」
「ただ、ミラ様の目が怖いですわね」
「怖くもなるわよ!」
ミラは真っ赤になっている。
セリアまで少し口元を緩めていた。
重かった空気が、少しだけほぐれた。
アリアはその中で、静かに言った。
「……私は、剣を置くのが怖いのです」
誰も茶化さなかった。
「近衛騎士団のグランフィール。王宮剣術試合の優勝者。若手筆頭。そう呼ばれるようになってから、剣を持っている私だけが、私でいられる気がしていました」
アリアは自分の左手を見つめる。
「痛みが出た時、最初に思ったのは、治したいではありませんでした。隠さなければ、でした」
レオンは、胸が少し痛くなった。
クラウディアは槍を失った。
ノエルは歌を失った。
アリアは、失う前に隠していた。
まだ動けるからこそ、壊れるまで進んでしまう危うさがある。
「アリアさん」
レオンは静かに言った。
「今日は、隠さないでください」
アリアが顔を上げる。
「痛いなら痛い。怖いなら怖い。剣を置きたくないなら、置きたくない。それを言ってくれないと、たぶん俺は間違えます」
「あなたが?」
「はい」
レオンは自分の手を見た。
「俺は、助けたいと思うと先へ進めたくなる時があります。でも、相手が本当の痛みを隠していたら、止まりどころが分からなくなる」
セリアが静かにこちらを見る。
レオンは続ける。
「だから、正直に言ってください。治すためじゃなくて、壊さないために」
アリアは何も言わなかった。
少し長い沈黙。
やがて、彼女は両手を膝の上で重ねた。
「怖いですわ」
静かな声だった。
「剣を置くのが怖い。近衛の列から外れるのが怖い。皆が気を遣って、もう無理をしなくていいと言うのが怖い」
ミラが唇を噛む。
「そして」
アリアは少しだけ笑った。
笑おうとして、失敗したような顔だった。
「レオン様の手を取った時、楽になってしまったのが怖いです」
「楽になるのが?」
「ええ」
アリアは自分の胸元に手を当てた。
「楽になると、もっと欲しくなります。もっと早く治したくなる。もっと深く流してほしくなる。自分が思っていたより欲張りだと分かってしまうのが怖い」
その言葉に、リーネが頷いた。
「それを言えたのは、大きいです」
エルザも記録板に書く。
「本人、治療への欲求と恐怖を言語化。初回治療前条件として重要」
ミラが少し照れくさそうに言った。
「まあ、言えたならいいんじゃない」
「ありがとうございます、ミラ様」
「様はいらない」
「では、ミラ」
「急に呼び捨ては違う!」
「難しいですわね」
少し笑いが戻る。
セリアは治療計画書を見た。
「アリア殿。治療を受ける場合、初回後は最低二日、王宮防衛任務から外れることを条件にする」
アリアの表情が一瞬で硬くなった。
「二日……」
「最低だ」
「ですが」
「受け入れられないなら、初回治療は行わない」
セリアの声は容赦なかった。
アリアは唇を結ぶ。
近衛騎士としての顔に戻りかけている。
だが、ミラが言った。
「二日で戻れるなら、安いでしょ」
「あなたは簡単に言いますわね」
「簡単じゃないわよ。でも、壊れたら二日じゃ済まない」
アリアは言い返せなかった。
レオンも言う。
「俺も、その条件がいいと思います」
「レオン様まで」
「はい。アリアさんが剣を置くのが怖いなら、置く期間を最初から決めた方がいい気がします。無期限じゃなくて、まず二日」
アリアはしばらく考えた。
そして、静かに息を吐く。
「……二日、ですね」
「最低二日です」
エルザが補足する。
「治療後の反応次第で延長の可能性あり」
「容赦がありませんわ」
「安全のためです」
アリアは目を閉じた。
次に目を開けた時、少しだけ何かを諦めたような、でも少し楽になったような顔をしていた。
「分かりました。初回治療を受ける場合、最低二日、任務から外れます」
セリアが頷く。
「確認した」
その瞬間、医務室の空気が少し変わった。
治療準備の一番大きな壁を、アリアが越えた。
◇
追加診断は短く行われた。
今回は接触時間一分。
左手から、胸部中央の損傷に向かう反応を見るだけ。
レオンはアリアの左手に触れる前に、確認した。
「触れます」
「はい」
「診断です。楽になっても、今日は治療しません」
「承知しています」
「本当に?」
アリアは少し笑った。
「今日は皆様に何度も言われますわね」
「大事なので」
「ええ。本当に承知しています」
レオンはそっと手に触れた。
前回と同じ白金色の魔力。
鋭く整った流れ。
だが、胸部中央でひどく乱れている。
そこへレオンの魔力が反応しようとした瞬間、彼は意識して抑えた。
流さない。
ただ、見るだけ。
アリアの指が微かに震える。
「……やはり、温かいですわね」
「痛みは?」
「ありません。むしろ、痛みの輪郭が分かるような感覚です」
「輪郭?」
「普段は胸全体が重い。でも今は、どこが傷んでいるのか少し分かります」
リーネが頷く。
「良い反応ですが、長く続けると欲求が強まりそうですね」
「すでに少し」
アリアは正直に言った。
ミラがすぐ言う。
「はい、そこで正直なのは偉い」
「あなたに褒められるのは、不思議な気分ですわ」
「私もよ」
エルザが時間を見る。
「一分です」
レオンはすぐに手を離した。
アリアの手が一瞬だけ追いかけるように動いた。
だが、彼女は自分で止めた。
「……危ないですわね」
「何が?」
「もう少し、と言いそうになりました」
アリアは苦笑した。
「クラウディア様の気持ちが、よく分かります」
セリアが頷く。
「その自覚があるなら、初回治療は可能だ」
「本当ですの?」
「ああ。ただし条件付きだ」
エルザが読み上げる。
「初回治療は左手接触のみ。時間は最大三分。胸部への直接接触なし。治療後、最低二日間の王宮防衛任務停止。剣術訓練禁止。魔力結界展開禁止。近衛側にも文書で通達」
「三分……」
アリアは少し遠い目をした。
「短いですわね」
「クラウディア様の初回も短かったです」
リーネが言う。
「最初は短く、確実に。これが支援室の方針です」
アリアは小さく笑う。
「分かりました。順番待ちの身として、規則には従いますわ」
「では、初回治療は七日後を仮予定とする」
セリアが言った。
アリアは深く頭を下げた。
「よろしくお願いいたします」
その声には、いつものからかいはなかった。
◇
アリアが帰った後、支援室ではすぐに記録整理が始まった。
ミラは椅子に座り、妙に静かだった。
「ミラ」
レオンが声をかける。
「何?」
「今日は、アリアに優しかったな」
ミラはすぐ赤くなった。
「優しくない。ライバルとして当然のことを言っただけ」
「そうか」
「そう」
「でも、助かった」
「だから急に言うなってば」
ミラは顔を逸らしたが、少し嬉しそうだった。
リーネが微笑む。
「アリア様は、ミラさんがいたから本音を言えたのだと思います」
「そうかな」
「はい」
エルザが記録板を見ながら言う。
「ミラの直接的発言により、アリア様の防御的態度が低下した可能性があります」
「それ褒めてる?」
「褒めています」
「今日は素直に受け取る」
ミラは少し照れくさそうに言った。
セリアは治療計画書を閉じる。
「アリア殿の初回治療は七日後。だが、その前に近衛側との任務調整が必要だ」
「また文書か」
レオンが言うと、エルザが頷く。
「また文書です」
「魔獣より多いな」
「紙は斬っても減りません」
「前にも聞いたな、それ」
少し笑いが起きる。
その笑いの中で、レオンはふと思った。
クラウディア、ノエル、アリア。
三人とも、失うものが違う。
槍。
歌。
剣。
でも、どれも本人の一部のようなものだった。
そこへ触れるということは、身体だけでなく、その人の誇りや怖さにも触れるということなのだ。
◇
その夜、近衛騎士団の宿舎で、アリアは自分の剣を見ていた。
白銀聖騎士団から届いた仮治療条件の写し。
初回治療後、最低二日間の王宮防衛任務停止。
剣術訓練禁止。
魔力結界展開禁止。
近衛騎士としては、屈辱に近い条件だ。
けれど、不思議と怒りはなかった。
ミラの声が耳に残っている。
――剣を持てなくなったアリアなんて、見たくないからよ。
「まったく」
アリアは小さく笑った。
「真っ直ぐすぎますわ」
そして、レオンの言葉も。
――正直に言ってください。治すためじゃなくて、壊さないために。
壊さないため。
そのために、剣を二日置く。
「……二日だけなら」
アリアは剣をそっと鞘に収めた。
「置いてあげますわ」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。
◇
白銀聖騎士団詰所の夜。
レオンは自室で、今日の記録を読んでいた。
『アリア・グランフィール。治療への欲求と恐怖を本人が言語化。初回治療条件として、治療後最低二日の任務停止を受諾。初回治療仮予定、七日後』
その下に、セリアの追記。
『剣を置く時間も、剣を守るために必要』
レオンは小さく笑った。
「今日もいい言葉だ」
壁の向こうから声。
「何がだ」
「セリアの追記」
「必要なことを書いただけだ」
「最近、追記が上手くなってきたな」
「それは褒めているのか?」
「褒めてる」
少し沈黙。
「……受け取っておく」
レオンは笑った。
セリアが礼だけでなく褒め言葉も受け取るようになってきた。
それが、なんだか嬉しい。
「アリアさん、ちゃんと二日休めるかな」
「休ませる」
「強いな」
「必要だ」
「万能返答」
「便利だからな」
壁越しに、セリアも少し笑った気がした。
レオンは報告書を閉じる。
「セリア」
「何だ?」
「俺、今日ちょっと分かった。治療って、力を戻すだけじゃないんだな」
「ああ」
「戻った力を、また失わないようにするところまで必要なんだ」
「その通りだ」
「重いな」
「重い。だから支援室がある」
「俺自身も支援室案件?」
「最重要案件だ」
「またそれか」
「何度でも言う」
レオンは布団に入りながら笑った。
「おやすみ、セリア」
「ああ。おやすみ、レオン」
灯りを落とす。
アリアの初回治療は、七日後に仮決定した。
クラウディアの槍。
ノエルの歌。
アリアの剣。
それぞれが少しずつ、戻る道を探している。
だが、急いではいけない。
戻すことと、守ること。
その両方を、レオンはこれから学んでいくのだろう。




