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『役立たずと追放された「魔力譲渡」スキルの俺、実は美少女騎士団の「聖魔力源」だった件』  作者: 常陸之介寛浩 本能寺から始める信長との天下統一


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第28話『右手首に戻る温度と、次に並ぶ金色の騎士』

 クラウディア・エルンストの次の治療日、白銀聖騎士団の支援室には、朝から妙な落ち着きがあった。


 静か、というわけではない。


 ミラはいつも通り騒がしいし、エルザはいつも通り記録板を抱えているし、リーネはいつも通り柔らかく全員の体調を見ている。


 ただ、前回までのような張り詰めた空気とは少し違った。


 何というか。


 みんな、緊張しながらも、進め方を知り始めている。


 レオンは机の上に置かれた治療計画書を見ながら、そう思った。


「本日の目標は、右手首への間接反応確認」


 エルザが淡々と読み上げる。


「ただし、右肩、右腕上部、胸部付近への直接接触は禁止継続。槍は診療室内に置かない。治療時間は最大五分。ただし精神的焦燥が強まった場合は、時間前でも中断」


 ミラが椅子の上で腕を組んだ。


「槍なし。よし」


「よし、とは?」


 レオンが聞くと、ミラは真面目な顔で答えた。


「前回、近くに置いて触れないっていうのは成功だった。でも、あれ毎回やったら心が削れると思う。今日は槍なしでいい」


「ミラさんも、槍を置かないことに納得しているんですね」


 リーネが微笑む。


「そりゃそうよ。槍使いだからこそ分かるの。近くにあったら意識する。手が動いたら、触りたくなる。触れそうなら、握りたくなる」


 ミラはそこで少しだけ視線を落とした。


「だから、遠ざけるのも強さだと思う」


 その言葉に、セリアが静かに頷いた。


「いい判断だ」


「団長に褒められた」


 ミラが一瞬固まる。


「え、今日何かあるんですか?」


「何もない。事実を言っただけだ」


「最近、団長も直球で褒めるようになってきてません?」


「必要な評価だ」


「便利な言葉!」


 レオンは笑った。


 ミラは文句を言いつつ、少し嬉しそうだった。


 エルザが記録板に手を伸ばす。


「ミラ、団長からの評価により士気上昇」


「書かないで!」


「士気管理です」


「私の士気、そんなに管理しなくていい!」


 リーネがくすくす笑いながら、レオンの前に茶を置いた。


「レオンさんも、今日は無理をしないでくださいね」


「分かってます」


「本当に?」


 言ったのはリーネではなく、セリアだった。


 全員の視線がセリアに集まる。


 セリアは当然のように続けた。


「今日は右手首への反応確認だ。前回より進む可能性がある。だからこそ、レオンが進めたくなる可能性もある」


「……否定できない」


 レオンは素直に言った。


「たぶん、動いたら嬉しくなると思う」


「嬉しくなるのは悪くありません」


 リーネが言った。


「ただ、その嬉しさに引っ張られすぎないことです」


 エルザも頷く。


「本日の危険要素は二つ。クラウディア様側の焦燥と、レオンさん側の成功反応による過供給傾向」


「過供給傾向って、何か嫌な言い方だな」


「正確です」


「正確なら仕方ないか」


 ミラがじっとレオンを見る。


「レオン」


「何だ?」


「クラウディアの手首が動いても、今日はそこまで。槍もない。握る話もしない。いい?」


「分かってる」


「本当に?」


「ミラまで」


「今日は私も聞く。槍使い担当だから」


 真顔だった。


 レオンは頷いた。


「本当に分かってる。今日の目標は、手首に温度が届くかどうか。そこまで」


「よし」


 ミラは満足げに頷いた。


 セリアが短く言う。


「出発する」


    ◇


 王立治癒院の中立診療室は、前回より少し広く感じた。


 理由は明白だった。


 槍がない。


 あの聖槍が壁際にも、椅子の横にも置かれていない。


 部屋の中央には、いつもの椅子。

 その隣に机。

 机の上には水と記録用の小さな結晶。


 クラウディアは椅子に座っていた。


 淡い青の療養服。

 右手には包帯。

 けれど、表情は前より落ち着いている。


 彼女はレオンたちを見ると、ゆっくり立ち上がろうとした。


 リーネがすぐに手で制する。


「そのままで大丈夫です」


「ありがとうございます」


 クラウディアは微笑んだ。


 前より自然だった。


 バルナードが少し後ろに控えている。

 今日は彼も静かだった。


 焦りを隠しているのではなく、本当に見守ろうとしているように見えた。


 セリアが周囲を確認する。


「槍は?」


 クラウディアが答える。


「別室に置いてあります。今日は見ないことにしました」


「不安は?」


「あります。でも、前より少し楽です」


 クラウディアは自分の右手を見る。


「近くにあると、どうしてもそこへ気持ちが向いてしまうので」


 ミラが頷く。


「それでいいと思う」


「ありがとうございます、ミラ様」


「様はいらないって前から思ってたんだけど」


「では、ミラさん?」


「うっ」


 ミラが変な声を出した。


「急に距離が縮まると、それはそれで照れる」


 クラウディアがくすりと笑う。


「では、少しずつ」


「そこも段階治療みたいに言わないで」


 診療室に柔らかな笑いが広がった。


 イザベラが壁際で眼鏡を押し上げる。


「良い傾向ですね。患者本人の表情反応が前回より――」


「イザベラ殿」


 セリアが言う前に、イザベラは自分で口を閉じた。


「静かにしています」


「よろしい」


 少し成長している。

 レオンはそう思った。


 治療前の確認が始まった。


 セリアが文書を読む。


「本日の治療は、左手からの浅い魔力循環を基本とする。右手指および掌側への反応確認後、状態が安定している場合のみ、右手首付近への間接反応確認を行う。直接接触は禁止継続」


「はい」


「治療時間は最大五分。ただし、痛み、発熱、呼吸異常、魔力暴走反応、精神的焦燥が強まった場合は即時中断」


「はい」


「槍への接触は本日行わない」


「はい」


「本人の意思を確認する。本日、治療を受けるか」


 クラウディアは、まっすぐセリアを見た。


「受けます」


「本日の条件を、自分の意思で受け入れるか」


「受け入れます」


「確認した」


 セリアは頷いた。


 レオンはクラウディアの前に座る。


「今日も左手に触れます」


「はい」


「手首に反応が出ても、今日はそこまでです」


「分かっています」


「もし途中で怖くなったら言ってください」


「はい」


「触れたい、進みたい、もっと、と思っても言ってください。言うのは大丈夫なので」


 クラウディアの目が少し柔らかくなる。


「はい。言います」


 ミラが小さく頷いた。


「よし」


 レオンはクラウディアの左手を取った。


 冷たい。


 ただ、以前のような凍えた冷たさではない。


 緊張の冷たさ。

 けれど、その奥に温度が戻る余地がある。


 レオンは息を整えた。


 押し込まない。

 急がない。

 傷へ向かって走らない。


 左手から、ゆっくりと魔力を通す。


 クラウディアの肩が少し震えた。


「痛みは?」


「ありません。温かいです」


 リーネが呼吸を確認する。


「安定しています」


 エルザが結晶を見る。


「右手指先、反応開始。前回より安定。掌側にも早期反応」


 クラウディアの右手の指が、前より自然に動いた。


 人差し指。

 中指。

 薬指。

 小指。


 握る、というほどではない。


 しかし、指先だけが跳ねるような動きではなくなっている。


 手のひら全体が、わずかに開いて、閉じかける。


 クラウディアの目が潤んだ。


「手のひらが……分かります」


「呼吸」


 ミラがすぐ言った。


 クラウディアは頷き、ゆっくり息を吸う。


「はい」


「今日は槍なし」


「はい」


「手首まで。そこまで」


「はい」


 レオンは魔力の流れを細く保つ。


 右手の手のひらの外側。

 そこから、少しだけ手首の入口へ。


 損傷はまだ深い。


 右肩と胸部の傷は遠くにあるが、魔力の流れはそこへ繋がっている。


 だから慎重に。


 手首へ直接押すのではなく、手のひら側の温度が自然に届くかを見る。


 クラウディアの右手首が、ほんの少し反応した。


「……っ」


 彼女が息を呑む。


 リーネがすぐに聞く。


「痛みは?」


「痛みではありません。手首が……少し、重さを思い出したような」


「重さ?」


 レオンが聞くと、クラウディアは目を閉じた。


「槍を持つ時の、支える場所です。手首が、そこで力を受ける感覚を……少しだけ」


 ミラの表情が変わった。


 槍使いなら分かるのだろう。


 指だけでは槍は持てない。

 手のひらだけでも足りない。

 手首が支え、腕が受け、肩が流す。


 その最初の支点。


 そこに、記憶が戻りかけている。


「右手首に微弱反応」


 エルザの声も、いつもより少しだけ慎重だった。


「ただし、魔力の揺れあり。感情反応も上昇」


「クラウディア」


 ミラが呼んだ。


「はい」


「槍、思い出した?」


「……はい」


「言えたから大丈夫。今は握らない。思い出しただけ」


「はい」


 クラウディアの目から涙が落ちた。


「思い出してしまいました」


「うん」


「重さを、少しだけ」


「うん」


「嬉しいです。でも、怖いです」


「それでいい。両方言えてるから」


 レオンは魔力を弱めた。


 ここが今日の境目だ。


 手首に反応は出た。

 目的は達した。


 これ以上進めば、槍を持つ感覚への期待が強くなる。


 クラウディアの身体ではなく、心が先へ走りそうになる。


「三分十秒」


 エルザが告げる。


 まだ時間はある。


 だが、レオンはセリアを見る。


 セリアは、ほんのわずかに頷いた。


 止めろ、ではない。


 お前が決めろ、という頷きだった。


 レオンはクラウディアに向き直った。


「今日は、ここで止めます」


 クラウディアの唇が震えた。


「……はい」


 返事は早かった。


 だが、目は揺れている。


「もっと進みたいですか」


 レオンが聞くと、クラウディアは正直に頷いた。


「進みたいです」


「はい」


「でも、今日はここまでです」


 自分で言った。


 その声は震えていたけれど、前より強かった。


 レオンはゆっくり魔力を引く。


 温度を急に奪わないように。


 右手首に残った小さな反応が、静かに落ち着いていく。


 左手から手を離すと、クラウディアは右手を胸元に寄せた。


 手首を見つめる。


 指を少し動かす。


 手のひらを確かめる。


 そして、ほんの少しだけ手首を内側へ曲げた。


 大きな動きではない。


 でも、確かに動いた。


「……動きました」


 声が震える。


「今、手首が、少し……」


 バルナードが口元を押さえた。


 リーネの目元が柔らかくなる。


 エルザが記録する手を止めずに言った。


「右手首、微小可動確認。痛みなし」


 イザベラが今度こそ小声で呟いた。


「これは……大きいですね」


 セリアは何も言わなかった。


 ただ、静かに見守っている。


 クラウディアは泣きながら笑った。


「槍はありませんでした。でも、重さを思い出しました」


 ミラが近づき、少しだけしゃがんだ。


「うん」


「まだ握れません」


「うん」


「でも、いつか握るための場所が、戻ってきた気がします」


「うん」


「今日は、ここまでです」


「よく言えた」


 ミラの声は優しかった。


「本当に、よく言えた」


 クラウディアは、静かに泣いた。


    ◇


 治療後の確認は、いつも以上に丁寧に行われた。


 右手首に微弱な可動反応。

 痛みなし。

 発熱なし。

 呼吸安定。

 精神的焦燥は上昇したが、本人による言語化と中断受容ができた。


 リーネは記録を見ながら言った。


「次回は、同じ内容をもう一度確認した方がいいですね。すぐに腕や肩へ進むのは危険です」


「同感です」


 エルザが頷く。


「手首反応を安定させる必要があります。次回も槍なし。治療時間は最大五分ですが、今日と同じく三分台での中断も想定すべきです」


 イザベラは珍しく口を挟まず、記録を見ていた。


 セリアが確認する。


「クラウディア令嬢。次回も槍なしでよいか」


「はい」


 彼女ははっきり頷いた。


「今の私は、まだ槍を見ない方がいいと思います」


「自分でそう判断できるなら、いい」


 セリアの声は短い。


 だが、そこには敬意があった。


 クラウディアもそれを感じ取ったのだろう。


 静かに頭を下げた。


「ありがとうございます」


 バルナードも深く礼をした。


「本日も、ありがとうございました」


 セリアは彼を見た。


「礼品は不要だ」


「承知しております。今回は言葉だけを」


 バルナードは少しだけ笑った。


「公爵閣下も、ようやく学ばれました」


「本人に聞かれたら怒られるぞ」


 ミラが言うと、バルナードは表情を崩した。


「内密にお願いいたします」


 診療室に小さな笑いが起きる。


 公爵家も、少しずつ変わっている。


 少なくとも、ここにいる者たちは。


    ◇


 帰りの馬車では、ミラが珍しく静かだった。


 窓の外を見ながら、ずっと何かを考えている。


「ミラ」


 レオンが声をかける。


「何?」


「大丈夫か?」


「何で私の心配するのよ。治療受けたのクラウディアでしょ」


「いや、今日はミラもけっこう来てる感じがしたから」


 ミラは黙った。


 それから、少しだけ笑った。


「来てるわよ。手首って、槍使いには大事だから」


「そうなのか」


「指で握るんじゃないの。手のひらで受けて、手首で支えて、腕で流して、肩でつなぐ。そこが戻るって、すごく大きい」


 ミラは自分の手首を軽く回した。


「だから、クラウディアが重さを思い出したって言った時、ちょっと泣きそうになった」


「泣いてなかったか?」


「泣いてない!」


 即答だった。


 リーネが微笑む。


「今日は泣いていたことにしておきませんか?」


「しないで!」


 エルザが記録板に目を落とす。


「ミラ、涙腺反応は軽微」


「測らないで!」


「観察です」


「観察しないで!」


 セリアが少しだけ口元を緩めた。


 それから、レオンへ視線を向ける。


「今日の判断もよかった」


「三分で止めたこと?」


「ああ」


「少し迷った」


「迷っていい。迷った上で止めたなら、それでいい」


 その言葉は、妙に胸に落ちた。


 迷わず正しい判断をするのは難しい。


 でも、迷っても止まれたなら。


 それは少し、前より成長しているのかもしれない。


「セリア」


「何だ?」


「最近、俺、止まるのが少し上手くなった気がする」


「そうだな」


「褒める?」


「褒める」


 セリアは真顔で言った。


「お前は、止まるのが上手くなった」


 ミラが小さく叫ぶ。


「団長、本当に直球になってきた!」


 セリアの耳が赤くなる。


「必要な評価だ」


「もうその言い訳も聞き慣れました!」


 馬車の中に笑いが広がった。


    ◇


 白銀聖騎士団に戻ると、支援室には一通の封書が届いていた。


 差出人は、近衛騎士団。


 アリア・グランフィールからだった。


 セリアが封を切る。


「何だ?」


 レオンが聞くと、セリアは文面に目を通した。


 そして、小さく息を吐く。


「近衛騎士団から、アリア殿の治療順に関する正式照会だ」


 ミラが反応する。


「ついに来た」


「内容は?」


 リーネが聞く。


 セリアは読み上げる。


「近衛騎士団として、アリア・グランフィールの損傷状態は現時点で緊急性は低い。ただし、王宮防衛任務への影響を考慮し、今後一ヶ月以内の初回治療枠確保を希望する、とのことだ」


「一ヶ月以内」


 レオンは呟いた。


「順番待ちとしては妥当です」


 エルザが言う。


「緊急性はクラウディア様やノエル様より低い。しかし、王宮防衛に関わる以上、放置もできません」


 ミラは腕を組んで、むすっとした顔をした。


「あの金髪きらきら、ちゃんと待ってるのが腹立つ」


「まだ言うか」


「だって、割り込みしないし、情報くれるし、手順守るし、腹立つくらいちゃんとしてるんだもん」


 リーネがくすくす笑う。


「いいことでは?」


「いいことだから腹立つの!」


 レオンは思わず笑った。


 セリアは文書を机に置く。


「支援室として審議する。クラウディア令嬢の治療は次回も継続。ノエル殿は面談中心で治療予定なし。アリア殿の初回治療枠は、早ければ十日後以降で調整可能だ」


「アリアさん、いよいよ治療か」


「まだ確定ではない」


 セリアが言う。


「だが、準備は始める」


 ミラがじろっとレオンを見る。


「レオン」


「何だ?」


「アリアの治療、絶対からかわれるからね」


「何で俺が注意されるんだ」


「あの人、絶対『胸部損傷ですから』とか言って変な空気にする」


「治療部位が胸部に近いのは事実ですが」


 エルザが言うと、ミラが勢いよく振り向いた。


「エルザまで真面目に言わないで!」


「事実です」


「だからややこしいの!」


 リーネが困ったように笑う。


「初回は手からの接触診断を基準にしましょうね。直接胸部へ触れることはありません」


「絶対ない!」


 ミラが強く言った。


 セリアも頷く。


「当然だ」


 レオンは額を押さえた。


「治療前からすごい警戒されてる」


「必要だ」


 セリアとミラが同時に言った。


 互いに顔を見合わせる。


 リーネが笑いをこらえる。


 エルザがすぐに記録する。


「団長とミラ、アリア様対応において意見一致」


「消せ」


「消して!」


 二人の声までそろった。


 レオンは、今日一番笑った。


    ◇


 その夜、エルンスト公爵邸では、クラウディアが右手首を見つめていた。


 ほんの少し。


 本当に、ほんの少しだけ曲がる。


 痛みはない。


 そして、手首の奥に、昔の記憶のような重さが残っている。


 槍の重さ。


 支える感覚。


 まだ遠い。


 けれど、完全に失われたわけではない。


「今日は、ここまで」


 クラウディアは自分に言い聞かせるように呟いた。


 槍は部屋の外にある。


 寂しい。


 でも、それでいい。


 今はまだ、離れていることも治療なのだ。


    ◇


 神殿治癒院では、ノエルが聖歌集を開いていた。


 一行目。

 二行目。


 今日は、声は出さない。


 ただ目で追うだけ。


 それでも、昨日より怖くない。


 白銀騎士団の面談室で、レオンが言った。


 ノエルの声。


 あの言葉を思い出す。


「……私の声」


 小さく呟く。


 それ以上は言わない。


 今日はここまで。


 そう決めて、ノエルは本を閉じた。


    ◇


 白銀聖騎士団詰所。


 夜の自室で、レオンは今日の報告書を読み返していた。


 クラウディアの右手首反応。

 ノエルの経過確認。

 アリアの治療順照会。


 いろいろなものが同時に動いている。


 その最後に、セリアの追記があった。


『進む者を急がせず、待つ者を忘れない』


 レオンはその一文を見て、少し笑った。


 最近のセリアの追記は、短いけれど妙に胸に残る。


 壁の向こうから声がした。


「まだ起きているのか」


「起きてる」


「寝ろ」


「今日は待ってた」


「なら言う。寝ろ」


「はいはい」


「はいは一回でいい」


「はい」


 レオンは笑いながら報告書を閉じた。


「セリア」


「何だ?」


「アリアさんの治療、近そうだな」


「ああ」


「また騒がしくなりそう」


「間違いなく騒がしくなる」


「断言か」


「アリア殿だからな」


 その返しに、レオンは吹き出した。


 壁の向こうで、セリアも少しだけ笑った気がした。


「でも、治したいな」


「治療するかは、手順を踏んで決める」


「分かってる」


「本当に?」


「本当に」


 少し沈黙。


 セリアが静かに言った。


「今日のクラウディア令嬢の治療、お前はよく止めた」


「ありがとう」


「受け取っておく」


 そのやり取りも、少しずつ自然になってきた。


 レオンは灯りを落とした。


 クラウディアの手首に、重さの記憶が戻った。

 ノエルは自分の声を、自分のものとして守り始めた。

 アリアは順番待ちの列を、静かに一歩進めた。


 聖魔力源を求める人は増えていく。


 けれど、それぞれの歩幅は違う。


 急がせない。

 忘れない。

 そして、必要な時に手を差し出す。


 それが今のレオンにできることだった。

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